第25話「止まらぬ連鎖が流血を呼ぶ」

 一つの戦いが終わった……しかし、その代償はあまりに大きい。

 消滅こそまぬがれたものの、ニューヨークには巨艦きょかんの残骸が横たわる。

 摺木統矢スルギトウヤは、自分が倒した超弩級ちょうどきゅうセラフ級、サハクィエルの亡骸なきがらを見上げる。機体を降りて歩く朝は、ゴーストタウンのようなニューヨーク市街を州兵達しゅうへいたちが行き交っていた。

 周囲には一機、また一機と味方機が着陸する。

 激しい戦い野中、損耗はおびただしい。


「勝った、のか……? これが勝利と言えるんだろうか……なあ、りんな」


 あまりにも寒々しく、むなしい光景だった。

 ようやく爆発の収まったサハクィエルの、その巨大な構造物の撤去だけで何年かかるのだろう? このニューヨークは、再び世界の中心として復興できるのだろうか?

 そして、戦い続ける限り統矢達は、痛みをともなう勝利しか得られない。

 あるいは、無慈悲な未来からの侵略者に屈するしか、道はない。

 戦い抜いて生き残る度に、世界は破滅へとゆっくり向かっている気がした。だが、それでも統矢の周囲には仲間がいる。一緒に戦ってくれる者達を守れるなら、たとえみじめな勝利でも全力で勝ち取りに行ける気がした。


「統矢君、ここでしたか。あの子、私の【ディープスノー】で運びますね」

「ああ。サンキュな、千雪チユキ


 振り返るとそこには、パイロットスーツ姿の五百雀千雪イオジャクチユキがいた。

 極薄ごくうすのスーツは彼女の優雅な起伏を浮かび上がらせ、裸も同然のシルエットを立たせている。細身なのにグラマラスな長身は、統矢をいつものまし顔で見下ろしていた。


「れんふぁさんも無事です。今、降りてきますので」

「だな。でも、大勢死んだ……そして、これからも」

「統矢君……」

「本当に俺達は、奴に……未来の摺木統矢に勝てるのか?」


 だが、千雪はうつむく統矢に駆け寄り見下ろして……そっと両手を伸べてきた。

 そのまま、ギュム! と両頬りょうほおを包んでくる。

 右手は硬い機械で、左手はなつかしい柔らかさが感じられた。


「統矢君、大丈夫です。私達は、勝ち続けます。小さな勝利、苦しくつらい勝利でも……それを積み重ねて、パラレイドを追い詰めるんです」

「千雪、お前……」

「兄様達やれんふぁさんもいてくれます。だから、私は統矢君のために戦えます」

「……それを言われちゃ、かなわないな」


 じっと見詰めてくる千雪を見上げて、当夜も力なく笑う。

 果てなき戦いの、その先に何があるのかわからない。本当にレイル・スルールの言う通り、異星人と地球人類は戦う宿命にあるのかもしれない。だが、それは彼らの地球であって、この時代の統矢達とは無縁なはずだ。

 自分達の世界で敗北したまま、それでも戦いを望む者達。

 他の世界、異なる時間軸の平行世界を利用してでも、彼らは異星人と戦いたいのだ。

 それは、傲慢ごうまんで非道な所業しょぎょうと言えた。


「な、なあ、千雪。その……もう、大丈夫、だと、思う」

「はい」

「だから……は、放せよ。ほ、ほら、色々忙しいだろ? 事後処理だって」

いやです。もう少し……もう少し、だけ」


 両手で統矢の顔を挟み込んで、真っ直ぐに千雪が見下ろしてくる。

 自然と顔が近くて、互いの汗の匂いさえもかぐわしく思えた。

 だが、そのまま恋人のくちびるをねだるように、統矢がひとみを閉じた……その瞬間だった。突然、千雪は「あら?」と小さく叫んで統矢の首をねじる。ゴキリ! と変な音が鳴って、激痛が背筋を駆け上った。


「ってえ! おい千雪、何しやがるっ! く、首が……イチチ」

「あ、ごめんなさい。統矢君……でも、あれ」

「ん? ああ、ありゃ雅姫二尉マサキにいの機体だな。流石……ほぼ無傷だ」


 菫色ヴァイオレットに塗られた97式【轟山ごうざん】が、グラビティ・ケイジの影響下から抜け出しスラスターを吹かす。あの激戦を戦い抜いたのに、雨瀬雅姫ウノセマサキの機体には目立ったダメージは見受けられなかった。

 だが、様子が変だ。

 まるで強行着陸のように、周囲も見ずに大通りへと舞い降りる。

 その風圧から顔を手でかばいながら、統矢は千雪と一緒に駆け寄った。

 気付けば、先に降りてきていたティアマット聯隊れんたいの隊員達も走っている。


「おじょうの機体だ! それより」

「ああ、損傷機多数! 場所をけろ、誘導してやれ!」

「くそっ、火の出てる機体も……あ、あれは!?」

「オイオイ、ありゃ……っ! おい、消化器! 整備の人間を羅臼らうすから呼んでこい!」


 機体をかがませる間も惜しむように、コクピットから雅姫が飛び出してきた。

 彼女は頭部を守るヘッドギアを脱ぎ捨てると、汗に塗れた髪をひるがえしてアスファルトに降り立つ。そのまままっしぐらに走る、その頭上を……黒煙にまみれた機体が通過した。

