第15話

マーシャルド・ポースが倒されて、ハクが山を崩す少し前に時間は遡る。

焦げ跡生々しく、まだ焼けた肉の匂い漂う室内に、一つの少年ほどの影が静かに歩く。


「危ないところだったな。あの少年俺の現身ペルソナに気づかなかったということは、まだ力がそれほどついていないのか?あるいは...」


現身ペルソナ...もう一人の自分を作る魔法。もう一人の自分は血を流し、言葉も話せるが力がオリジナルの半分ほどになる。


「槍の穂先に変身させてたんだが、まさか折られてしまうとは少し意外だったな。交代のタイミングが本当に紙一重だった」


人影は、焼けた自分の現身の焦げ跡を見つめながら、なにもない空間に向かって手を伸ばす。すると、そこにチャックが開くように空間に亀裂が入り、人影はそこになんの迷いもなく手を突っ込み、中から死んだと思われたマーシャルド・ポースを引き抜いて、そのまま地面に向かって放り投げた。


「ぐべっ!」


顔面から床に投げられたマーシャルド・ポースは、顔面を打って苦悶の声をあげた。


「やあ久しぶりだねマーシャルド、五年ぶりくらいかな」


「うおっ!?俺は死んだはずじゃ...?それに大親分あんたが助けてくれたのか?」


マーシャルド・ポースは何が起こったのかわかってはいないが、この小さな人影がやったのは、いわゆる身代わり戦法。

マーシャルド・ポースが炎に焼かれる瞬間、ハクにも気づかないほど一瞬で、自身の現身とマーシャルド・ポースを入れ替え、別次元に飛ばしあたかも死んだように見せかけたのだ。


「その呼び方はやめてくれ、俺はまだこの成り通りのガキなんだ。俺のことは十年来の親友のようにディオスと呼んでくれよ」


と、ディオスと名乗った少年は、謙遜に手をひらひらと横に振る。


「ディオスの旦那。助けてくれてありがとうあんたは命の恩人だ」


どうあっても畏怖と尊敬を忘れられないマーシャルド・ポースは、呼び名こそ変えたがまだどこか余所余所しい。


「まぁいいやマーシャルド。お前を助けたのは、温情とかそういうんじゃないんだ」


「というと?」


「お前にはやってもらうことがある」


「それはまた名誉なことだ」


そこでマーシャルド・ポースは、にやりと頬を歪ませた。

ここで役に立てば、さらに上に取り立ててもらえると考えたのだ。


「とりあえずここを出よう。さっきから辺りの魔力がひりついてる」


ディオスは外から感じる魔力をわかっていた。これは、ハクがこの山を崩すために準備している魔法だと。元々魔力の素養の弱いマーシャルド・ポースは気づいていないが、おそらく触れただけで存在が消えるほどの魔力を練りこんでいる。

どこから崩すつもりかわからないが、そんなものに当たれば現身で身代わりなど意味がなくなる。


「山が振動している…」


二人で、揺れ動く天井を見上げる

そしてディオスははっと気づく。


(しまった!上っ…!?)


気づいて即座に行動を開始する。まず呆けているマーシャルド・ポースを別次元に放り込み、自分自身も別次元に逃げる。

これがディオスのもう一つの魔法、裏世界アンダーワールド

この世の表と裏を繋げる魔法である。


間一髪、二人がいなくなった瞬間にハクが投げた魔力の塊がそこを通過した。


「危なかった。本当に危なかった」


息を切らしながらディオスはそう言った。


(まさか消滅の属性を混ぜ込んでいるなんて、考えもしなかった。あの少年厄介だな、様子からしてどこかの国の雇われじゃない。だったらこれ以上厄介になる前に潰しておくべきか)


別次元から出たディオスは、盗賊団総本部の自室に着いた。

着いたと思ったら、扉がかなり力強くノックされた。


「なんだ騒々しい!」


「首領大変です!銀翼旅団に動きがっ!」


銀翼旅団は、何度も小競り合いを繰り返し、挙句抗争に発展した盗賊団だ。

いつ動くかと懸念し、見張りをつけていたが、どうやらことを構えるようだ。


「総員戦闘用意!青龍連合は銀翼旅団を迎え撃つ!」


(少年の相手はまた次の機会にしよう)


これがそれぞれに起きたことの顛末である。

このあと、世界はわずかに揺れ動くことになる。






戦いを終えたハクは、二日ぶりの村に帰る。

どこをどうやって帰ったかは覚えていない。

元人質たちがこの村から何人いたかはわからないが、あのあとばらけていった集団の中の一つがそれだったのだろう。連れて行って貰えばよかったとも思った。

今回はアドラメレクの召喚までやらなくてよかったため、魔力の温存はできたが、同行者の裏切り、待ち構える罠、何人いるかわからない敵、と気を緩められる状況があまりなかったため、精神的に疲れてしまっていた。


それに、アイリと名乗る少女を見たときに感じた頭痛の正体がわからず、ずっと考えていた。

考えてわかるものでないにしても、せめてどういったものかわからないと、調べることができない。


「…あっ」


気がついたら家の前に立っていた。

住んでたった三ヶ月ほどだが、ハクにとってここはすでに我が家になっていたのだろう。出なければ無意識に帰ってきたりしない。

二日間家を空けて、心配したジェシカが中で待っていることだろう。

意を決して扉を開けた。


「ただいま」


予想通りジェシカはテーブルに座って待っていた。

開けた瞬間死んだような顔をしていたのに、ハクの顔を見た途端に顔色が戻った。

見たところ寝ずに待っていたようで、目の下に大きな隈が見える。


ジェシカはすっと立ち上がり、ハクの顔をぺたぺたと触って確かめるような動きをする。それを無言でするから、ハクも反応に困ってただされるがままである。


「ね、姉ちゃん...?大丈夫か?」


「ハク?ほんとにハク?」


「誰に見えてる?」


「口が悪くて可愛い弟のハク」


どうやら正常のようだ。


「姉ちゃん」


「なに?」


ごくありふれたひと言。ハクはこれを言うためだけに帰ってきた。

長老への報告とか、そんなのよりもまずこっちが先だ。


「ただいま」


「おかえり」


ハクの戦いは、ようやく一つ幕を下ろした。












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魔撃の王と祈りの天樹 世捨て人 @yosutebito0921

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