第20話「ファースト・アタック」

 一路いちろ、ニューヨークへ。

 巨大な【樹雷皇じゅらいおう】を中心に無数のパンツァー・モータロイドが編隊を組む。

 道中、パラレイドとのエンカウントはなかった。先導機パスファインダーとして先を進む、五百雀千雪イオジャクチユキの【ディープスノー】が露払つゆばらいをしてくれているのだ。その連鎖する爆発へと向かって、摺木統矢スルギトウヤは仲間達と突き進む。

 広域公共周波数オープンチャンネルで、部隊の指揮を取る美作総司ミマサカソウジが作戦開始を告げてきた。


『美作総司三佐さんさだ。あと15分で目標を肉眼にて確認する。各機、目標はセラフ級パラレイド、サハクィエル! 雑魚ざこには目もくれるな! 必ず目標を撃破、無力化せよ!』


 今、ティアマット聯隊れんたいの97式【轟山ごうざん】は、半数が総司の直接指揮で対艦攻撃装備たいかんこうげきそうびだ。デストロイ・プリセットと呼ばれるもので、10tトンもの重さを誇る対艦ミサイルを4本装備している。地球上のあらゆる艦船かんせんを一撃で撃沈できる火力だ。

 本来の搭載能力を超えた過積載は、【樹雷皇】のグラビティ・ケイジが可能にした。

 重力波に包まれているので、合計40tもの重装備を搭載しても行動可能なのだ。


雨瀬雅姫二尉ウノセマサキにい! 別働隊で攻撃部隊の援護を頼む。エンジェル級の中でも、バルトロマイ……あの飛行形態から変形する奴が厄介だ』

『了解です、三佐。お守りします……命にえても、必ず!』

『はは、命懸いのちがけは困るな。作戦が終わったら君を食事に誘いたいんだ』

『えっ!? あ、あああ、あの、美作総司三佐、あのっ!』


 おっ、と統矢は思ったが、多分駄目だろうなと苦笑する。それは【樹雷皇】の本体コクピットにいる更紗サラサれんふぁも同じようだった。彼女の小さな笑いを聴きながら、武装の全セフティを解除する。

 今の【樹雷皇】は正しく、悪魔デーモンの軍勢を率いた巨大な魔王サタンだ。

 搭載された火力は、地球上のあらゆる兵器を凌駕りょうがする。


『横浜に中華の美味しい店があるんだ。戦いが終わったら……

『……へ? み、みんなで、ですか?』

『そう、部隊のみんなで。朝まで飲んで騒いで……あ、いや、雅姫二尉はそういうのは嫌いかい? その、僕は家が厳格げんかくだったから、そういう経験がなくてね』

『……もぉいいです、それで。今は、それでいいです』


 大人達の笑いが連鎖する。

 ここにはもう、恐怖もおびえもない。

 迫る死地での激戦を前に、なんて穏やかな気持だろう……統矢は改めて、人類と地球の命運を賭けた戦いを振り返る。

 それは皮肉にも、人間の尊厳、人類の団結を再確認させる戦争だった。

 おろかな人間の保身、怠慢たいまん、エゴと欲……そうしたものを沢山見てきた。

 同じくらい、献身と勇気、友情と愛をも痛感させられたのだ。


『統矢さん、作戦空域へレンジ・イン……前方に無数の敵影!』

「よし、始めるか……対艦攻撃部隊を援護する! れんふぁ、いざとなれば……こいつをぶつけてでも、あのデカブツをつぶす!」

『統矢さん……』

「大丈夫だ、俺と千雪がみんなを守る。お前を必ず、守るから」


 徐々に景色が街並みへと変わってゆく。

 猛スピードで飛び去る大地に、建物が増えてゆく。

 そして、はるか遠くに西海岸と水平線が見えた。

 れんふぁの声が悲鳴のように響いたのは、その直後だった。


敵機直上てっきちょくじょうっ! 統矢さん! この反応……メタトロンです!』


 即座にれんふぁが、グラビティ・ケイジをコントロールする。頭上へ厚く展開しつつ、周囲に浮かべた友軍機を先に進める。

 同時に、太陽の中から苛烈かれつなビームの光が撃ち下ろされた。

 肉眼で目視できるほどの、強力な重力干渉で空が暗く光る。

 そして統矢は、回線の向こうに少女の絶叫を聴いた。


『統矢ああああああああっ! また、統矢様の邪魔をっ、してええええええっ!』


 絶え間なくビームを浴びせてくるのは、レイル・スルールのメタトロン・スプリームだ。最強のセラフ級と呼ばれるメタトロンは、飛行形態へと変形しての高速移動で迫ってくる。

