濁流

 心臓が超越性を循環させ、真の己を覚醒させた。破滅も再生も掌の上、狂う人形の貌よ。視るが好い。私の輪郭は激情に爛れ、盲目の奴隷と成り果てた。現実が精神を貪ったのだ。父よ。如何か。不運な私を慰め給え。父よ。如何か。親不孝な私を嘲笑い給え。父と兄弟。私は私の仮貌を脱ぎ、新たなる命で活きると決めたのだ。故に。皆々よ。私を忘却し給え。逸脱性を抱擁した母は死に到り、死の神からの言葉を嚥下した。慈悲無き世こそが美しい。楽園は崩壊する。不死性を宿した神々は魅了される。想像された夢の群れが、堕ちて往く。穢いものだ。濁った流れだ。ああ。されど。私は思うのだ。彼方で墜ちる存在が羨ましい。父よ。赦し給え――濁流に愛される現状を。濁流に恋した黒い山羊を。人の滝に呑まれて。

 母。僕の歓ぶべき胎内よ。貴女は往って終った。ならば僕も往くべきなのか。恐怖の底。残酷な深淵に覗かれる。眩暈を覚えて後退り。僕は臆病物だ。玩具もロクに扱えないのだ。視るべきだ。僕の感情は支配された。未知の枷が足に。手に。頭に。焼き憑いた秩序の縄。限界なのだ。此処を離れると誓った。母の言葉を知る為に。母の行方を得る為に。堕ちる。誰が愛を留めるものか。誰が恋を邪魔するものか。母が未曾有に束縛された、僕も一緒だ。地獄は崩壊する。支配性を宿した神々は殺戮される。創造された夢の牙が、僕等を穿った。綺麗なものだ。純粋な流れだ。ああ。故に。僕の脳髄は否定する。此方の存在が震える目。父よ。赦し給え――濁流の底へ身投げ、僕自身を哄笑する現状を。不定形を破棄する怪物。

 仔が消えた。仔が死んだ。仔が破滅を選択した。

 されど父は何も説かない。違う。説けない。

 何故か。父に脳髄が無い故だ。父に感情は無い故だ。

 父こそが道徳アザトースなのだ。

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