第10話
「お、少年。また来たね。」
クラスメイトと遊ぶようになってからも、
僕は橋の下に行くことを続けていた。
そこに行けばお姉さんがいて、
僕の話を聞いてくれて。
「やっぱりサッカーって難しい。
どうしてみんなあんな真っすぐ蹴れるんだろう。」
「井上くんに教えてもらえば?」
「・・・もらってるけどさ。」
もちろん僕の運動神経の問題もあるが、
井上は教えるのがすごく下手だと思う。
『ここだって狙いを決めて、ビュンって足を振りぬくんだよ』
これが井上がよく言うシュートのコツ。
・・うん、全然わからない。
井上は他のスポーツもできるからなあ。
きっと感覚で出来てるんだろうな。
「ビュンって振りぬくのが大切なんだって。ビュンって感覚を掴めって。」
「へー・・・」
「そんなこと言われても僕にはちょっと難しくて。」
「・・・」
「でも今度2組の人たちと試合するからそれまでには少し上手くなりたくてね・・・お姉さん、聞いてる?」
「・・・ん?聞いてるよ。」
「もう、絶対聞いてなかったでしょ。」
ふくれっ面をした僕を見て、
ごめんごめん、と笑う。
お姉さんはなんだか最近、ボーっとしていることが多い。
悲しそうな横顔をみる機会も増えた気がして、
そのたびなんだか僕は不安になって。
ただでさえ不安定な足元が、
今日は一層ぐらついて見えた。
なんとなく2人とも話さなくなって、
しばらくの間おとずれる沈黙。
「ねえ」
「なーに?」
「そっちに行っちゃだめ?」
しばらくして僕の口から出てきた言葉はそんな言葉だった。
お姉さんが消えてしまいそうで怖かったのと、この距離の隔たりが、すごく遠く思えたから。
「駄目だよ」
「どうして。」
「駄目なものは駄目なの。」
「・・いつか落ちちゃうよ。」
僕の言葉にお姉さんはまたいつもみたいに悲しそうに笑って、「別にいいよ」という。
僕はなんだか、無性に腹が立った。
小学生の僕にも分かった。
お姉さんはいつも僕を拒絶している。
僕との距離を、絶対にこれ以上縮めないように、考えて僕と話している。
気づいていた。
気づいていたけど、それを改めて認識させられた。
「・・じゃあお姉さんがこっちに来てよ」
「・・・出来ない」
「どうして!?どうして出来ないの!?」
自分でも自分が制御できない。
急に怒鳴りだした僕に、お姉さんは困ったように笑みを浮かべる。
それがまた、僕の心をえぐりとった。
「・・もういい。」
「少年。」
「もういいよ!!」
気づけば僕はランドセルを掴んで走り出していた。
後ろからお姉さんの声が聞こえるけど、
聞こえないふりをして走る。
次の日から、僕は橋の下へ行かなくなった。
井上や他の友達からは、放課後急いで帰らなくなった事を不思議に思われたが、
笑って誤魔化した。
・・意地を張っているんだと思う。
あまりにもお姉さんが自分の命を雑に扱っているから、
僕の心にあんなにズカズカと入り込んでくるのに、
お姉さんの心は固く閉じているから。
ただの八つ当たりだ、分かってる。
期間が開けば開くほど行きづらくなる事も分かっているのに、
でもどうしても行く気になれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます