ナイフ

「お兄ちゃんの考えてることなんて、手に取るようにわかるんだよ」


 そう言って妹は、ポケットから取り出したサバイバルナイフの鞘を抜き取る。

 鋭い光が宿った刃が、俺の前で露出する。

 俺は逃げようとするも、手も足も動かせない。

 椅子から離れることすらできない。


「どうせお兄ちゃんのことだから、デートから帰った夜に、私を殺そうとすることなんて簡単に予測できた。だから予め、あの金属バットのグリップには、スタンガンの電極を仕込んでおいたの。そしてそれを私が《ユニバース・リンク》に開けた穴で遠隔操作して放電し、お兄ちゃんは呆気なく気絶したってわけ。そうそう、お兄ちゃん。そのときのお兄ちゃんの寝顔、すごく可愛かったよ」

「おいハヅキ! そのナイフで何をするつもりだ!」


 すると妹は、ナイフの刃先を見つめながら、うっとりと恍惚とした笑みを浮かべる。

 そして、


「“シャツ脱ぎ”って知ってる? お兄ちゃん」


 妹は言った。


「何だ? ハヅキ。そんなに俺のシャツを脱がしたいのか? だったらほら、このままじゃ脱げないから、早く解いてくれよ」

「解かなくてもできるよ。だって、ほら――」



 ――ヒュン!



 俺の目の前で、閃光が縦に閃く。

 妹が、俺に向かってナイフを振り下ろしたのだ。

 あまりにも突然のことで、俺は体を逸らすことすらできなかった。

 だから俺は、そのまま妹に斬り殺されても、おかしくなかった。

 でも――


「ハ……ハヅキ……」


 俺は斬り殺されていなかった。

 その代わり、俺の着ていたTシャツが、縦真っ二つに切り裂かれていた。

 そのせいで俺の胸元と腹部が露出する。


「なあハヅキ……これは何だよ」俺の声は震えている。「こんな危ないシャツの脱がせ方をしなくても、いいだろ?」

「わかってないね、お兄ちゃん。シャツ脱ぎは、これからだよ」

「……え?」

「シャツ脱ぎはね、お兄ちゃん。古くからある拷問のことだよ。どういう拷問かって言うとね、生きたまま人間の皮を剥いでいくの」


 俺の中の時間が、止まった気がした。

 それでも、妹は続ける。


「あまり現代的に思えない拷問だけど、でもね、お兄ちゃん。紛争地帯では、テロリストが捕虜にシャツ脱ぎをしたっていう報告が残っているくらい、今でも使われている手法なの」


 そしてハヅキは、ナイフの平らなブレード部分を俺の頬にピタリとくっつける。

 まるで氷をくっつけられているようで、酷く冷たい。

 さらにあまりにもの恐怖で、言葉が出ない。


「皮膚はね、外のウィルスから守る大事なベールの役割を果たしているの。だからお兄ちゃん。シャツ脱ぎをするとね、人間は感染症を起こしてショック死しちゃうの」


 それから妹は縦に裂けた俺のTシャツをグイッと左右に引っ張り、俺の胸板を完全に露出させる。

 今度は乳首に、ナイフのブレード部分をピタリとくっつける。


「……止めてくれ……ハヅキ……」


 やっと俺の口から出た言葉が、それだった。「頼むから、止めてくれ……」

 それは懇願だ。

 と同時に、妹に許しを請う謝罪でもある。

 すると妹は、優しく笑った。

 さすがにこれはやり過ぎだし、何より、俺の反省が伝わったのかもしれない。

 だから妹の優しい笑顔は、俺への許しの表れだと思った。

 ……思いたかった。

 でもな、その考えは、やっぱり甘かった。

 妹は優しい笑顔を浮かべながらも、口は怪しい三日月のような形に歪ませ、こう言った。


「じゃあ、お兄ちゃん。今からシャツ、脱いじゃおうか」

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