2014/11/13 18:17:04

 どうやら、先輩は後先考えずに好奇心だけで動く人らしい。それに突き動かされて始めた空手と柔道は二つとも賞を取った経験がある、と自慢された。方法は別として、俺を屋上の縁から引きずり上げたのも納得だ。

 警官が慌ただしく動く喧騒から離れて、俺と先輩は隣り合ってた。それで、俺は気づいた。


「柚希さんって、身長が低かったんですね」

「ああ」先輩は俺の肩ほどにやる。「この辺だ」


 やっぱり、夢の中で見たのは柚希さんだ。先輩は缶コーヒーを飲む。


「警察官になろうと思う」

「え?」思わず聞き返した。「いいと思いますけど、何故急に」

「柚希の件で思った。警察は無能だし、ぼんくらどもの集まりだ。まあ、私が組織を丸ごと変えてやろうなんて高慢で馬鹿な目標は持たないぞ」


 せわしなく働く警察官を見やり、続ける。


「遺族の立場に立って分かったよ。身内が死ぬっていうのは随分と堪えるものだって。フィクションでもノンフィクションでも、これから先、人が死ねば自然と柚希のことを思い出すだろう」

「ええ」

「だから常に遺族に寄り添って、励ませればいいと思う」

「だったら、カウンセラーは駄目なんですか?」


 水を差すようで悪いとは思ったのだが、決心して尋ねた。


「私は犯人をこの手で捕まえたい。このことで心の底からそう思ったよ。二つのことを両立するのは、刑事が一番だろう」

 納得だ。この人らしい。「そうですね」

「今まで、私は柚希に縛られていた。あの馬鹿の行方をつかむために学院に意味のない留年を繰り返していた」


 うん、と伸びをして先輩は笑った。


「だがそれも今日で終わりだ。お前もそうだろう、


 本気で誰の事かと思った。反応がないことに怒った先輩に、デコピンされて気付いた。先輩は俺を下の名前で呼んだんだ。ぶわっと顔が熱くなる。それを見過ごすほど甘い人ではない。


「お、照れた照れた」

「からかわないでください、別に照れてませんし」

「この私から直々に名前を呼ばれるなんて照れるに決まってるだろ、当然当然。恥じることないぞ」

「あーもー!」


 小林先輩の無邪気な笑い声が寒空に響く。そうだ。俺も変われたんだ。他人のためにここまで動く自分がくすぐったくもあったけど、結果的に良かった。心から信頼できる人と一握りの勇気を持てた。それで十分だ。

 感傷に浸っていると遠くから先輩のお父様に呼ばれた。


「ほら行くぞ」


 この人といられる幸福を噛みしめながら、俺は大きく頷いた。

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小林先輩と宇佐見君(『犬と鏡と先輩と俺と』のリメイク) A.S@秋葉 奏楽 @akiba

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