第19話「消滅へ向かう中の出撃」

 短い睡眠時間の眠気が、まだ少し摺木統スルギトウヤ矢の中に甘やかな熱を燻らせる。

 あのあと、更紗サラサれんふぁの寝顔をベッドで五百雀千雪イオジャクギチユキと眺めていたら、知らぬ間に寝てしまった。そして今、かつての新大陸へと西海岸から上陸する。

 全速力で天空を疾駆しっくする羅臼らうすからは、晴れ渡るアメリカの大地が見えた。

 今、パイロットスーツに着替えて統矢は格納庫ハンガーを走る。

 その途中、艦の士官達に囲まれた小さな女の子の姿を見た。


特務三佐とくむさんさ日本皇国元老院にほんこうこくげんろういんから激励の電文が」

「こちらは人類同盟軍統合参謀本部じんるいどうめいぐんとうごうさんぼうほんぶからですね、それと」

「追加です、特務三佐! 皇国海軍聯合艦隊総司令部こうこくかいぐんれんごうかんたいそうしれいぶからも――」


 印刷された電文を手にする者達の真ん中で、苛立いらだちを隠しもしないのは御堂刹那ミドウセツナだ。少女というよりは幼女といった姿で、フラットな矮躯わいくをパイロットスーツに包んでいる。

 彼女の愛機である銀色の94式【星炎せいえん】は、沈黙したまま多くの整備兵に囲まれていた。

 先日、整備の佐伯瑠璃サエキラピスが細工をしたので、どう頑張っても常温Gx炉じょうおんジンキ・リアクターの出力があがらない筈だ。今日は指揮官である刹那の出撃は果たされないだろう。

 そう思って通り過ぎようとしたが、目敏めざとく刹那は統矢を呼び止めた。


「待て、摺木統矢。貴様には言っておくことがある」

「ん、何だよ……神妙な顔して」

「五百雀千雪が生きていたこと、黙っていた。びよう。私の独断だ」

「あ、ああ。ってか、いいよ。もうそういうのはさ」

「それと、相変わらず皇国陸軍、そして一部の人類同盟参加国は隠蔽体質いんぺいたいしつだ。だが、これ以上は横槍は入れさせん。我々秘匿機関ひとくきかんウロボロスは、独自の指揮権を行使する」

「わかった……じゃあ」


 統矢は足を止めて振り返ると、屈んで刹那と目線の高さを合わせる。

 銀髪の少女は、その真っ赤な瞳だけがやけに老成して見えた。


「じゃあ、さ……御堂先生」

「御堂刹那特務三佐と呼ばんか」

「ああ、特務三佐。あんたは自分の仕事場に戻れ。ここから先は、戦場は……俺達の領分だ。あんたはこのふねから全体の指揮をればいいだろう」


 グヌヌと刹那は、何かを言おうとして黙った。

 そんな彼女の頭に、ポンと手を置き統矢は立ち上がる。


「提督の……刑部志郎オサカベシロウ提督のかたきを取ってやる。パラレイドは、俺とあんたと……。そうだろ?」

「……ああ、そうだな。フン、言うようになったものだ」

「まあな。伊達だてに死線はくぐっちゃいない。じゃあ、ちょっと行ってブッ潰してくる」

「任せた。多くは言わん、徹底的にやれ。この世界線を選んだことを、奴等に後悔させてやれ!」


 統矢は軽く敬礼して、背を向け駆け出す。

 メインデッキでは今、丁度巨大なパンツァー・モータロイドが出撃するところだった。

 深海のあおたたえた大型PMRパメラは、千雪の【ディープスノー】だ。重力制御系を組み込んだため、9mと一回りも二回りも厳つい巨体は、以前のような乙女を守る一角獣ユニコーンではない。

