妹との戦い

 リザの体を、何かが貫いた。


 貫いたものの正体を見た俺は、唖然とせざるを得ない。

 なぜなら、リザの体を貫いたもの、それは銃弾でもロケット弾でもないからだ。

 リザの体を貫いたもの、それはハヅキの拳だった。

 ハヅキはケヴィンの《人間株》を受け取ろうとするリザに向かって猛突進。

 その速さは尋常じゃなかった。

 まるで弾丸のように、ハヅキの体は前へ飛び出していた。

 その勢いを使って、ハヅキは自身の拳をリザの腹部にぶつける。

 そしてハヅキの拳は、いとも簡単にリザの腹部を貫いてしまった。

 リザは口から多くの血を吐き出してしまう。

 そのまま膝から崩れるようにして、ケヴィンの《人間株》を、まるで赤子を抱えるように大切に腕で包みながら、床に倒れた。

 あのリザが……あのリザが、こうもあっさりとやられてしまうなんて――


 ハヅキ、お前は一体、何者なんだ……


 それから倒れたリザと、その傍に立つハヅキを、炎は瞬く間に包み込んでしまった。

 凄まじい熱気が空気を歪ませているせいで、二人の姿がおぼろげに見えてしまう。

 まるで俺が、この世とあの世の境界線に立っているかのように。

 そのせいだろうか?

 俺は幻を見ている気分だ。

 だって重傷を負い、炎の中で床に横たわり、ケヴィンの《人間株》を大切に抱きしめているリザが、なんと幸せそうな顔をしているからだ。

 そんなリザは、若い白人の青年によって抱きしめられている。

 俺はケヴィンの顔なんて知らない。

 でも、そこにいるのは、確かにケヴィンだと思う。

 ケヴィンは両腕でリザを優しく包み込み、夢を叶えられなかった彼女を受け止め、慰めている。

 そしてリザは、そんな彼の胸に顔を預け、俺には一度も見せたことが無い、女らしい、本当に可愛い笑顔を見せた。

 しかし、その傍に立っているハヅキは、


「ハハハハハ!」


 と声高らかに笑った。

 さらにこちらに――つまり俺の方に向かってきた。

 この世とあの世の境界線から、ハヅキがこの世に足を踏み入れてきたのだ。

 俺は後ずさるが、


「さあ、お兄ちゃん。あともう少しで、私たちだけの世界が完成するよ」


 ハヅキはそう言って俺に近づいてくる。


「来るな!」


 俺は自分のリボルバー式の銃であるコルトパイソン6インチを抜き取り、ハヅキに向かって構える。

 しかしハヅキは言うことを聞かず、いつもと決まった“あの台詞”を言う。


「ヤダよ。お兄ちゃん」


 炎の幕から現れたハヅキは、全ての服が焼け落ち、肌も黒く焼け焦げている。

 そして歩くたびに、焦げた肌がボロボロと砂のように崩れ落ちていく。

 肌の奥からは、明らかに人間とは違う、チタン合金と思われる輝かしい骨格が露わになる。

 俺は恐怖のあまり、膝が崩れ、尻餅をついてしまう。

 そこにハヅキはゆっくりとした足取りで、でも確実に、俺との距離を詰めてくる。

 だが――


 ――後方から銃声が鳴った。


 それも無数の銃声。

 俺は振り返る。

 するとそこには、数人の兵士たちがいた。

 彼らはアサルトライフルを構え、それをハヅキに向かって撃ち続けている。

 生き残った兵士たちが、ここに駆けつけてきたのだ。

 彼らが放った銃弾は、ほぼ全てハヅキに着弾する。

 しかしだ。

 ハヅキにとって、アサルトライフルから放たれる銃弾など、豆鉄砲と同じだった。

 全く効いていない。

 するとハヅキは至極面倒くさそうな口調で、


「もう、邪魔しないでよ」


 と言った。

 それだけだと良かったのだが、もちろん、それだけじゃ済まない。

 直後、俺の後ろで大きな爆発が起きた。

 ガス爆発だ。

 ハヅキはここで襲撃を受けることを事前に予測し、予めガスを充満させていたんだ。

 だがガス爆発の衝撃は予想以上に強く、俺も爆発に呑み込まれてしまった。

 俺の体はビニール袋が風で飛ばされてしまうように吹き飛ばされ、その後、床に体を打ち付ける。

 だが、怯んでいる暇はない。

 俺は痛みに耐え、目を開け、体を起こそうとする。

 すると俺は、ハヅキのすぐ足元の傍に倒れていることに気付いた。

 そしてハズキは、既に顔の右半分の皮膚が崩れ落ちてしまった顔で、俺に微笑みかけた。

 戦慄が走る。

 と同時に、俺は何とか離さずに持っていたリボルバーを構え、ハヅキに向かって放った。

 結果はわかっている。

 こいつに銃がきかないことくらい。

 でも、そうせざるを得ない。

 そうでもしないと、俺は恐怖に精神が呑み込まれてしまう。


「もう、往生際が悪いよ、お兄ちゃん」


 そう言ってハヅキは、俺が握るリボルバーを蹴り飛ばしてしまった。

 丸腰になった俺は、尻餅をついた状態のまま後ずさる。


「来るな……」


 俺の声は震えている。


「俺は……お前の兄なんかじゃ……ない」

「嘘ばっか。どう見ても、お兄ちゃんじゃん」

遊間アスマ ヨリは……死んだ」力なく、俺は言った。「俺が……俺が殺したんだ」

「ぷっ……」


 俺の台詞を聞いて、ハヅキが噴き出し笑いを漏らす。


「やだ! まさかお兄ちゃん、“あのこと”をまだ引きずってんの? だからそんな風に、自分を誤魔化してるんだ! かわいい!」


 ハズキは残された顔の皮膚でうっとりとした表情を作り、俺に近づいてくる。


「確かに、病院での出来事はお兄ちゃんにとって初めての経験だったから、トラウマになっちゃうのも仕方ないけどね」

「止めろ……それ以上、喋るな……」

「ヤダよ。お兄ちゃん」


 俺は依然、尻餅をついた状態のまま後ずさっている。

 だがこれ以上、下がれない。

 俺の後ろは、厚い炎の壁によって塞がれてしまっているからだ。

 ハズキは、俺の前で足を止める。

 そのまま俺を見下ろす。

 そしてハズキは語り始めた。

 あの時、病院で起こった出来事を――

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妹が人類を滅ぼしかけていて、ヤバい。 束冴噺 -つかさしん- @TSUKASA-SHIN

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