4話

 そのおじきには、ユズルの願い事への思いが、こもっているんだろう。


 この土地で、友達と過ごしたかった。

 しかし、自分の無力さに心折れることなく、今自分に出来ることを精一杯やるんだろう。


 私はどうだろうか。

 私の喫茶店の為に、出来ることを全てやったのだろうか。


 参拝を終え、そのまま帰るのも忍びなく、社務所に向かった。美しいお守りたちが並んでいる。


「ユズル。どれか、買って行くか?」

「でも俺、あんまり小遣いないよ」

「いいよ。今日の記念に私が出すから」

「え! でも、お金ないんでしょ? 経営が……」

「ばっ。デカイ声で言うな」


 慌てて、お喋りなその口を手で塞ぎ、小銭入れをジーンズのバックポケットから出す。


「参拝の効果がなかったって、後から言われても困るしな。これも持っとけば、効果は二倍になりそうだろ。だから、いいんだよ」


 そう言って歯を見せて笑ってやると、ユズルは嬉しそうに頷いた。

 そして、青い鈴のついたお守りをユズルにやると、彼はそれを大切そうにポケットにしまった。


 喫茶店に帰ってくると、そのままユズルは家に帰って行った。

 送ってやる、と言ったが、親に説明が面倒だし、すぐ近くだから大丈夫と言って聞かなかった。

 終いには、どこにしまっていたのか、防犯ブザーまで取り出し、「何かあったらコレ鳴らすから! 飛んで来てね! それじゃ!」と言って、店を飛び出していった。

 すぐに私も店を出て、後ろ姿を探したが、もうユズルの姿はなかった。



 あれから、数日がたった。


 ユズルはちゃんと家に帰れたんだろうか、とふと考えてしまう時があった。

 あの後、外でしばらく防犯ブザーの音が鳴らないか耳を澄ませていたが、聞こえなかったので、大丈夫とは思う。

 しかし、縁が出来てしまった以上、多少は心配にもなってしまう。

 このご時世なのだ。狙われるのは女の子だけでなく、男の子にも及んでいるわけだし…。


―――チリンチリン。


 ハッ、と顔を上げた。

 滅多に鳴らない店のベル。

 ここ最近、鳴ったのは、彼が店を訪れた日だけだった。


「ユズル、どうした?」


 たった今、頭を悩ませていたユズルの安否が確認できた瞬間だった。

 そんな彼は、浮かない顔でスタスタと店に入って来た。

 そして、私の目の前のカウンターにちょこん、と座った。


「お参りも、お守りも、ムダだったっぽい」


 それは、ユズルが望まない結果であった。願い事は果たされなかった。


「神様なんて、やっぱいないんだよ!」


 少年の悲痛な叫び声が、寂れた喫茶店に響いた。冷たいカウンターに、小さな手でぎゅ、と握りこぶしが作られた。

 私はスッ、とユズルを背にし、電気ケトルでお湯を沸かしはじめた。


「そうだなあ。この店にも相変わらず、お客さまは来ないしなあ……。来週には、畳むしか無くなるかもな。せっかく、改装したのに、お客さんにお披露目も出来ず、かあ」


 ボソリ、と低い声で呟いた。

 顔を上げたユズルの顔は、今にも泣き出しそうだった。


「マスター」

「ユズル。喫茶店なのに、何も出してなかったな。名物のコーヒーじゃないが、今、ちょうど飲んで居たんだ。紅茶、飲めるか?」

「あ、うん……」


 ポカン、とした顔のユズルの前に、イギリスのメーカーによる美しいソーサー、そしてカップをそっと置いた。

 祖父の代から使っているものだ。

 フルーティな甘い香りがふっとユズルの鼻をくすぐった。


「あれ。この紅茶、美味しいね」

「ダージリンって言うんだ。名前だけは聞いたことないか? 紅茶だけは毎日かかせないんだ。大好きだからな」

「コーヒーはマズいのに」

「はいはい」


 私も、ユズルのあしらい方がウマくなってきたかも知れないな。


「なんで、そんなに紅茶、好きなの?」

「うーん。私の祖父が、子供の頃から淹れてくれてたからかなあ。コーヒーは苦いだろうって言って、紅茶にたっぷりのミルクを入れて出してくれてたんだ。それで、自然に淹れ方も覚えてた。そのまま、紅茶にどっぷりになっちゃってたけどな」


 すると、急にユズルがカウンターから身を乗り出した。

 真剣な顔をして、私の顔をのぞき込んでくる。

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