 真っ直ぐ角が伸びる六つ目の異貌いぼうは、まさに鬼……拳で地を割り、蹴りで天を裂く鋼の修羅神しゅらしんだ。

 その右目が三つ揃って、足元の統矢を見下ろしスライドする。


「千雪! お前、先導機パスファインダーだってな。頼むぜ!」


 【ディープスノーは】右手で親指を立てると、重力制御でその場にふわりと浮く。あまりに大き過ぎて、羅臼のカタパルトには乗らないのだ。

 背に暗き光輪を浮かべながら、その巨躯はゆっくり極寒の空へと出ていった。

 そして、統矢も自分を待つ愛機へと駆け寄る。

 97式【氷蓮ひょうれん】サード・リペア……再び改修を受けたその姿は、また少し外観が変わった。相変わらず左右非対称の包帯塗ほうたいまみれだが、左右のモーメントバランス調整のため、オレンジ色のスキンタービンは巻き方が以前と異なっている。対ビーム用クロークの奥には、新しく背中にマウントされたグラビティ・エクステンダーが背負われていた。


「待たせたな、相棒……っし、行くか!」


 片膝を突いて屈む【氷蓮】へと、飛び乗る。

 整備兵達とニ、三のやり取りの後、統矢はゆっくりと乗機を立たせた。何のフリクションも感じず、イメージ通りに機体が動く。

 すでに長い戦いの連続で、【氷蓮】は統矢の肉体そのものだ。

 左右の操縦桿スティックに内包されたGx感応流素ジンキ・ファンクションは、思念を拾って動作で応える。

 紫炎色フレアパープル復讐鬼アヴェンジャーは、三度巨大な剣を背負って立ち上がった。

 狭苦しいコクピットの中、圧迫感は感じない。ハーネスで固定された全身に、静かな闘志がみなぎっていた。モニターや計器の照り返しを受けながら、手慣れた様子で各部をチェックし、オールグリーンを確認する統矢。


『摺木統矢三尉さんい、カタパルトへ!』

『ケーブル、戻せーっ!』

『ティアマット聯隊れんたい第七小隊、発進はフェンリル小隊が先だ! 下がって! いいから下がって!』

『デストロイ・プリセットに換装を終えた97式【轟山ごうざん】からだ! 多少過積載かせきさいでも構わん、積めるだけ対艦10tミサイルを積むんだよ!』


 格納庫は今、戦場だ。

 行き交う整備兵や甲板員でごった返し、開放されたハッチからは容赦なく冷気が忍び込んでくる。火薬とオイルの臭いの中、無数のPMRが金切り声を歌っている。

 だが、不思議と誰もが高揚感にみなぎっていた。

 誰一人、負けるなどとは思っていない。

 最悪の状況を想定しつつも、作戦の失敗など考えもしないかのような顔だ。

 それは恐らく、統矢も同じだ。

 カタパルトへと機体を乗せ、同時に無線でれんふぁを呼び出す。


「れんふぁ、聴こえるか? 出たら直ぐにドッキングする。そっちのグラビティ・ケイジで拾ってくれ」

『了解っ。あと、統矢さん……ニューヨークが』

「何か動きがあったか?」

『市民の避難が完了したから、アメリカ軍が総攻撃に出たって……無事かなあ、自由の女神』


 こんな時にも、呑気のんきなれんふぁが少し頼もしい。

 彼女の天然な愛らしさに、思わず笑みが浮かぶ。


「何だ、れんふぁ。見たことないのか? 自由の女神」

『うっ、うん。わたしの時代にはもう、ニューヨークごと消滅してたから』

「じゃあ、何がなんでも守らないとな。……れんふぁ、お前のいた歴史には向かわない。塗り替えるぞ、俺達で」

『う、うんっ!』


 グリーンのランプが灯ると同時に、【氷蓮】を電磁カタパルトが打ち出す。

 強烈な加速Gの中で、あっという間に母艦が背後に飛び去った。

 そして、浮遊感と共に不自然な揚力で浮かび上がる。

 その先には、先程まで羅臼の真横に係留されていた【樹雷皇じゅらいおう】がいた。ドッキングセンサーを同調させれば、れんふぁの操作で対ビーム用クロークと【グラスヒール】が【樹雷皇】の垂直発射セルの一つへ吸い込まれる。。

