二 「マーラが来たりて、高笑う」

 とりあえず、ボクとおキツネさまは津島神社を出て、家までの帰り道を歩いていた。


「で? ボクに何か用なんだっけ?」

「アゲが先だ。海津の千代保と違い、ここでは滅多にありつけぬ」


 おキツネさまが何を言っているのか、さっぱりわからないボクは、首をかしげる。


「…ん?」


 おキツネさまがポソリ、と呟いた。


「どうしたの?」

「ウカさまの言付けができておらぬうちに、現れてしまったか」


 おキツネさまは、ずっと先のほうに建っている赤いかわら屋根の家をキッと睨み付けている。

 確かにそこにはうっすらと、影のような何かがいるのが見えた。


「アレは…?」

「見えたか?さすがは、”シュモンの御子”と言ったところか。アレが”マーラ”だ」


 ボクらの周りには、今のところ人はいないけれど、騒ぎになったら大変だよ。


「警察に通報されちゃうよ。あんな大きな犬みたいなのがいたら」

「心配するでない。結界をはった。キサマの姿は他の者には見ることは出来なくなった」

「おキツネさまは、アイツは? 他の人に見られたりしないの?」

「常人には、元より見えぬ。…フン。ウカさまにご命令を賜っている以上、このガキを討たせるわけにはいかん。マーラよ、消えてもらうぞ」

「ふーん? ワガハイを消すって? ウカの下僕のオアゲちゃん」

「うわああ!?」


 背後からいきなり声がして、思わず、後ずさるボク。

 見ると、そいつはおかしそうに腹を抱えて笑っていた。


「ハハハ~! 人の子はいつの時代も驚き方が面白いなあ」


 ギザギザの歯に、こしまである長い黒髪、足はハダシだ。

 右手首と左手首それぞれに、数珠をまきつけている。

 そして、ニヤニヤとした顔で、ふよふよと宙に浮かんでいた。


「久しいねえ? オアゲちゃん。この尾張の地に降りたのは、何百年ぶりかなあ。昔はよく来たけれど、第六天魔王が現れてからは、ワガハイも、なりを潜めてしまったなあ」

「第六天魔王…?」

「織田信長のことだ」


 おキツネさまが、首元に下げていたお守りのようなものを前足に乗せ、見せてくれる。

 それには、模様みたいなものが描かれていた。


「これは津島神社の神紋だ。木瓜紋と言う。織田信長の家の家紋もこれと同じ、木瓜紋が使われている。それだけ、信長殿が津島神社のことを大切に思っていてくれていたということだ。そして、人に愛された分だけ、神社の神気というのは高くなる。逆にこいつら、悪神は近づき辛くなるということだな」


 マーラはギザギザの歯をニンマリと三日月形にして笑った。


「ワガハイは、長く眠っていたからなあ。今、この津島神社の主祭神スサノヲは眠りについているねえ。ウカ程度の結界では…ワガハイの中で眠り続けた、人間の”魔”を止めることはできないのだよ!」


 すると、瞬時にボクの背後に回って来たマーラに、ボクは押し倒され、コンクリートに叩きつけられた。


「ハハハ! さあ。恐怖に舞い踊っておくれよお?」


 しかし、言いかけたマーラの腹部におキツネさまのシッポがブン!と直撃。

 ふっ飛ばされたマーラは、塀に勢いよく激突してしまった。


「おキツネさま!」

「…クッ! アゲにつられて、時間を浪費したおかげで、とんでもないことになったな」

「え?」

「あ! ち、違うぞ! ワレはキサマの家にあるという御朱印を見に行くのだったなあ〜。しかし、早々にマーラが現れてしまった」


 おキツネさまはボクのことを何と言っていたっけ。

 そうそう。

 ”シュモンの御子”だっけ…。

 ボクに何か…できること、ないのかな。


「クク…ねえねえ。キミのお名前は?」


 マーラにいきなり尋ねられ、反射的に答えてしまう。


「え? 北条タイガ……」

「…バッ、バカ者! ヤツに名を教えてはならん!」


 おキツネさまが焦ったように叫び、何かをしていたようだけれど、遅かったみたいだ。

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