カナリアとお屋敷の人外たち (不定期更新)

このお屋敷の住人たちはチョットおかしい。でも、カナリアにだけはとっても優しい。

一 「コックのグイド」

 お屋敷の中は、迷路のように広かった。

 ご主人様を探して、カナリアはぐるぐるとそこら中を彷徨っていると、ある部屋の前を通りかかった。

 大きな扉は他の部屋の扉と明らかに違っていた。中からは、今まで嗅いだことのない、いい香りがしてくる。


「いい匂い…。シフォンケーキかな? アーモンドとレーズンの香りもする! お屋敷の台所かなあ?」


 カナリアはゆっくりと、扉を開けてみた。


「もしかしたら、ここにご主人様がいるかもしれないし…」


 そこはやはり、お屋敷の厨房のようだった。

 広い厨房は、調理道具や調味料、食材が目に着いた。

 そして大きな冷蔵庫に、大きなオーブン。コンロと換気扇がいくつもあり、真ん中には大きな調理台がドン、と設置してある。

 厨房には、真っ白なコック服を着たジャックオーランタンが一人、包丁を研いでいるところだった。

 カボチャの異形頭の魔族らしいが、このお屋敷のコック長として、日々屋敷の住人に調理を振舞っている。

 しかし、厨房を見渡しても、カナリアが探しているご主人様はいなかった。

 カナリアは、がっくりと肩を落とした。


 それにしても、大きな厨房だなあ、と唖然としていたカナリアに、作業をしていたジャックオーランタンが気付き、近づいてくる。


———あ、怒られちゃう。


 そう思ったカナリアは、とっさに頭を下げた。


「ごめんなさい! 急に入ってきてしまって!」


 その様子に、ジャックオーランタンは吹き出した。カボチャをくりぬいた目が垂れたがり、笑っているような表情になる。

 クスクス笑っているジャックオーランタンに、カナリアはあれ?と恐る恐る顔を上げた。


「あ、あの?」

「別に怒っとらんよ。……まあ、そんな格好で厨房に入って欲しくはないけどな」

「あっ!」


 そう言われて、ようやく自分が泥だらけだったことに気付く。

 さっき、ご主人様を探して、お屋敷の広い庭を駆け抜けて来たからだ。

 カナリアは、再び頭を下げた。


「す、すみません! すぐ出ます」


 カナリアは、慌てて厨房から飛び出した。

 出た先の足元にふと目を落とした。磨き抜かれた床に映る自分の姿と、このお城の差に、改めて愕然とする。


「ご主人様は、私の歌を良いと仰ってくださったけど…。私、本当にここに居ていいのかな…」

「人間の嬢ちゃん。君、名前は?」

「わあ!?」


 物思いに耽っていたところで再びジャックオーランタンに声をかけられたので、カナリアは驚いて飛び上がった。気にして、追いかけて来てくれたらしい。

 あまりにカナリアが大袈裟すぎるほどにびっくりしているので、ジャックオーランタンは面白くなって、カボチャの口を三日月のように釣り上げた。


「ひひひ…。驚きすぎやろ。どんだけ飛び上がんねん」

「あ、あの、何か…」

「名前やがな、名前。 聞いとるんやけど」


 ヒヒヒ、と笑いを堪えながら言うジャックオーランタンに、カナリアは、戸惑いながら言った。


「か、カナリアと申します」

「嬢ちゃんな。今日、来たんか? お坊ちゃんに誘われたん?」

「はい、ご主人様に。街の噴水で毎日歌っていたのを見ていてくださっていたみたいで」

「へえ? じゃあ、今歌って見てくれへん?」

「えっ! 今ですか?」

「せやせや」

「わ、わかりました…。では、歌います」


 カナリアは意を決して、抱えていた荷物を足元に置き、大きく息を吸った。

 そして、目を閉じると喉を震わせ、歌い出した。

 屋敷中に響き渡るカナリアの歌声。

 それは、森で啼く小鳥のような、湖の畔で奏でる縦笛のような。

 あるいは、子供の笑い声や猫の戯れている時の鳴き声のような。

 それは、不思議な歌声だった。


 カナリアは歌い終わると、静かに息を吐き、目を開いた。


———パチパチ


「ええやん、ええやん」


 拍手をしながら、くり抜かれた目口をにっこりとさせ、そう言うジャックオーランタンに、カナリアは嬉しくなり、目の前の霞が晴れていくように、今まで失っていた自信も、みるみる溢れてくるようだった。


「ありがとうございます! 嬉しいです」

「また、聞かせてや」

「もちろん!」

「でもな」


 思い出したように言う彼に、カナリアは首を傾げた。


「なんで、子守唄なんかなーて」

「え?」

「もっとシャンソンとか流行りの歌とかなあ、ウケのええやつあるやんか。何で、子守唄なんかなあ、って。素朴にそう思てんけどな」


 カナリアは一瞬考え、そして言った。


「ご主人様が、お好きそうだからです…」

「へえ、なんで?」

「あの、何となく…」

「勘でコレや! て、思うたんか?」

「私、まだ街で歌っていた時から、リクエストとかがなくても、目の前を歩いていく人を見ると、何となくその人が望んでいる曲が、頭の中に浮かぶんです」


 そのことを思い出しながら語るカナリアの表情は、暖かくて眩しい陽だまりのようだった。

 ジャックオーランタンは、くり抜かれた目を細め、それを語るカナリアを見つめていた。


「カナリアちゃんて、ええな。俺、気に入ったわ」

「えっ? あの」

「俺は見た通りの、ジャックオーランタン。名前はグイドゆーて、この城の料理長やっとります。よろしく」


 言いながら手を握られ、ブンブン振られるカナリア。戸惑いながらも、何とか握り返し挨拶をした。


「あ、はい! よろしくお願いします」

「厨房、まだ遊びにおいでや。まあ、厨房やから、清潔感は頑張ってくれなあかんけど」

「はい…。すみません」


 耳が痛いです、とカナリアが苦笑うと、グイドはそっと身を屈み、カナリアの耳元で囁いた。


「今度、俺だけに歌、歌ってな」


 そう言って、グイドはカナリアから身を離すと、ニコリと笑い、ひらひらと手を振りながら厨房に入って行った。

 何故か、真っ赤になってしまった顔を両手で覆うカナリア。


「変なコックさんだったなあ……。あっ! 早く、ご主人様を探さなきゃ」


 パンパン、と顔を叩いて、カナリアはお屋敷の何処かにいるはずの彼、目掛けて、走り出した。

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