 いな、落ちてくる。

 真上からの攻撃をグラビティ・ケイジで守りつつ、統矢も集中力をとがらせる。

 【樹雷皇】が危険な領域へと増速すれば、自然と統矢の持つ異能の力が覚醒していった。DUSTERダスター能力の発現はつげんと同時に、統矢の世界が狭く小さくなってゆく。全てを知覚して掌握しょうあくするかのような感覚の中で、鋭敏な直感が研ぎ澄まされてゆく。


「レイル・スルールッ! 今はお前に構っていられないんだ! やめろっ!」

『統矢様のところには行かせないっ! DUSTER能力に覚醒かくせいするまで……僕が! 僕達が! 何度でも統矢達古い人類を鍛え直す!』

「ふざけるなっ! 何人死んだ? いくつの街が消し飛んだんだ! 地図から消えた国だってある! みんな、みんな……全部っ! 俺達の世界、俺達の時代だったんだ!」


 音速を超えるスピードで、真下へとメタトロンが通り過ぎる。

 同時に、急制動で地表スレスレを飛びながら機首を持ち上げ、巡航飛行形態じゅんこうひこうけいたいが変形した。完全な人型となって、長い長い砲身を構えてこちらへ向けてくる。

 すぐにれんふぁが、グラビティ・ケイジ内の味方機を退避たいひさせた。

 そして、衝撃インパクト

 メタトロンの構えた長銃身のライフルが、天をつらぬ光芒こうぼうとなって爆ぜる。

 膨大な熱量がグラビティ・ケイジにぶつかり、【樹雷皇】の巨体がビリビリと震える。

 だが、統矢は止まらない。

 仲間と共にニューヨークへと向かう。

 その背を強く押し出す声が、前線から戻ってきた。


『皆さんはニューヨークへ! メタトロンの相手は……私がします』


 背に暗い光輪こうりんを輝かせ、鬼神の如き威容がんでくる。

 一回りも二回りも大きなPMRパメラのシルエットは、千雪の【ディープスノー】だ。そのてのひらがグン! とうなって、重力の光球を生み出す。それはまるで、気弾のようにメタトロンへと放たれた。

 メタトロンもまた、グラビティ・ケイジを展開して重力弾を防ぐ。


『お前っ! その一本角いっぽんづの両肘りょうひじのブレード……この間、北極までついてきた奴か!』

『重力制御安定、グラビティ・ケイジ展開……いい子ね、【ディープスノー】。では……きましょうか』

『お前か! お前がぁ……統矢を、たぶらかしているんだ! 統矢様の少年時代を! またお前がっ!』


 千雪の【ディープスノー】が、強力な加速でメタトロンに肉薄する。

 以前の89式【幻雷げんらい改型参号機かいがたさんごうきも、重装甲と超加速による爆発力を前提とした格闘戦専用機だった。それが銃弾なら、新たな力である【ディープスノー】は砲弾だ。以前にもまして小回りや取り回しを無視した、一撃必殺の剛腕PMRである。

 振るわれた両肘のブレードがGx超鋼ジンキ・クロムメタルの切れ味で炸裂する。メタトロンは肩から下げたプロペラントタンクを両断され、爆発と同時にそれをパージした。

 二人の激闘はあっという間に背後へ飛び去った。

 だが、無線を通じて二人の少女の戦いが聴こえてくる。


『そう、確か……五百雀千雪! いつも統矢様の邪魔をしてきた女! れんふぁ様だって、統矢様から奪って、洗脳して! こんな戦いの中に放り込んで!』

『それは貴女あなたの世界の五百雀千雪であって、私ではありませんので。それと』

『それと? 何だ、何だよっ! 消えちゃえよ! ボクのDUSTER能力は、見ているぞ! 感じる、つかめる! 遅いんだよ、お前っ――!?』

『一人だけ地獄を見てきたような物言い、不愉快です。統矢君以外では初めてですか? DUSTER能力者と戦うのは。だとしたら……容赦ようしゃ、しませんっ!』


 統矢は耳を疑った。

 DUSTER

 この、自分が持つ呪われた力を、千雪もまた手に入れたのか?

