妹からのミッション
スマホ画面の中にいる妹の顔を見た瞬間、言いたいことが山ほど溢れてくる。
だがそれらを全てぶつけたとしても、無駄なことはわかっている。
市民公園の時もそうだったが、このビデオ通話アプリは妹から人類への一方通行のコミュニケーションであり、俺たちの声なんて、きっと届いていない。
つまりこれは、妹のラジオみたいなもんだ。
DJハヅキがお送ります。
そんな〈妹ラジオ〉のオンエアが、いま始まる。
『皆さん。日本の北関東にて、ロシア製の核搭載型ICBM「R-36M」が投下されました。これによる死者は15万6,354人。随分と昔の兵器ですので、まあ、こんなもんって感じですかね』
ふざけたこと言いやがって! 人の命を何だと思ってやがる!
『でも皆さん、これはあくまでプロローグの演出に過ぎません。世界の人口はどれくらいか知っていますか? 70億人ですよ! まだまだこれからです! しかし、このまま皆さんが殺されるだけでは、“ユーザーの方々”が満足しません。さっきの核搭載型ICBM「R-36M」だって、ロシア最強の核兵器「RS-28」みたいなものを使えば、もっと効率的だったんです。きっとそれ一発で、日本全土は焦土化したでしょう。でも、それやっちゃうと一気にゲームバランスが崩れちゃうので、敢えて古いモノを使いました』
ユーザーの方々、ゲームバランス、まるでゲーム運営会社の物言いじゃねーか。
なあハヅキ。お前のやっていることは、ゲームなのか?
一部の戦争を望む権力者に加担してこの騒動を巻き起こし、ゲーム感覚で人類を滅亡に追い込む――そんなところだろうか?
わずか7歳にして量子Wi-Fiの基礎を築いた大天才だ。
その頭脳を悪のために利用したい奴なんて、きっといっぱいいる。
それに妹が騙されてしまっているのであれば、俺は是が非でも止めなければならない。
しかし、真相を確かめることはできない。
何度も言うが、このビデオ通話アプリは妹からの一方通行で、俺たちの声なんて聞こえちゃいない。
『ユーザーさんたちが望むのは、“確かな手応え”です! 逃げる獲物を殺すよりも、立ち向かってくる敵を倒す方が、ずっと面白い! だから皆さんには、これから武器を与えます!』
すると俺のスマホに異変が。
突然、謎のアプリの自動インストールが開始された。
『今から皆さんのスマホに〈W-E〉の配布を開始します。〈W-E〉とはWeapon’s Explorerの略で、つまり武器探索用アプリです。このアプリを使って、強い武器をどんどん見つけて、どんどん戦ってください。人類は滅亡しますが、頑張れば生き残れるかもよ? なんちゃって! では皆さん、検討を祈ります!』
妹の通信が終わった。
それと当時に、〈W-E〉のインストールが完了した。
〈W-E〉のアイコンをタップすると、マップの中心に俺の位置が表示され、「W」と書かれた赤いマークがいくつかマップ上に散らばっていた。
きっと「W」が、武器のある場所なのだろう。
俺は深い溜息をついた後に、チエちゃんの手を握る。
そして、言った。
「行こうぜ」
〈W-E〉によれば、近くに武器があるのはここから最寄りの小学校だ。
歩いて15分といった距離。
しかし、そこまで歩くのは楽じゃない。
むしろ辛い。
真夏日で、しかも核爆弾の熱線の影響がまだ空気中に漂っているんだ。
だから高温のサウナの中をずっと歩いているようなもんだ。
爆心地から離れているとは言え、ここにいても随分と放射能は浴びていると思う。
長生きはできないかもな、なんて思う。
まあ、そもそも放射能の影響が出始める前に、〈ガルディア〉に殺されるかもしれないがな。
そんなことをぼんやりと考えながらも、無言で歩き続けた末、俺とチエちゃんは武器のある最寄りの小学校に到着した。
正直、武器よりも水が欲しいのが本音だ。
ここに来るまでにコンビニやスーパーを見かけて立ち寄ったが、大勢の人々が商品棚を荒らしている最中で、しかもその商品棚も、既にほとんど空っぽだった。
そんな中で何とかくすねることができたのは、キャンディー一袋。
それはチエちゃんにあげた。
蛇口を見つけても、核爆発の衝撃の影響からか、水は出なかった。
だから小学校に着けば、武器もあるかもしれないが、備蓄している非常食にありつけるかもしれない。
そんな希望があった。
しかし、そんな希望に縋るのは、俺だけじゃない。
というか、みんな考えることは同じだった。
よってその希望は、絶望へと反転される。
その証拠が、これさ。
学校の中から、銃声と悲鳴が鳴り響いた。
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