 全長300mの威容を誇る砲神ほうしんの、中央部のコントロールユニットへと【氷蓮】がまたがる。瞬時に機体がロックされ、カウルで半ば埋まるように固定された。


「れんふぁ、ティアマット聯隊の展開状況は?」

『もうすぐ全機発艦終了だよ。こっちの……【樹雷皇】のグラビティ・ケイジに乗ってもらって、ニューヨークまで全速力で二時間』

「ギリギリだな。それに、道中で邪魔が入るはずだ」

『う、うん。あっ、先行してる千雪さんが会敵エンカウントしたみたい……』


 はるか遠くで小さな爆発が無数に連鎖した。

 その音も、衝撃波と振動も届いては来ない。

 こうしている今、この瞬間も千雪の【ディープスノー】は単騎で敵地へくさびとなって突き進んでいた。その背を追うように、これから統矢達も加速する。

 全機の展開が終わったところで、ティアマット聯隊の美作総司三佐ミマサカソウジさんさから訓示くんじがあった。


諸君しょくん! ティアマット聯隊体調、美作総司三佐だ。先程、人類同盟軍統合参謀本部及び、日本皇国陸海軍の了承を取り付けた。作戦終了と同時に、諸君に一週間の休暇を約束する』


 荒くれ者揃いのティアマット聯隊から、口笛と喝采が連なり響いた。

 統矢も休暇は嬉しいが、そろそろ青森校区あおもりこうくに戻って普通の生活も恋しい。それに、またフェンリル小隊のみんなで学び舎に通いたかった。

 そういう当たり前の平和のために、自分はようやく戦える気がする。


『三佐ぁ! 作戦が失敗してもその休暇はもらえるんでありますか!』

『ラスベガスって、確かまだクレーターになってねえよなあ?』

『ばっか、お前はやめとけ! まず俺にポーカーの借金を返すんだな』

『三佐はほら、雨瀬雅姫二尉ウノセマサキにい殿をですね、もう少し……もうちょっと、へへへ』


 何の気負いも緊張もない。

 生きて再び母艦へ帰れることなど、難しいというのに。

 死地へ飛び込む誰もが、まるでピクニックに出かけるような気楽さだった。


『わかった、みんなありがとう。では、僕は休暇に雅姫二尉を連れて食事にでもいくことにするよ。一緒に来たいものは、あとで申し出てくれ』

『……三佐。あとでちょっとお話があります、その』

『……おじょう、なんでこんなお人に……かわいそうに』

『あのですねえ、三佐! お嬢はあんたに――』


 わいわいと賑やかだが、全機編隊を組んで【樹雷皇】の周囲に揃い始める。

 そして、統矢はフルブーストで巨大な無重力の檻を押し出した。暴力的な推力を爆発させ、【樹雷皇】は天翔あまかける流星雨となって馳せる。

 無数の【轟山】を浮かべて引き連れるその様は、さながら朝を切り裂く禍ツ星まがつぼしだ。

 勿論、勝手知ったるいつもの仲間も一緒だ。


『よーしお前ら、さっさと済ませて休暇としゃれこもうじゃないの。あと、桔梗ききょう。少し深呼吸しな? 力み過ぎだ』

『……す、すみません。やっぱり、少し震えが……ふふ、情けないですね』

『気にしなくて大丈夫であります! 桔梗殿は【吸血姫カーミラ】の異名を誇る凄腕スナイパーでありますからして、デヘヘ』

『れんふぁ! アタシのアルレイン、グラビティ・ケイジの干渉係数かんしょうけいすうを上げて。もっと遊びがある方が振り回せるから。……ん、そう、これくらいでいいわ!』


 アメリカ大陸横断、5,000km……前代未聞の電撃作戦が開始された。

 ニューヨーク消滅まで、あと半日もない。そして、これ以上地球を穴だらけにする訳にはいかないのだ。

 統矢も一度深呼吸して、そして【樹雷皇】を最大戦速で飛ばす。

 その先にもう、パラレイドとの戦端は開かれているのだった。

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