2話

 降下していく先に見えたのは、オレンジの三角屋根に白壁の建物。壁には、黒枠の窓。

 重厚な雰囲気の木のドア。

 その建物中を見たことのないようなツタ植物が生い茂っていた。

 なかには果実が実っている部分もある。

 アジサイ先生にゆっくりと降ろされたあたしは、あたりを見渡している。

 誰もいないみたいだ。


「おそらく今、子供たちは制作の時間だ。なかで、園長が待っている。いくぞ」


 そう言うと、アジサイ先生はカッカッと、爪を鳴らしてさっさと歩いていってしまう。

 あたしは急いで、アジサイ先生のふかふかな背中を追って、エーデル保育園の中へと足を踏み入れた。


 保育園のなかは、案外天井が高かった。

 壁紙も明るい緑色で、可愛らしい雰囲気だ。

 子供たちの絵らしきものが、壁中に飾ってある。

 書いてある文字は異世界語ってやつ?

 まったく読めない。


「待ってよ、アジサイ先生」

「どうしたであるか?ナツキ」

「あたしってさ、この世界の人たちみんなに、言葉通じるワケ?アジサイ先生だけじゃない?ここって、あたしの住んでる世界とは違う世界、なんだよね?」

「まったく問題ないのである」

「力強く言い切るね!?」

「ナツキがあの宝石を持っているからである」

「だってこの字とか、読めないよ?」


 壁にかかっている給食だよりらしき紙を指差す。

 異世界とは言え、給食が出るのは同じらしいけど、文字の文化はこちらの世界とはまったく違うみたい。


「あれは、我がそのように作った。子供が親といる限り、母国で話すように、じょじょに慣れるものなのである」


 はー。都合のいい宝石があったもんだね、なんて思いながら、アジサイ先生に着いて行くと、目の前に大きな扉が現れた。

 重そうな鉄の丸取っ手を手に取る、アジサイ先生。

 コンコン、と鳴らすと、中から「どうぞ」と高い声が届いた。


「失礼するのである。園長」


 アジサイ先生に続き、なかに入ると、部屋のソファに座り、書類を読んでいる人がいた。

 あたしたちが入ってくるのに気づくと、こちらに顔をあげた。

 陶器のような白い肌に、触手のような海色の髪。赤い瞳はまるでルビーのようだった。

 足には、虹色の鱗がある。

 魚人に似ているけど、なんだか少し違うような…。


「ようこそ、エーデル保育園へ。来てくださって、ありがとう」


 あ、ホントだ!言葉わかる!

 アジサイ先生を見上げると、コクリ、と頷いて「ホホウ」と鳴いていた。


「我の言う通りだったであろう。もちろん、文字も読めるようになって行くだろう。あの宝石は、そういう宝石なのだ。要するに、この世界には、宝石で違う世界の住人を呼び寄せなければならない理由があるのだ。この世界の【食料問題】のために」

「【食料問題】…?」

「続きは、園長に聞くがよい」


 そう言って、園長先生を見るアジサイ先生。

 あたしたちは園長先生に促され、ソファへと腰掛けた。

 向かい側に腰掛けながら、園長先生は言った。


「お名前を教えてくださいませんか?」

「日廻ナツキです…」

「ナツキさん……ですね」


 園長先生は、さっき読んでいた書類をあたしたちの方に向けて、見せてくれた。

 しかし、それに何が書いてあるのかは、まだわからなかった。

 隣に座るアジサイ先生は、ホウホウ、と言っているけれど。


「さっそくですが、アジサイ先生が言ったように、この世界は、異世界の住人に頼らなければならない理由があるのです。それは……我々が【宝石を捕食する種族】だからなのです」

「宝石を食べる…?」

「そうです」

「そういう生き物なんですか?アジサイ先生がモリフクロウの鳥人なように……園長も?」

「私は………水が好きなただの魚です」


 そう言われ、あたしはアジサイ先生を見上げた。

 アジサイ先生がコクリと頷いたので、あたしも、園長を見て頷いた。


———何か、隠してるみたいだけど、言えないのかな?


 園長先生はそう言うと、ソファの後ろの戸棚から、大切そうに真っ白な布が被せられた陶器の食器を出してきた。

 その布をパッと園長先生がとる。

 食器には、色とりどりの美しい石が山盛りに乗せられていた。


「この世界は、我々のことを【宝食人種】と呼びます。この世界の多数の生物が、宝石を食べますが、ひとくくりにしてそう呼ばれています」


 園長先生は自らの瞳のような真っ赤な石を手にして、その目を細めた。


「しかし、一方でこの石は大変稀少なもののため、この石を食べない生物たちが保存運動を起こしました。宝食人種と、他の生物たちとの長い長い争い…。やがて、その争いを鎮火する出来事が起きた。違う次元の生物をこちらの世界に呼び寄せることができる方法を編み出す人物があらわれました」

「それって、もしかして」

「我である」

「やっぱり!」


 あたしが目を見開くと、アジサイ先生は羽毛の胸を張り、ホホウ、と鳴いた。


「えと……それで、その争いは、今はどうなってるんですか?」

「結局、この世界の他の種族たちの間では価値の高い宝石は、食べることを禁止されたのです。この世界のもの限定でですが……。当然です!宝石を食べなければ、我々は生きていけないのですから。今、宝食人種で成人しているものたちは宝石倉庫にある宝石を平等に分け、少しずつ食べています。この保育園でも残りはギリギリの宝石しかありません」


 うーん。

 どこの世界も大変なんだなあ〜。


「え?……で、あたしは?なんでここにいるの?」

「………ナツキさんに、子供たちの食事の準備をしてもらいたいのです」

「………え?」

「ナツキさんの世界では、宝石を食べる種族はほとんどいないとアジサイ先生から聞いています。だから、その宝石はあなたを選んだのです!」


 あたしの持っている宝石を指差す園長。

 いや、まってまって?

 宝石うんぬんの前にさ。

 ………あたし、帰れるんじゃないの?


「ナツキさんの世界で、宝石を用意して、この世界に来て、給食の時間に提供していただきたいのです」

「………は?」


 ……………はああ!?

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