4話

 次の日の朝。

 レーズンのトーストに、プレーンヨーグルトとバナナのハチミツがけ。豆乳。

 いつもの朝ごはんをお母さんにトレイで出され、もぐもぐ食べる。

 首には、アジサイ先生がしてくれた、宝石の入った小袋を下げていた。


「ナツキ。なにそのネックレス」

「あー。お守り?流行ってんの」

「ふーん。指導されそうになったら、外しなよ」


 そう行って、お母さんはキッチン台で育てている豆苗の様子を観察し始めた。


「ねー。お母さん」

「ん?」

「あたしってさあ。えと…モリフクロウに会ったことある?」

「なに?モリフクロウ?突然どうした?」

「例えば、あたしがちっさいころとか!会ったことある?って聞いてんの」

「覚えてないよ、そんなの。動物園のふれあいコーナーには、よく連れてったけど。あんた、動物だいすきじゃん」

「そっか…」


 あたしに会ったことある、って言ってたアジサイ先生。

 こっちに帰って来てから、ずっと気になっていた。

 なんだか、早く、アジサイ先生に会いたいと思っているあたしがいる。

 今、何してるのかな…。


「ナツキ!ナツキってば」

「え!?」


 後ろの席の友人に突かれて、現実に引き戻された。

 そっか、今、授業中…。


「日廻〜。数学の小テスト、いらないだろうけど、取りに来いよ〜」


 うっ。どうせ、いらない点数のテストですよ………。

 とぼとぼと取りに行って、受け取る。

 席に戻って、そろそろと点数を見てみると、目を背けたくなるような点数だった。

 こっちの世界のあたしは、サイアク。

 もうさ、あっちの世界でアジサイ先生と住みたいな〜、なんて思ってしまう。

 アジサイ先生は、怒るかなあ…。


 やっと、空は夕方になってくれた。

 家のキッチンから持っていくと、お母さんが困るだろうから、今月のお小遣いをほとんど使って、コンビニで、色んな調味料を揃えた。

 塩、砂糖、胡椒。

 味噌、マヨネーズ、ケチャップ。

 あとは、クレイジーソルトとか、タバスコも買ってみた。

 仏頂面のコンビニ店員に、義務的に対応され、コンビニ袋を渡される。

 うわっ、カゴでも思ったけど、ビニール袋にされると、さらに重い。

 がっしりと両手で持ち、コンビニの裏の公園のベンチに座り、キョロキョロと辺りをうかがう。

 見られたらいけない、なんてアジサイ先生は言わなかったけど、なんとなくしてしまう。

 小袋の宝石を握りしめた。


———えっと…その…あ、アジサイ先生のところに行きたい!家は、こんな風だった。まわりはこんな景色で…。とにかく、アジサイ先生に会いたいから、連れてって!


 ぐだぐだと考えているうちに、視界が何も見えなくなり、気づくと、またアジサイ先生の家の前に立っていた。


「戻ってこれた!やった……!」


 あたしは重いビニール袋にも関わらず、走って、アジサイ先生の家の前に突撃していった。

 ドンドン!とノックする。


「アジサイ先生〜〜!ナツキだよ!あーけーてー!!」


 すると、ギイ、とトビラが開く。


「ナツキ。来たであるか」


 見上げたアジサイ先生は、鳥顔なのに、なんだか優しく微笑んでいるように見えた。

 都合いいな、あたし。

 

 アジサイ先生の家は、鉢植えの植物がたくさん育てられていた。

 それに、実験の道具に、分厚い本が、そこらじゅうにあった。

 あたしは持って来たビニール袋をアジサイ先生に見せた。


「調味料、持って来たよ」

「これか。我が見たことのないものもあるな。やはり、人間の方がくわしいのである」


 アジサイ先生がそれを受け取ると、重さでガサッ、とビニール袋が揺れた。


「重いじゃないか。すまなかったのである。ありがとう、ナツキ」


 よしよし、とアジサイ先生の大きな手が、あたしの頭を撫でてくれる。

 なんだか嬉しくて、思わず笑みがこぼれでる。


「それで?それをどうするの?」


 そう言うと、アジサイ先生は木の丸テーブルに調味料の袋をガチャリと置いた。

 中から、塩の瓶を取り出す。


「……ナツキ。昨日の話の続きであるが」

「え?」

「我は、園長にどうにか宝石を用意できないかと頼まれたのである。その時、我がこちらの世界に呼ばれた理由を聞いた。……森の賢人と呼ばれるフウロウの鳥人がこちらの世界では絶滅してしまったからだと言う」

