第13話
次の日、僕は学校帰りに橋の下に行くことにした。
お姉さんにごめんねと、そしてありがとうを言いたくて。
昨日はたまたまいなかったんだろうな、
なんて深く考えてなくて。
でもそこに、お姉さんはいなかった。
その次の日も、その次の次の日も。
橋の下は空っぽのまんまだ。
僕に怒ってしまったのだろうか、
別の事で忙しくなってしまったのだろうか。
いくら考えたって答えは出なくて。
・・・別にいいじゃないか。
数ヶ月、放課後に少し。
一緒に話をしただけの存在だ。
いいじゃないか、別に。
そう何度も思おうとした。
けれど、いつも失敗に終わって。
お姉さんに聞いてもらいたい事がたくさんあるのに。
お母さんに国語を教えてもらった話、リフティングが3回出来るようになった話、
井上の家に行ってチャーハンを食べた話、まだまだたくさん。
お姉さんを見つける手掛かりもなくて、
僕は毎日橋の下に行った。
お姉さんのいない空っぽの鉄骨を見つめて、
暗くなる前に帰る。
僕にはそんなことしか出来なくて。
そんなある日。
いつも通り橋の下に寄ってから家に向かっていれば、
向かい側から歩いてくる女の人に目を奪われた。
高いヒールの音が響いて、茶色い髪が風になびく。
その顔は、お姉さんによく似ていて。
お姉さんのお母さんだ。
そう分かったけれど、声が出ない。
立ち止まってしまった僕を不審そうに横目で見つつ、
お姉さんのお母さんは僕の横を通り過ぎて。
早く声をかけないと、
お姉さんがどこにいるのか知りたいんだ。
待って、
待って、
「待って!!」
思ったより大きな声が出てしまって、
自分でも驚く。
お姉さんのお母さんも不審な顔はしつつ、
立ち止まってくれて。
「あのっ・・・」
「なに?」
「お姉さんは、どこにいますか。」
我ながら間抜けな質問をしてしまった。
けど仕方ない、僕はお姉さんの名前すら知らないんだから。
案の定お姉さんのお母さんもますます不審そうな顔をして、
僕の顔をじっと見つめる。
「なに?由利か菫の知り合い?」
ゆり、すみれ。
きっとお姉さんと、お姉さんのお姉さんの名前だ。
何と説明すればいいか分からなくて、
でもどうしてもお姉さんの居場所を聞きたくて。
「僕、高校生くらいのお姉さんにお世話になったんです。
いつも僕の話し相手になってくれて。名前も知らないんですけど、でもそのお姉さんが前あなたと一緒に歩いているところを見たことがあって。」
お姉さんの髪型、声、特徴を言えば、
ああ、とお姉さんのお母さんは頷く。
「じゃあ由利の事ね。」
ゆり。
初めて知った、お姉さんの名前。
「お姉さ・・・ゆりさんは、元気ですか?」
僕の質問に、
お姉さんのお母さんははあ、とため息をつく。
その顔は、凄く冷たくて。
「さあねえ。最近高校もサボりがちらしくて。
まあちゃんと家事はしてくれてるし元気なんじゃない?」
その言葉に何とも言えない気持ちが体中を駆け巡って、
なんだか、泣きそうになってしまった。
他人事のようにそう言って、
もう一度ため息をつく。
「まあ菫とは結局出来が違うのよねえ。」
出来が違う、お姉さんも自分でそう言っていた。
きっと何回もこの人に言われてきたのだろう。
「菫は昔から勉強出来てさ。ああ、菫って由利のお姉ちゃんね。
でも由利はあんまり出来なくて。」
ふっ、と鼻で笑う。
「高校も頑張っていい所入ったけど、結局菫と比べたらね。
結局今みたいにサボっちゃうわけだし。」
元々人と話すことが好きなのか、
お姉さんのお母さんは僕が相槌を打つ前に話し続ける。
「なんでか分からないけど高校も理数科に進学したのよね。
昔っから数学出来ないくせに。」
「りすうか?」
「ああごめんね、算数とか理科を勉強する所よ。」
算数とか、理科。
その言葉を聞いて、お姉さんの声が頭の中に流れる。
『小さい頃にね、一回だけお母さんに褒めてもらったことがあるの。』
お母さんに褒めて欲しくて、笑いかけて欲しくて。
たくさん勉強をして、算数のテストで一番の点数を取った話。
その話をしているときのお姉さんは、
本当にうれしそうで。
「お母さんにほめられたから。」
「・・え?」
「お姉さんが算数を頑張る所に行ったのは、お母さんに褒められたことがあるからだと思います。」
「なにそれ。」
僕の言葉にお姉さんのお母さんは首をかしげて、
お姉さんから聞いた話を、お母さんに話す。
「・・なにそれ。」
もう一度そう繰り返して、お姉さんのお母さんはまたバカにしたように笑う。
・・いや、そう笑おうとしたけど出来ていなくて。
「その話をしてる時、お姉さん・・じゃなくてゆりさん本当に嬉しそうで。」
「・・・」
「その時ゆりさん言ってました。私でも褒めてもらえるんだなって思ったって。」
「っ・・」
ああ、この人もきっと。
心の底から冷たい訳じゃないんだ。
「・・そんな事覚えてたのあの子。それで理数科に?数学嫌いなのに?」
ばっかじゃないの、そう言った声は震えていて。
「なに菫と勝手に張り合ってんのよ。わたしは別に、あの子が勉強嫌いなの知ってたから・・そんな別に・・」
お母さんも誰かのお母さんである前に1人の人間で。
きっとそこのバランスをとるのが難しくて。
でも、ちゃんとこの人もお母さんなんだ。
お姉さんのお母さんは、世界でたった1人のこの人なんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます