3話

 ヘンなおじさん、と言われている現状を訂正する間もなく、ユズルが私のギャルソンエプロンを引っぱる。

 子供にこんなに頼まれているわけだし、断るのは忍びない。

 チョット行って来るだけなら、いいだろうか。


「まあ、商売繁盛のために近々津島神社には行こうと思ってたしなあ」

「ホント? やったぜ!」


 津島神社は歩いて五分ほどの位置にある。

 こんなご時世だが、どう怪しまれたって、この子から頼まれた旨を堂々と言えばいい。

 ちょうどいい機会だし、この店の行く末について本気で神頼みでもしてみるか。

 私はそう思い至ると、カウンターから小銭入れとスマートフォンだけ手に取り、ジーンズのバックポケットに突っ込んだ。

 そして店のキーを掴むと、ユズルを連れ、鍵を閉めた。

 看板を”CLOSED”にすることを忘れずに。


「どーせ、誰も来ないのに」

「……こう言うのは、気持ちの問題なんだよ」


 フーン、と興味なさげに言うユズル。

 本当に、ストレートな少年だ。


「そいや、おじさんの名前、聞いてなかったや。教えて」

「さっきから言いたかったんだが、私の名前は遠坂達朗。年はまだ、34歳だ」

「それって、おじさんじゃないの?」

「まだだ! 呼ぶならマスターと呼びなさい」

「誰も来ない喫茶店のマスターね。はいはい」


 全く……十歳か。ナマイキな盛りだなあ。

 少し不貞腐れながらも、私はユズルを歩道の外側にやりつつ、手を繋いで津島神社へと向かった。


「手はいいよ。もう俺、小学三年生なんだよ? 恥ずかしいよ」

「今は私が保護者なんだぞ。君に何かあったら、ご両親に申し訳ない」

「……お父さんとお母さんなんか、気にしなくてもいいよ」


 プイ、とそっぽを向くユズル。小学三年生か。

 反抗期、ってやつだろうか?

 自分が反抗期だった頃のことを思い出すな。

 ユズルがそのまま黙っていたので、私も何も言わなかった。


 それから、黙々と歩き、あっという間に津島神社に着いた。

 南にある赤い大きな鳥居を潜る前に、一礼する。私に習って、ユズルも礼をした。ツツジが植えられている参道をぬけ、南門前の広場につく。左手にある手水舎へ、ユズルを手招いた。


「神社に入ったら、まず御手洗で手を洗い、口をゆすぐ」


 目の前の龍の彫刻をまじまじと見つめているユズルに言うと、彼はパッと顔を上げ、目を丸くした。


「えっ。何で?」

「けがれを落とすため、みたいな理由だったかな」

「俺、手きれいだけど?」

「汚れじゃなくて、穢れってやつな。漢字も意味も、違うんだよ」

「ふーん。難しいんだね」


 言いながらも、ユズルはちゃんと言われたとおりに、右手でひしゃくを持って水をすくうと、左手に水を掛けた。

 そして、左手に持ち替え、右手に水を掛ける。


「最後に右手に持ち替えてから、左手をおわんみたいにして、水を入れて、それで口をすすぐ、って感じな」

「はーい」


 もそもそと長いひしゃくに苦戦しながら、ユズルは最後までやり遂げ、ひしゃくを元の位置に戻した。


「オッケーだ」

「次は?」

「拝殿に行く。お賽銭箱がある、大きな建物な」

「あ。あれか」


 お賽銭箱のワードでピンと来たのか、うんうん、と頷くユズル。

 分かりやすく言えているようだ。

 すぐに、赤い柱がまぶしい津島神社の拝殿が見えてくる。まばらに人がいるが、ちょうど今は誰も参拝はしていないようだ。

 私とユズルは並んで拝殿のお賽銭箱の前に立つ。

 拝殿の中には、たくさんの赤い柱が連なっている。奥に、祭壇のようなものが置いてあった。

 私はあまり神社には詳しくない。

 しかし、やり方だけは祖父に教わっていた。津島神社の近くに住んでいるのだから、という理由だけでだ。

 だが、祖父に叩き込まれた参拝の仕方を今、息子でも孫でもない、このユズルに教えているのに、不思議な縁を感じていた。


「それじゃあ、参拝するぞ。まず、軽くおじぎして、お賽銭を入れる。投げるんじゃなくて、やさしく置くカンジで。それから、二回おじぎして」


 言われた通りにするユズル。チャリン、とふたり分のお賽銭が箱に投げ込まれた。


「2回、柏手を打つ。こうな」


 パンパン、と手を鳴らす私に習い、ユズルもパンパン、と私よりも幾分小さな柏手を鳴らした。


「最後にもう1回おじきをする。ここで、願い事をする。短めに」


 心なしか、ゆっくりと丁寧に、おじぎをするユズル。

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