「絶滅………」

「なんとか、知恵を貸してくれと懇願された。こちらの世界に来た時も、園長は良くしてくれた。我は、園長の願いを叶えてやりたいと思ったのである。園長は、我にこの住まいを提供してくれ、存分に研究に打ち込めるようにしてくれた。人型のカラダは、我の知への欲求を存分に満たしてくれた……」


 話してくれながら、アジサイ先生はあたしにお茶を入れてくれた。

 花のようないい匂いのする、お茶だった。


「このような姿にならなければ、我はナツキに茶もいれてやることができん。我は、園長に感謝こそすれ、恨みなどはないのである」


 アジサイ先生は、そう言って丸い夜空のような瞳を細めた。

 確かに、この姿になってくれたから、あたしは、アジサイ先生とこうして会話することが出来る。

 じゃあ、もしアジサイ先生が、モリフクロウのままだったら………?

 あたしは、どうするだろう。


「今は、我が調達した材料で生成したわずかな宝石で、宝食の皆は食いつないでいる。しかし、モリフクロウの我では限界があったのだ」

「そ、っか………」

「………さあ、作業を開始するのである。我があちらで調達した調味料で宝石を生成してもやはり、少量しか出来なかった。ヒトであるナツキはやはり出来る仕事が違うのである」

「えっ!今、なんて言ったの?アジサイ先生」

「ん?なんであるか?」


 いやいや、今、こう言ったよね。


———調味料で生成した宝石、って!


「調味料で、宝石を作れるってこと!?」

「我が開発した方程式ならばな」

「すごいじゃん!アジサイ先生、天才!」

「当然である」


 ふかふかの羽毛の胸を張りながらも、アジサイ先生はテキパキと宝石を生成するための準備を進めている。

 鉄の大きな鍋を西洋っぽいかまどにドン、と置いた。


「それで、どうやって宝石を作るの?」

「わかりやすく言えば、様々な調味料、例えばこの塩を魔術の超常的な方程式でもって、元素の段階に戻し、何層もの段取りを重ね、再生し直す、ということである」

「ふ、ふうん…?」


 アジサイ先生はそんな講義の最中も塩の瓶を空け、大きな鍋を覗き込み、かまどの火の微調整を繰り返した。


「この方程式は我が宝石の生成に頭を悩ませている時に、偶発的に生まれたもの。気温や湿度も大変に影響する」

「え、そうなの?大丈夫かな?」

「少々、湿度が高い。明日は雨なのだろうか。この作業は丸二日、かかる。うまくいってくれればいいが」


 せっかくうまくいきそうなのに…。

 アジサイ先生はホウ、と息をつきながら、薄灰色の空を見上げていた。


「そうだ!」

「どうしたであるか?ナツキ。腹でも減ったのなら、このウサギの骨つき肉でもご馳走するのである」

「えっ」


 そう言えば、フクロウって肉食の鳥なんだっけ。


「それってこの世界に売ってるの?」

「当然である。この世界には多様な人型獣人や鳥人が生活しているゆえ、小動物の肉が様々な処理をされて、市場に出ているのである。もちろん、未だに狩りをしに行くものもいるが、人型になったことによって生活の変化にがでたため、狩りの時間がないものは、市場へ出て、自らの舌に合う肉を買い求めるのである。まあ、現状での問題は、宝食人種の食物であったな」

「そう。それでね。あたしにいい考えがあるの!」

「いい考え?」

「うん」


 鍋に、ドロドロとした熱そうな液体を入れながら、アジサイ先生はフクロウらしく、クルッと首を回した。

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