第17話「更紗りんなの消えない想い」

 出撃は6時間後……アメリカ大陸到達と同時だ。

 それまでの休息時間を、摺木統矢スルギトウヤは落ち着かずに過ごしている。あてがわれた士官室にいても、まんじりともせずに出歩いていた。自然と格納庫ハンガーへ足がむくのは、パイロットとしての習性かもしれない。

 海軍の94式【星炎せいえん】と、ティアマット聯隊れんたいの97式【轟山ごうざん】が並んでいる中をぶらつく統矢。見慣れぬカラーリングの【星炎】が整備中で、ついつい作業中の背中へ呼びかけた。


瑠璃ラピス先輩、それは?」

「なんや統矢! 休んどき! パイロットは休むのも仕事や」

「す、すんません。つい」

「これは刹那セツナちゃん先生の機体や。次は出るて言うてはるしな……それで今、細工さいくしとるんよ」

「細工?」


 コクピットに上半身を突っ込んだまま、佐伯瑠璃サエキラピスは早口で喋る。

 格納庫は少し寒いが、見上げる距離にパンツァー・モータロイドへと歩み寄れば熱いくらいだ。けたオイルの臭いが充満する中、機体が出すハーフドライブの熱量が機械音で震えている。

 瑠璃は一度顔を出すと、周囲を見回しながら手招きした。

 それで統矢も、コクピットを覗き込む位置まで軽快によじ登る。


「へえ、コクピットが特注だ……あ、小さいからか、刹那先生が」

「そやで。それでな……今、調。これ、内緒やで?」

「……なんでまた?」

「あの、八十島彌助ヤソジマヤスケとかいうガキに頼まれてん」


 技術士官の特務二尉とくむにい、彌助が言うにはこうだ。

 秘匿機関ひとくきかんウロボロスのリレイヤーズの中でも、御堂刹那特務三佐ミドウセツナとくむさんさの占めるウェイトは非常に重い。組織の中心人物であり、一番多くの世界線を渡り歩いてきた。

 だから、これ以上死なせてはいけない。

 死ぬ度に再び任意の世界線、ないしはランダムにどこかの世界線に生まれ変わる……それがリレイド・リレイズ・システム。しかし、ループを繰り返す度に遺伝子情報を欠損してしまう禁忌きんきの技術だ。

 刹那達のようなリレイヤーズと呼ばれる子供が、成長しないのはこのためだ。


「刹那ちゃん先生にはなあ、悪いけど出撃不能で引っ込んでもらうわあ。あのいけすかないガキが、珍しく頼み込んできてんで?」

「……特務二尉が、か。それ、意外ですね」

「せやろ? 明日は雨か槍が降るで」


 だから、機体不調のため出撃断念という路線で行くそうだ。

 だが、悪巧わるだくみをしている時の瑠璃はどこか楽しそうだ。そのことを素直に伝えたら、彼女は「生かすための整備は気楽やわあ」と笑った。

 そして、再度統矢に休むようにくぎを刺してくる。


「ええから休みい? 身体がもたんで、ほんま」

「なんか、気がたかぶってしまって」

「……パイロットいうんは難儀やなあ? ほれ、あっち見てみい? 因果な商売やで」


 床に降りつつ、統矢は瑠璃の指差す方へと首を巡らせる。

 見れば、奥に人だかりができて賑やかである。

 どれどれと野次馬根性やじうまこんじょうが湧いて出て、再び歩き出した背中に瑠璃が最後の一言。


「それとな、そっちの台車に【氷蓮こんじょう】があるやろ? ほんのり調整変えたさかい、あとで見とってや。凄いで、今回は……グラビティ・エクステンダー内蔵や」

「……なんです? それ」

「ウロボロスで開発されてた、グラビティ・ケイジによる高機動空中戦闘のアシストシステムや。簡単に言うとな……【樹雷皇じゅらいおう】や【ディープスノー】の

「借りられる……」

「他の機体より、強く影響を受けたり、自分のバリアだけ厚くしたり……まあ、あとは統矢の創造力次第や。あれやない? れんふぁちゃんと千雪ちゃんのラブラブ重力パワーを使いまくりや」

