6話

 家のドアを開けると、アジサイ先生が最後の仕上げの真っ最中だった。


「ナツキ、いいところに来たであるな。この聖水をかければ、完成である」

「本当?」

「ナツキが、かけるがいいのである」

「うん!」


 小さな瓶に、ほんの少しの入った聖水をぐつぐつ煮える鍋に投入すると、さあっと鍋の熱気が消えていく。

 そして、湯気の向こう側に、キラキラと光る宝石が見えた。


 これが、あの調味料から作られた宝石?


 あっちの世界のジュエリーショップにある宝石とは、輝きや透明さが、なんだか違う。

 全く違うものみたい。

 アジサイ先生が出来上がった宝石を違う鉄製の大きな鍋に移していく。

 赤、緑、青、黄色、ピンク、いろとりどりの宝石たちが、カラカラと音を立てながら鍋に流れ込んでいく。


「完成である。さ、エーデル保育園に向かうのである」

「うん!」


 とりあえず……。


———完成したんだ!宝石が!


 この世界に来て、宝石を食べたいって言われて、ようやくそれが完成した。

 実質、日数はそんなに経ってないハズなのに、とんでもなく時間が経つのを感じた。

 たぶん、こっちとあっちの世界を行き来してるからだろうけど。


 あたしは、またもアジサイ先生に横抱きに抱き上げられ、保育園に向かった。

 ヴァルドゥング地方から、ラント地方へ、アジサイ先生は優雅に飛んで行く。

 しかし、抱き上げられながらも、あたしはふと気づいてしまった。


「あれ?肝心の大鍋は?」

「あれは、セキセイインコに任せたのである。さすがに、あれも運ぶのは、我も重量オーバーなのである」

「アジサイ先生っ?あたしが重いって言いたいの!?そんなに!?」


 ぎゃあぎゃあ、わめくあたしをぎゅう、と抱きかかえ直してくれる、アジサイ先生。


「いや、違う。ナツキを抱くのが我である以上、その上、鍋も運ぶなど、無理な話なのである。…ホホゥ…まったく、暴れるでない」

「ごめんなさい……。てか、セキセイインコってあの、小人さん?あんな大鍋、もてるの?」

「ああ。言っていなかったであるか?昨日、進化したのである。大きくな」


 ビュン、と下からあたしたちの目の前に飛び込んで来たのは、話題にしていたあのセキセイインコだった。

 小人みたいだったセキセイインコは、いまや見た目13歳くらいの男の子の姿になっていた。

 背中の水色の羽をはためかせ、大きな鍋を手に下げている。中で宝石がコロコロと音を立てていた。


「進化、早っ!」

「このセキセイインコは以前、我が、あちらの世界から連れて来たのである。天涯孤独のインコだったようでな。まだ、会話も出来ないままであるし、名前もまだない」

「………そうなんだ」


 エーデル保育園への景色を上から眺めながら、あたしは言った。


「あたしが、つけてもいいのかな」


 セキセイインコが、あたしの顔をジッと見つめてから、ゆっくり、コクリと頷いた。


「そっかー」


 あたしはパッ、と初めに浮かんだものがいい、と思った。

 空のような水色の羽、斑点模様、真っ黒の瞳………。


———そうだ!


