海底

 私は泡を吐いた。柔らかく。甘い。酷く歪で弾け易い、泡を嘔吐したのだ。されど誰も泡に触れず、憑かれた想いで私を睨む。残酷なものを放棄し、自己を進む。私は吐いた。今度は真に嘔吐した。緊張なのか。絶望なのか。病魔なのか。何なのか。私自身でも判り難い、ガタリガタリと崩壊する音。畜生。涙を呑み込む時も無いのか。錯乱する暇も無いのか。酸い臭いが床を――私の在る――伝って宙をる。厭な思いを背負い、私は窓を開け放ち、死の幸福を天に捧げようと! 刹那か。永劫か。私の脳味噌に降り注いだ感情言葉が全を停止させた。ぷくぷく。いあいあ。嗤う声。優しい音が言葉を反響させ――泡を吐いた。吐いた。吐くものは無い。咀嚼するのだ。他者の嘔吐した『もの』を咀嚼するのだ。私は此処で狂って終ったのだ。故に私は吐いた私を罵倒した。泣いた蟲に向けられた、冒涜。始めよう。始めるのだ。私は。私は。私……我が念願の進化が濁流クトゥルーの如く。往くぞ。真の世界が産声を嘔吐げた。我こそが泡の支配者で在れ。先ずは奴等を引き摺り呑むのだ。其処に慈悲も抱擁を要らず、無秩序アザトースだけが輝く。星々が揃うまでの間、我が暴虐は支配者エルダーの如く。サインを消し去れ。サインを消し去れ。サインを――Idhui dlosh odhqlonqh――消し去れ。恍惚の荒波が心身を掻っ攫い、我は囚人と成った。此方の水は甘いぞ。泡を潰して此方外道の沸騰。

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