5話

「コーヒーを止めて、紅茶を売りにしてみたら良いじゃん」

「えっ?」

「その紅茶代を少し削ってさ、この地域情誌に広告を出してみたら?」


 それは、ユズルが持ってきていた地域の情報が載った無料冊子だった。

 それを私に差し出し、言う。


「じいちゃんの味だからって守りたかったのかも知れないけど、そのじいちゃんは、マスターがコーヒーは苦いからって、紅茶を出してくれる、優しいじいちゃんじゃん」


 十歳の少年に、言われてしまったな……とは、思わなかった。

 むしろ、その通りだと、思った。

 長らく、何か重いものを背負いながら、色んなものから逃げていたように思う。

 それが、思い出なのかプライドなのか、よく分かっていなかったのだが、ユズルの言葉はストン、と私の中の空いていたスキマにピッタリとはまってくれたのだ。


「ユズル。一緒に津島神社に行ったあの日から、私はキミの真っ直ぐでストレート性格をずっとすごいと思っていた。私にとって、神様は居たように思う。何故なら、キミと言うお客さまが来てくれたからだ」


 ユズルの大きな丸い瞳に、じょじょに涙が溢れてきていた。

 私も昔は子供だったのだから、わかる。

 ずっと、一人で大人の理不尽と戦っているのだろう。

 私は冊子をキッチン内のレシピ本の隣に平置きにすると、棚の引き出しから、あるモノを取り出した。


「願いの叶うお守りだ」

「また?」

「次は私からだ。この間のお守りと、合わせて効果二倍になるだろうな。どうなるかわからないぞ」


 それは、におい袋のような丸いお守り袋だった。

 中を見せてやると、ユズルは驚いた顔をして私の顔を見上げた。


「これって、紅茶の葉?」

「そう。紅茶って、味わう期間が過ぎても、色んな使い道があるんだよ。脱臭剤とか、染め物とか……色々。つまり……うまいこと言うとな。ってことだよ。うーん、だから、ユズルも……」

「ははは! はげますの、ヘタクソだな。マスターは」

「ウッ……。なんだよ……。お前がまた来るかもしれないと思って、コレ作りながら、色々考えてたんだぞ!」

「そうだったんだ……。ありがと。俺も……あの時、マスターの店に来て、本当に良かったって心から思うよ」


 嬉しそうにへらっと、笑って、お守りを受け取るユズル。

 少しは、励ませただろうか。

 中の紅茶の葉の取り扱いを書いたメモも、ついでに渡して、ユズルは家に帰っていった。



 そして、また数日たちユズルは、この町を引っ越して行った。

 あれから、私はユズルのアイデア通り、地域情報の乗っている無料冊子に広告を出した。

 紅茶をウリにしていることを忘れずに。

 すると、一人二人とお客さまが足を運んでくれるようになったのだ。


「やっぱり、宣伝って大切なんだなあ……」


 ある朝、今日はまだ無人の店内を見渡しながら、売上をまとめていた。

 紅茶のカップに口をつけながら、ぽつぽつと書かれた数字をボーっとながめる。

 ふと、このカップがユズルに紅茶を出した時と同じものだと気づく。


「ユズルは元気にやってるのかなあ」


 店の前を、郵便局員のバイクが止まった。

 配達員が、チリンチリン、と郵便物を手渡してくれる。

 一言二言世間話をかわして、配達員は仕事に戻っていった。

 チェーンメールを何枚かゴミ箱に捨てていると、一通のカラフルな封筒が目に留まった。

 青空に、デフォルメされた飛行機が飛んでいる愛らしい封筒だった。

 こんな手紙を私に送ってくる人物など、一人しかいなかった。


「ユズルだ」


 あわてて封を切ると、便箋には新しい学校でうまくやっていることや、あのお守りをキッカケに、紅茶の茶葉で夏休みの自由研究をしてみようと思っていることなどが書かれていた。

 ……そして、三枚目。

 

―――十八歳になったら、津島に戻ろうと思ってるんだ。津島のおばあちゃんちに住ませてもらって、高校に通いながらアルバイトをしようと思って。

 あと、今、コーヒーを淹れることに挑戦してるよ。

 正直、めっちゃうまく淹れれる。俺のコーヒー、すごく美味い。

 だからさ、マスターの店で働いてあげても良いよ。

 ふたりで、日本一コーヒーと紅茶のうまい喫茶店にしようぜ!


 私は、思わず大声で笑ってしまった。


「相変わらず、さすがだな!」


 彼が帰ってくる日が、待ち遠しくなって来た。

 ユズルが帰ってくる前に、店を潰すわけにはいかないな。


 さあ、今日も元気に開店だ!




 おわり

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短編集*子どもと人ならざるもの 狐塚ポップコーン洋品店 @kihiru

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