21

 休憩タイムを終え、再び自由に泳ぐ。


 矢吹君は昨日のことなんて、きっと覚えていないはずだ。


 ――プールを上がり、着替えを済ませて一階のロビーに行くと、自販機の横に矢吹君が立っていた。


「噂の彼だよ。お目当ては洋子じゃない?」


 恵に肘で突かれ、洋子が矢吹君に視線を向ける。矢吹君は洋子には目もくれず、私に歩み寄った。


「ちょっといい?」


 えっ?えっ?私……?


「どうして優香なのよ?」


 小声で、洋子が問いかけた。


「私だって、わかんないよ」


 みんなの視線を感じながら、私は矢吹君の後ろを歩く。


 私は無言……。


 ドキドキして、一言も喋れない。


 矢吹君も無言……。


 すっごく気まずい。


 一階のロビー、窓際に置かれた小さなテーブルとソファー。洋子達に背を向け矢吹君はソファーに座り、私にも座るように促した。


 チョコンと並んで座るものの、背後から無数の視線を感じ、じっとりと冷や汗を掻く。


 数秒後、やっと矢吹君が口を開いた。


「昨日さ、あれから彼氏と逢ったの?」


「彼氏……?」


「そう、待ち合わせしてるって言ってたから」


 昨日のこと、覚えていたんだ。


「あれは……。あれは嘘」


『彼氏と逢ったよ』と、言うつもりだったのに、口から出た言葉は真逆の言葉。


 矢吹君に彼氏がいると思われたくなくて、咄嗟に本心が口から飛び出した。


「なんだ、嘘なんだ」


「だって、いきなりナンパされて、男子について行かないよ」


「なんだ、本当にいるのかと思った」


 そんな事が聞きたくて、わざわざ呼び止めたのかな?


 矢吹君は壁際に設置された自販機で、オレンジとコーラを買った。


「はい。さっきのスポーツ飲料は他の女子に取られたみたいだから」


「えっ……。見てたの?」


「うん」


「……ありがとう」


「でも驚いたな。君とここで逢えるなんて。君の名前聞いてなかったね。歳は俺より年下かな?高校生?」


 高校生だなんて、まじでへこむ。


「私は上原優香うえはらゆうか、童顔だけど二十二歳なんだ。大学卒業したばかりなの」


「二十二?俺と同い歳だね。まだ高校生だと思ってたよ」


 女子高生だと勘違いしてナンパしたのかな。二十二にもなって、まだ高校生に見えるとは、それはそれでちょっと悲しい。


「私が子供っぽいから?」


「違う。可愛いから」


 カーッと全身が火照る。

 冷たいオレンジジュースが生ぬるくなるくらい、体が熱い。

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