鳥人と少女の短編集 (不定期更新)

鳥人・レイヴンとイマドキ女子高生の、ほっこり物語。

娘は、ほうれん草とレバーが嫌いだ

 娘は、私が出した朝食のレーズンパンを加えながら、ダイニングテーブルにアゴを乗せ、だらしなく伸びている。

 もぐもぐとレーズンパンをゆらしながら、器用にしゃべりだした。

 人間の娘は、おしゃべりが好きらしい。


「ねえ、レイヴーン。ワタリガラスって神さまの使いなんでしょ? あたしを学校まで連れてってよ」

「また無茶なワガママを言いだしたな、娘よ」

「今日は一段と歩いてくのが、ダルイのー」

「年頃の人間の娘に多い、貧血かもしれんな。今晩はレバーを用意しておこう」

「いやー! レバー嫌い!」

「だったら、しゃっきりと背筋を伸ばすんだな」

「むー!」

「いくら私がワタリガラスの鳥人だからと言って、そんな魔法みたいなことできるワケがないだろう?」

「あたし、知ってんだよ? ワタリガラスってさあ、スゴイ神話が色々あるじゃん? レイヴンだって、やってみたら案外できるかもよ?」


 外は夜に下がり切った気温がまだまだ上がってきておらず、冷たい風が吹きすさんでいる。

 しかし、今目の前にいる娘のスカートはひざ上丈である。これが、人間の学習施設の制服とやら、らしい。


「ねえ、外見てみ? ちょー寒そうだよ? あたしが凍え死んでもいいの? レイヴン」

「そんなわけないだろう」

「だったらさあー」


 黒いタイツをはき、マフラーに学習施設指定のコートを重ねるとはいえ、これは寒々しすぎるだろう。

 凍えるのは、当たり前だ。


「背中にカイロでも貼るんだな」

「はい、適当ー! レイヴンは、あたしなんかどうでもいいんだー!」


 眉間にシワを寄せ、食べかけていたヨーグルトのスプーンを皿にガシャンと置く娘。


「行儀が悪いぞ」

「知らなーい」

「お気に入りなんだろう。この”英国の老舗陶器メーカーのストロベリー柄”……とやらが」

「レイヴンのバカ! 鳥頭! 死肉荒らし!」

「私は死肉は食べん」

「知らない! 腹くだしちゃえ!」


 娘はそう吐き捨てて、イスに置いてあった革鞄を引っ掴み、家を飛び出していく。


「反抗期、というやつか? 後からコッソリ様子でも見に行くか……」


 朝食を片付け、洗濯を干し、部屋中の掃除をしてから、外にでる。

 強かった風は、大分弱まった。黒い羽を広げ、塀に飛び乗る。そのまま勢いをつけ、屋根へと飛び移りながら、風に乗った。

 娘の学習施設の方へと羽を傾けていく。

 しかし、その道中、懐かしいものを見かけ、背の高い銀杏の木の上に足を止めた。


「あの曲がり角……。最近は、行っていないな。今度、娘と来てみるか」


 心くすぐる思い出を自分の中で回想しながら、柄じゃないな、と小恥ずかしさに自らのクチバシを撫でた。

 しばらく冬の低い空を飛び続け、ようやっと、娘の学習施設を見つけた。

 どうやら、施設内の大きな庭で運動をする時間らしい

 ……ん?