 統矢が千雪を連れて、雅姫の背に追いつく。


「雅姫二尉! なあ、あれって!」

「統矢三尉さんい……あれは、三佐さんさの……美作総司ミマサカソウジ三佐の【轟山】よ!」


 ふらふらと姿勢制御の定まらぬ【轟山】が、周囲の機体と一緒に降りてくる。すでに右足は破損して失われ、膝から下が脱落していた。

 両肩にマウントされていた一発10tトン対艦たいかんミサイルは、全弾使い切られている。

 地面では、まだ稼働可能な機体が着陸を補佐するように動き出していた。

 そして、息も切らさず走る千雪が、雅姫の細い手首を掴む。


「雅姫二尉、危険ですので」

「放して! 放しなさいっ! 【閃風メイヴ】ッ!」

「お願いです、雅姫二尉……【雷冥ミカズチ】と呼ばれた貴女あなたが、らしくありません」

「ほっといて! 三佐のところに行かせてっ!」


 だが、機械の右腕が尋常ならざる膂力りょりょくで雅姫を引き止める。

 そして、総司の機体は墜落ついらくに近い角度で大地へ激突した。そのままアスファルトをえぐりながら、速度を摩擦に変えて何度もバウンドする。

 千雪の手を雅姫が振り払ったのは、機体が停止した瞬間だった。


「いけません! 統矢君、彼女を止めてあげてください。あの子……もう」

「待ってくれ、雅姫二尉っ!」


 追いかける統矢のすぐ先を、どんどん雅姫は走ってゆく。

 擱座かくざして四つん這いに屈むように崩れ落ちた、総司の【轟山】へと全力疾走してゆく。

 そして、今度は統矢が千雪の剛腕ごうわんに引き止められた。


「統矢君も、危険です」

「でも!」


 他の隊員達も、身体を張って雅姫を止めようとした。

 だが、パンツァー・モータロイドの操縦にも長けた副隊長、ティアマット聯隊の誰もがお嬢と呼んで可愛がる少女は走った。

 異音をかなでてうずくまる機体へ……最愛の人の機体へと走った。

 そのままコクピットの近くで見上げて、声を張り上げる。


「三佐! 美作総司三佐! 機体が爆発します、脱出を! ……イジェクト機能が作動しない? 外から強制開放を!」


 既に雅姫は正気を失っていた。

 そして、その尋常じんじょうならざる取り乱した様子が、誰の目にも伝えてくる。

 恐らくもう、総司は……あの機体のコクピットで、既に――

 だが、雅姫は諦めずに叫ぶ。

 諦める自分を許さず、損傷した機体によじ登ろうとする。


「三佐、お助けします……絶対に! 私が! ……私を、一人にしないで……まだ、本当の愛してるも伝えてないのに! 恋のままで、片想かたおもいで終わらせないでください! ――あっ!?」


 統矢は目を疑った。

 身体を密着させてくる千雪の、息を飲む気配が伝わった。

 きしんだ音を立て、オイルを撒き散らしながら……【轟山】の手がそっと、雅姫をつかんだ。そのまま片手で捕まえて、ゆっくりと機体からその身体をがし……そのまま腕を伸ばして大地へと立たせた。

 雅姫も突然のことで、言葉を失っている。

 大人達も呆気あっけに取られていたが、何人かが急いで雅姫に駆け寄った。


「さあ、お嬢! 離れて!」

「嫌……嫌よっ! 待って、放してっ!」

「あの機体はもう……目をませっ、雨瀬雅姫二尉! 隊長は、あの人は……多分、もう」


 直後、巨大な火柱が天へと屹立きつりつする。

 限界を超えた【轟山】は、常温Gx炉じょうおんジンキ・リアクターの爆発と共に爆炎に消えた。

 カランカラン、と乾いた音を立てて、周囲に部品が振りまかれる。

 統矢も、ただ黙って見守るしかできなかった。

 紅蓮の業火に焼かれて、フレームまでしになって【轟山】が崩れ落ちる。


「嘘、だろ……総司さん」

「統矢君、危ないですから。もう少し下がりましょう。……統矢、君?」

「嘘だ……っ! 何故なぜ、どうしてなんだっ! どうして俺は、はこんなことを! 繰り返すばかりだってわからないのか? 何故、自分が味わった苦しみを他者に振りまく!」

「落ち着いてください、統矢君!」

「ああ……また、俺が……俺みたいな人間を、増やしていくのか……あの俺も、俺と同じ……りんなを失った俺なのに」


 Gx感応流素ジンキ・ファンクションは、搭乗者の精神や思考をダイレクトに反映して動くことがある。

 総司の最後の意志は、部下の雅姫を生かすために機体を動かした。あるいは、既に事切れていたかもしれないが……その傷付いた肉体に残ったたましい残滓ざんしを、機体が勝手に拾って動いただけかもしれない。

 だが、雅姫を総司は連れて行かなかった。

 この世界に……パラレイドとの永久戦争が続く世界に、彼女を残したのだ。

 彼女の心に、恋の甘い疼痛とうつうを残して、それを永遠にしたまま……総司はった。


「……放してくれ、千雪。大丈夫だ……悪ぃ、取り乱した」

「いえ。でも……」

「そうだ。それでも……俺達が戦わなければ、この負の連鎖は続く。そうだろ? ……やってやる。必ず奴の息の根を止めて……この時代から、連中を追い出す!」


 統矢は、気付けば自分が泣いているのを知った。それでも、涙が流れるままに顔をあげて、燃え盛る中へ消えてゆく総司の機体へと敬礼けいれいする。

 千雪もそれに倣い、周囲の大人達や州兵達も同じように身を正した。

 その場に崩れ落ちた雅姫だけが、呆然ぼうぜんと炎がゆらぐのを眺めていた。

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