山の神と捨て子の少女

 モミジは大男と暮らしています。


 大男の名前はトチノキ。

 六年前、山の入口にすてられていた、まだ赤んぼうだったモミジをひろい、育てたのがトチノキです。


「トチノキ。あたし、もう今年で六歳よ。ねえ、もう一人で遊びに行ってもいいわよね」


 毎年、誕生日である秋になると、モミジは必ずこう言うのです。

 トチノキは早く一人前になりたいから、モミジがこういうのだということはわかっていましたが、山はたいへん危険なのです。

 それに、もしモミジがまちがって、人間の町に入ってしまったら、と考えてしまうのです。


「……それは、もう少し大きくなってからだ。モミジ」

「もう!トチノキはいっつもそう!あたしに何にもさせてくれないんだから!」

「料理はまかせているだろう」

「それだけだもん!」


 フン!とくちびるをとがらせて、モミジはトチノキがとってきた栗やキノコのたっぷりはいったカゴをもちあげました。今日の夕飯のしたくにとりかかるようです。

 トチノキもフウ、と息をつきました。

 納得はいっていないでしょうが、モミジは言えばわかってくれる、物わかりのいい子です。

 しかし、いつまでもごまかしておくことはできないでしょう。

 モミジは、トチノキを本当の親だと思っています。

 しかし、自分は本当の親ではありません。モミジは人間にすてられた子供なのです。

 この真実をモミジはいつか自分で気が付いてしまうでしょう。

 トチノキは、そのことを恐れているのでした。

 トチノキはとても大きいです。身長は約二メートルほどあります。

 百センチほどしかないモミジは、いつもトチノキの肩にのって山を散歩し、森が開けた場所に出ると、思いっきり開けまわります。

 モミジの声が聞こえてくると、シカやタヌキたちがあつまり、みんなでかけっこをします。

 そんなことをしているうちに、トチノキはどこかへ行ってしまっています。

 遊びつかれたモミジが気づくと、トチノキが両手いっぱいに魚や米俵をもって帰ってきているのです。

 ちゃっかり、トチノキの好物の酒も持って……。

 誕生日が何日が過ぎたある日、モミジはいつものように森の開けた場所で動物たちと遊んでいました。

 すると、気づくとトチノキはまたいなくなっています。


「いったいいつもどこにいってるんだろう…。それにあんなにたくさんの食べ物…。どこに落ちてるのかな」


 ふと見ると、タヌキやシカたちが、ある木の根元に群がっています。


「これは…トチの木だ!そっか、トチの実の旬って今なんだね。じゃあ…トチノキの誕生日って、今?もうすぐ?お祝いしなきゃ!あ、プレゼント…どうしよう?」


 う~ん、とうなるモミジ。

 先日のプレゼントでは、トチノキは色とりどりの木の実やドライフラワーでかざりつけたリースをくれました。

 リースやドライフラワーを知らなかったモミジは、目を光らせて、トチノキに作り方をお願いしました。


「こんなステキなモノを考えつくなんて!トチノキはすごいわ!」


 すると、トチノキは目を伏せ、だまりこんでしまいました。

 どうしたの?と聞いても、弱弱しくほほえむだけです。

 おかしいと思ったモミジでしたが、それ以上なにも言わず、リースを大事に抱きしめました。

 しかし、あの時のトチノキは、たしかに変だったのです。

 何か、自分にできることはないか、とモミジは考えます。

 なにか、トチノキがビックリするようなものをプレゼントしたら、喜んでくれるかもしれないと思いました。

 そうだ、とモミジはいいアイデアを思いつきます。

 この山のことをトチノキは何でも知っています。


「だから、別の山に行って、トチノキが見たことのないものをプレゼントしてあげよう!そうしたら、トチノキはぜったいビックリしてくれる!元気になる!」


 そう考えたモミジは、すぐに走り出しました。

 かたわらに、タヌキがついてきていました。


「ついてきてくれるの?」


 そうほほ笑むと、タヌキが楽しそうにくるりとシッポをふりました。

 モミジは山を一直線にかけぬけます。そうすれば、道に迷わず、どこかの山に行けると思ったのです。

 細い道を走り、草むらをぬけ、小川を飛びこえ、小さなくぼみにはまりながら、モミジは走り続けました。


 その時です。

 スルッと、足が空をかけました。

 道が見えなりました。


「崖だッ」


 モミジはタヌキをだきしめ、ごろごろと崖をすべり落ちて行きました。

 幸い、やわらかな草のクッションが落ちた先にあり、モミジもタヌキもかすり傷ですみました。


 そしてついに、”どこか”にたどりついたのです。


 目の前には、四角い石でできた建物。かたい道路。

 まぶしい光。にぎやかな声や音。

 見たことのないものばかりです。

 ここに、トチノキが喜ぶものがあるにちがいない、とモミジは思いました。

 モミジはタヌキを抱き、立ち上がりました。

 そして、町に一歩踏み出そうとしたときです。

 一人の人間がモミジに気づき、指をさしました。


「キミは…?どこから来たんだ?なぜ、タヌキをだいている?」

「エッ?あ、あたし……」

「山のぬしさまのタヌキじゃあないか?だまってつれてきてはダメだ!」

「山のぬしさま……?」

「さあ、タヌキを返すんだ!今、山のぬしさまのおそなえものをしているところだからな。キミも来なさい」


 タヌキと引きはなされたモミジは、人間に手を引かれ、山の入口までつれていかれました。

 多くの人びとの前には、魚に米俵に秋の果物、野菜…と、たくさんの食物が祭壇の上に置かれていました。

 そこで、モミジは気づいたのです。

 トチノキが持って帰ってきていたものは、これだったんだ。

 モミジは「あ…」と思わず声をもらしてしまいました。

 祭壇の上にたくさんおかれた食物のすみに、きれいなドライフラワーのブーケが置かれていたのです。

 あのリースに使われたものと、同じ花です。


「さあ、山の神さまに豊作のお礼を」


 あたしが食べていたのは、人間が山の神さまに備えたもの…?


 じゃあ、トチノキは…。


 それに気づいたモミジのひとみからは、自然と涙があふれていました。


 それをトチノキは、山の上から見ていました。

 モミジは人の世界に気づいてしまいました。

 もう、自分のところには帰って来れないだろうと、トチノキは悲しそうに目を伏せました。



             おわり

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