「……誰だ、あの人間の男は」


 妙に、娘になれなれしく触れている、人間の男がいる。

 言いようのない苛立ちを覚え、私はその場を早々に飛び去った。




「……レイヴン! どうしたの。学校まで迎えに来てくれるなんて、初めてじゃない?」


 学習施設の自転車置き場で待っていた私の姿を見つけた娘が、嬉しそうに駆け寄ってくる。

 その周りに、娘の友人と思われる女たちが、わらわらと群がってくる。


「いつもアンタ言ってる、鳥人さん? やば、めちゃカッコいいじゃん!」

「羽、でか! やっぱり獣人と違って、シュッとしてんね」

「カラスってトコが、クールでいいよねー」

「どーせ、鳥人さんと帰んでしょ? また明日ね」


 そう言って、友人たちは娘に手をふって校門を出て行った。

 手をふり返していた娘が、私のほうを向いて、ニッコリと笑う。


「じゃ、帰ろー。レイヴン」

「……朝の事だが」

「あ、それを気にして来てくれたの? だってさ、朝、寒すぎたんだもん。つまんないことで、空気悪くさせちゃったよね。ゴメン、ゴメン」


 そう言って、自転車のスタンドをガタンと戻し、ハンドルを握る娘。

 何も言わない私を娘が、フシギそうに見あげた。


「どうしたの? ……怒ってる?」


 怒ってなど、いるはずがない。

 ただ、見慣れたはずの娘の顔を見ることができない。

 朝見た、あの光景が、私の頭の中で何度も繰り返される。それを思い出すたびに、むしゃくしゃとした得体の知れないものが、胸の内に沸き起こる。

 とんでもなく、苦しい。息ができないほどの、感情の高ぶりだ。

 何だと言うのだろう、これは。

 朝、娘に言っておいてなんだが、私のほうこそ、貧血気味なのだろうか……。

 ハッと、気がつけばいつのまにか校門を出ており、娘は隣で自転車を引きながら、やはりまだ何も言わない私を心配そうに眺めていた。

 そこで娘が「あ」と声を上げ、指をさす。


「ねえ、見て。あそこ、レイヴンと初めて会った場所なんだよ。覚えてる? あたしは通学路だからいつも通るけどさ。レイヴンと行くの、めっちゃ久しぶりじゃない? ……ね、寄ってこ?」


 そう言って、羽で隠れそうな私の毛むくじゃらの手を握り、ぐいぐいと引っ張っていく。

 私も、娘にひかれるがまま、懐かしい場所へと足を踏み入れた。

 そこは、小さな公園だった。

 ブランコがわずかな風に吹かれてゆれている。


「中学の時だったよねー」

「そうだな……」

「そこの曲がり角をよそ見しながら曲がったら、大コケしちゃって。もうヒザ、ズルむけ。よろよろしながら、この公園まで自転車引っぱってきて、そこの水道でヒザの砂、洗い流してさ。中学生にもなってコケるなんてーって思ったら、なんか……情けなくなってきて。メソメソ泣きながら、ヒザ洗ってたんだよね」


 笑いながら、あの時のことを思い出す、娘。

 それを私も、なつかしさに目を細めながら、聞いていた。


「そしたら、レイヴンがあたしを見つけてくれた。そんで……」


 娘よ、泣くな。

 私は昔から、女は嬉しい時にだけ、泣いてほしいと思っているのだ。


「って言って……大きな宝石くれたんだよね。なぜか、虫入りの! マジ、爆笑」

「あれは”琥珀”と言う、太古の樹脂が固まってできた宝石だ。美しい蝶々だったろう? お前もキレイだ、と笑っていたではないか」

「うん、すごく嬉しかったよ。もう転んだ悔しさなのか、虫入りのすっごくキレイな石を見て、面白くなっちゃった涙なのか、わかんなくなったもん」

「お、面白さ……? 嬉しさに、泣いてくれていたんじゃなかったのか」

「アハハ! ウソウソ! ゴメンゴメン! 嬉しかったって!」


 娘はそう言って、私の腕にぎゅうう、と抱きついてきた。


「はー。レイヴンの羽ベッド。あったか~いなー。冬の寒さで凍え切った、あたしのカラダに染み渡るー!」

「なんとジジ臭い娘だ。やはり、今晩はレバーだな」

「ヤダヤダ、無理無理。マジ、無理だから!」

「いや、私もレバーを食べたいと思っているのだ」

「レイヴン、貧血なの。やだー。女子になっちゃった?」

「そんなわけないだろう。よし、今晩は、ほうれん草とレバーのオンパレードだな」

「やだー! マジ無理だって、そのメニュー!」


 琥珀を見て笑顔を見せたあの時と変わらない、娘のまぶしいほどの笑顔。

 どうやら、変わったのは、私だけらしい。

 冷水を浴びたように冷え切ってしまっていた、私の心。

 しかし今は、娘が触れている部分から、どんどん暖かさを取り戻している。


 これ以上は、何も変わらないでほしい。

 こうしている今こそが、何よりの、一番の幸せなのだから。




               了

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