 だが、納得してしまう。

 納得できてしまう。

 千雪はあの激闘の中で皆を逃し、Gx反応弾ジンキ・ニュークリアの爆発の中からさえ生還した。肉体機能の大半を機械でおぎなう重傷を負ったが、北極でずっとメタトロンと戦い続けたのだ。

 DUSTER能力……死線を突破せし兵士の特殊超反応Dead UnderSide Trooper's Extra React。その力は、文字通り絶体絶命の中から生還した者に授けられる。人智じんちを超えた反応速度と判断力。極限状況になればなるほど、その力は強くなってゆく。


「千雪が……俺と同じ、DUSTER能力者……」

『統矢っ! 前を見ろ! 俺の妹に……千雪に任せて、前へ進め!』


 すぐ側を飛ぶ五百雀辰馬イオジャクタツマの【幻雷】改型壱号機かいがたたいちごうきが、秘密回線で通信を送ってくる。

 統矢は黙って、操縦桿を通して自分の意志を【樹雷皇】に伝えた。

 横に並んだフェンリル小隊の仲間と、今は前へと進む。

 信頼して背中を預け、千雪に任せて翔ぶ。


「れんふぁ、千雪のことをモニターしといてくれ。俺は……目の前に集中するっ!」

『う、うんっ! 大丈夫だよ、千雪さんなら……あと、前にエンジェル級が多数! 地上にもアイオーン級やアカモート級が無数に!』

「突っ切るぞ! このままサハクィエルまでブッ飛ばす!」


 あっという間に砲火が部隊を包んだ。

 ニューヨークの街並みは、あちこちから対空砲火たいくうほうかを巻き上げる。

 空をしゅに染める爆発の中を、グラビティ・ケイジの出力を最大にして押し通る。

 そんな統矢の側から、チームの仲間達が離れていった。


『よーし、フェンリル小隊各員! ちょいと命、ってもらうぜ?』

『了解であります、辰馬小隊長殿っ! 自分はいつでも準備万端であります!』


 無言で緑色の【幻雷】改型弐号機かいがたにごうき対物アンチマテリアルライフルを展開する。遠距離狙撃用えんきょりそげきようのバイザースコープを頭部に下ろす機体は、副隊長の御巫桔梗ミカナギキキョウが乗っている。

 彼女は今も震えているだろうか?

 だが、震えながらでも彼女は銃を手に取る。

 家族を奪った背中の傷を背負って、戦い続ける。


『統矢、俺達を降ろしてくれ! 地上で戦う。ここでインターセプトしてやっから、背中は振り向かないでいいぜ!』

「頼みます、辰馬先輩! 桔梗先輩も! あと、ラスカ! 沙菊サギク! 任せた!」

『だーれに言ってんのよ、誰に! ハン、撃墜数スコアをたっぷり稼いでやるわ! 行きなさいよ、統矢! 征って……ボヤボヤしてるとお尻蹴っ飛ばすわよ!』


 四機の旧型改造機きゅうがたかいぞうきが、グラビティ・ケイジのコントロールを外れてスラスターを輝かせる。そのまま対空砲火を放つ敵機を潰しながら、地表へと仲間達が消えていった。


『っしゃあ、SALLYサリー FORTHフォース FENRIRフェンリル!! 気張きばれよ、手前ぇ等! Rock and Rollロッケンロール!!』


 あっという間に背後へ仲間達が飛び去った。

 そして、徐々に進む先に巨体が見えてくる。

 全長1kmを超える、超弩級ちょうどきゅうパラレイド……セラフ級サハクィエル。その巨大な艦影かんえいは今、ゆっくりとこちらへ艦首かんしゅを回頭している。多くのエンジェル級に守られながら、中空の玉座を占める暴虐ぼうぎゃく方舟はこぶね

 姿、統矢は驚きと同時にさらなる加速で突っ込んでいった。

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