「何ですそれ」


 よくわからないが、新装備は非常に気になる。

 そして、向こうで喝采かっさい喧騒けんそうが一際強くなった。

 それで統矢は、瑠璃に礼を言って再び歩き出す。

 その途中、台車に寝かされた愛機の97式【氷蓮】セカンド・リペアの前を通った。


「もう、サード・リペアか。何か、包帯の……スキンタービンの巻いてある場所が変わったな。確か、排熱反応型の外殻補助動力だから……右利きやら左利き、利き足や重心移動のバランス配慮ってとこだろうな」


 PMRパメラの操縦には、乗る人間の癖が出る。

 Gx感応流素ジンキ・ファンクションが思考を拾ってアシストしてくれるので、尚更無意識に出てしまうのだ。それは、機体に登場者の利き手や癖、姿勢がそのまま反映されることになる。

 だが、マシーンとしてはモーメントバランスが左右前後で釣り合っていた方がいい。

 そういった意味では、外側から動力補正を得られるのは、これは怪我の功名だ。

 【氷蓮】は損傷を補う包帯のお陰で、統矢の力加減を均等に整えてくれるのだ。

 そんなことを思い出していると、また歓声があがった。


「おいおい、これでタイだぜ? あの副長に並びやがった」

「ああ、おチビちゃんはやるじゃねえか!」

「よーし、さあ次は11回戦だ! オッズが変わるぞ、張った張った!」

「チビの金髪に5,000円だ! 軍票ぐんぴょうじゃねえぜ、現金で!」

「俺は副長に決まってらあ! ウチの看板娘だろうがよ!」


 大人達ががなる中央に、二機の【轟山】が待機中だ。

 そして、そのコクピットから同時に、雨瀬雅姫ウノセマサキとラスカ・ランシングが出てきた。二人共わずかに汗を額へ滲ませ、顔も興奮で上気している。

 タイプこそ違えど、見目麗しい美少女の艶姿あですがただった。

 だが、両者が互いに視線で結ぶ距離は刺々しい。

 どうやらシミュレーターで模擬戦をしていたようである。


「ハン、大したことないわね! アタシのデータは、アルレインはベース機が89式【幻雷げんらい】よ。旧式に負けてるようじゃまだまだね!」

「あら……あんなゲテモノに乗る子の気がしれないわ。旧式ならではの博打セッティングね」

「……アンタの【轟山】だって、他に比べて軽装化してるじゃない!」

「誰かさんほど極端じゃないわ。趣味の悪いこと……そんなことだから、直撃一発で戦闘不能になるのよ」

「ッ、アンタねえ……いいわ、次よ! 次で決着をつけてやるわ!」

「ふふ、元気のいいこと。その鼻っ柱、ヘシ追ってあげる」


 険悪である。

 だが、周囲はとても楽しそうだ。

 いかつい強面こわもて古参兵ベテラン達が、そろって父親のような笑みを浮かべている。皆、仲間だからだ。ティアマット聯隊は家族のようなものだと、そういえば先程美作総司ミマサカソウジ三佐が言っていた。あらゆる部隊の鼻つまみ者同士が、ようやく戦う場所を得て集った……それがティアマット聯隊だから。

 統矢もその人の輪の中へと顔を出す。

 密着の距離で雅姫とラスカは、互いをにらんで向かい合っていた。

 背伸びするラスカは、それでも雅姫の豊満な胸辺りまでしか届かない。だが、見上げる彼女の青い瞳には闘志が燃えている。それは雅姫も一緒で、静かな昂ぶりには凄みがあった。


「だいたいアンタ、去年は千雪チユキに負けてんでしょ? ハン、だっさいわね!」

「……言ったわね……この私の、唯一の過去の汚点を」

「まあ、いつかはアタシの方が千雪より強くなるわ。そうしたらまた、模擬戦に付き合ってやってもいいけど?」

「かっ、わっ、いくっ、ないっ! わね! 再戦よ! 五百雀千雪一尉イオジャクチユキいちいには負けても、私のチームは勝ったわ。フェンリル小隊は昨年、ベスト4止まりじゃない」