「リンドウってどうかな?あたし、結構好きなんだよね、リンドウ。色もちょっと似てるし、音の響きもカッコよくない?」


 それを聞いたセキセイインコは、ぱあっとそれこそ花開いたように笑ってくれた。

 なんだか、可愛くて、あたしも嬉しくなった。


「名前、気に入ってくれたの?じゃあ……リンドウくんって、呼んでもいいかな?」


 こくり、と頷くセキセイインコ。


「うん。よろしくね、リンドウくん」


 嬉しそうに、キラキラした瞳であたしを見上げてくる、リンドウくん。

 すると、アジサイ先生がぎゅ、とあたしを抱き直した。


「エーデル保育園が見えて来たのである」

「宝石、待ってるよね。急ご」


 リンドウくんが、宝石をからんと揺らし、あたしたちは保育園の園庭へと降下していった。



「これ!これです!現実になったんですね、アジサイ先生!貴方に頼んでよかった!やはりよかった!私は今、最高の気分です!」


 園長室にて。

 リンドウくんが運んできた鍋いっぱいの宝石を見て、園長先生は触手のような白い髪を振り乱して、大喜びだった。


「さっそく給食の準備をしましょう。この保育園では、宝食の子供たちもたくさんいます!ああ…本当によかった!」


 園長先生は順番にあたし、アジサイ先生と手を握りしめていった。


「ナツキさん、アジサイ先生…それに…」

「あ、この子はセキセイインコのリンドウくんです」

「リンドウくん!ありがとうございます!」


 あたしが言うと、園長先生は嬉しそうにリンドウくんの小さな手を握りしめた。


 配膳室は、保育園の一番奥にあった。

 小さな部屋で、園の給食を作っているらしい。どこの世界でもそれは似ているみたいだ。


「彼女がエーデル保育園、獣人や鳥人、他にも魚人や蟲人…などなどの子どもたちの給食を作っていただいている調理員です。見た目怖いけど、とても優しいんですよ」


 園長がそう言った調理員の彼女の見た目は、確かにかなり怖い。

 何しろ、ナイフのような鋭い目つき。

 さらに、手も髪も燃えているように見える。

 マジで。

 どーいう状況なの、この人。


「……ナツキさん、ビックリしてますね。彼女は……サラマンダーという火の精霊の仮の姿なのです」

「せ、精霊!?」


 そんなすごそうな人が、給食の調理員をしてるの?

 火の精霊だから、鍋から漂うゴハンのにおいも、こんなにいいにおいなの?


「ちなみに私は、水の精霊・ウンディーネ。実は、このエーデル保育園は、火・水などの四大精霊が運営しているのです」

「えっ!?」


 あたしが声をあげると、園長がすまなそうに、顔をふせた。


「なんで、初めて会ったときに言ってくれなかったんですか?」

「すみません……」


 初めて会った時、園長先生が何か隠してる感じがしていたのは、この話のことだったんだ。


「子どもは、世界の宝です。私は精霊の力で、この世界の子どもたちの生を見守ってきました。しかし文明の発展とともに私たちの力は弱まっていきました。私たちの力を増幅する宝石。それを生成する力も、限界に来ていた。私たち、四大精霊は、それをとても情けなく感じているのです」

「そんな…」


 サラマンダーさんは、大きなトレイに置かれたお皿に、いろとりどりの宝石を次々に山盛りいっぱい乗せていく。

 園長の真剣そうなお話にも、おかまいなしにカランカランと音が鳴った。


「しかし、ナツキさんに頼んでよかった。こうして、美味しそうな……宝石を、本当に美味しそうな宝石を作っていただいて…感激です。我々の力が、足りず申し訳ない話なのですが………」

「あのさ。結局、宝食人種って…なに?」


 あたしは、カラカラと音を立てる宝石の音に重なる園長の話に耳を傾けた。


「宝石を食べるのは、精霊や幻獣です。しかし種族によって宝石の価値観が違うため、争いは起きた。その結果、あなたがたに協力を依頼することになった」


 配膳の準備ができたサラマンダーさんは、配膳台を引いて、子供たちの教室へと行ってしまった。

 ガラガラという配膳台の音が、だんだん遠くなっていく。


「我々は、花の蜜や生物の血液や、他にも色々な趣向品はあれど、主食は宝石なのです。少なくとも、この世界では」

「ウンディーネ園長。今回、この宝石を作れたのは、ナツキのおかげである。あちらの世界にはあり、こちらの世界にはないものがたくさんある。しかし、ナツキはどちらの世界も行き来できる。これから先も、ナツキなしでは宝石を生成することは不可能である」

「そうですね。ナツキには、なんとか、この世界へ通ってもらわなければ………」


 アジサイ先生の言葉に、園長は頷いた。

 ふと、遠くのほうから、給食中の子供たちの声が届いた。


「今日の宝石、なんかいつもと違う!きらきらしてて、とってもおいしい!」

「色もいつもより多い!すごいカラフル!」

「いつもより、山盛りだよ!やったー!」


 それを聞いたあたしは、なんだか照れ臭くって、でも、すごく嬉しくて、自然と顔が笑顔になってしまっていた。

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