?」

「……心底、かわいくない。いいわ、ちょっと、千雪一尉!」

「そうね、はっきりさせるわ! 千雪! いいからこっち来なさいよ!」


 誰もが格納庫の奥へと振り向いた。

 統矢も視線を滑らせると……そこには、パイロットスーツ姿の少女が【轟山】に張り付いている。物珍しそうに触ってみて、よじ登って、そして一生懸命に写真をっていた。

 二人の声に振り向く表情は、相変わらず怜悧れいりな美貌に凍っている。


「何か? 今、忙しいんです」

「ちょっと千雪! この女に言ってやって。アタシの方が上だって!」

「千雪一尉! この跳ねっ返りを何とかして頂戴ちょうだい!」


 二階級特進で一尉になった五百雀千雪は黙って無表情で、少し考える素振りを見せた。

 そして「私、上官ですよ? 」とだけ応えて、再び【轟山】に夢中になってしまう。カチンと来た雅姫も意外な顔を見せてくれた。彼女も性根は、かわいらしい性格の先輩かもしれない。

 そう思っていると、ふと気付いて統矢は思わず千雪に駆け寄った。

 彼女の手には……あの大事なタブレットが握られていたのだ。


「千雪っ! それ!」

「ああ、統矢君。丁度いいところに。私と【轟山】を一緒に撮ってくれませんか? 記念写真、欲しいです。あ、でも……どうせなら統矢君も一緒に」

「それはいいけどさ! それ! そのタブレット」

「そうでした、ちょっと待って下さいね。写真を撮り終えたらお返しします。……因みに、兄様にいさまみたいないやらしい写真の入ったフォルダを見つけたので、削除しておきました」

「……マジ?」

「マジです」


 だが、小さく千雪は笑った。

 ほとんど表情筋が仕事をしていないが、統矢にはわかる。

 玲瓏れいろうなる鉄面皮てつめんぴは、その感情表現が統矢にだけははっきりと感じられた。


「統矢君……このタブレット、ありがとうございます」

「いや、俺こそ。大事に、取っておいてくれたんだな」

「命の恩人ですから」

「命の、恩人?」


 そっと千雪は、パイロットスーツの上から下腹部に手を添えた。

 そこには、大きく傷痕きずあとが残っているはずだ。かなり深いもので、生死の境を彷徨さまようことになった致命傷だ。子宮を含むいくつかの内蔵が駄目になり、摘出したという。

 だが、千雪は意外なことを教えてくれた。


「北極へメタトロンと一緒に次元転移ディストーション・リープして……私は生きている自分に気付きました。おびただしい出血の中……天井の隙間にじ込んでおいたこれが、落ちてきていました」

「……まさか」

「このタブレットがなければ、あと1cm深く装甲板の破片に貫かれていたら……私は生きてはいなかったと聞いています。……りんなさんに、助けられたのかもしれません」


 最後に千雪は、統矢の腕に抱きつき引っ張ってくる。そうして並ぶと、彼女は【轟山】を背に自撮りで一枚。そして、タブレットを統矢に返してくれた。

 ウロボロスで修理したらしいが、補充できない部品もあって画面のパネルは割れたまま。

 この小さなタブレットが、千雪の命を奇跡的に繋ぎ止めたのだ。

 統矢は、久しぶりにりんなのことを思い出して胸が熱い。

 そして、こんなにも穏やかで素直な感謝を幼馴染おさななじみに感じる自分に驚いた。もう、思い出として振り返ることができる。いなくなった更紗サラサりんなが、確かにいてくれたことを覚えているからだ。


「……まあ、おせっかいな奴だったからな。無駄に世話焼きで姉貴面してさ」

「もっと、りんなさんのことを教えてください、統矢君。話を、聞きたいです」

「ああ。……部屋、行くか?」

「ええ」


 格納庫ではまだ、雅姫とラスカがキャットファイト寸前のテンションで盛り上がっている。その横を、統矢は千雪の手を握って通り過ぎた。

 自然と機械の右手の方を握ってしまったが、その無機質な硬ささえ今はいtおしかった。

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