2014/11/13 17:49:00

 しかし、二日経っても真犯人が捕まることはなかった。先輩から聞いた話によると用務員の主張は「犬を殺しただけ」というものらしい。それでも立派な犯罪だし、きちんと法で裁かれるだろう。しかも、彼の主張ならば小林 柚希さんを殺した犯人を言わないと不自然だ。

 この情報はマスコミにも公表していない。遺族の特権というのが先輩の言い分だが、情報を漏らすわけがない。一体、先輩って何者なんだろう、と密かに思った。だけど今日、ようやく正体が分かった。だから土下座したい気分になっている。


「お帰りなさいませ。紫雨様」

「ああ、ただいま。いつも出迎えてもらってすまないな」


 先輩が振り返った。あからさまに苛立っている顔だ。


「おい、何してんだ」


 立ち尽くすに決まっている。目の前には絵にかいたような、立派な屋敷があるのだから。数多くの芸能人が住む高級住宅街の一角、その中でもひときわ大きいのが小林先輩の実家だ。私立高校に何年も留年できるわけだ、と納得していた。

 グイッと手を引かれる。どうやら強制連行らしい。玄関の二枚扉が自動で開く。装飾が施されたカーペット、絵画や骨とう品などが俺たちを出迎えた。物珍しくて見回していると先輩に手を引かれる。階段を上がり切り、しばらく歩いた先の部屋に着いた。まっすぐにここに来たということは、俺に会わせたい人物でもいるのだろうか。

 先輩は一歩前に歩み出て、ドアをノックした。きちんと「失礼します」と言葉を添えてからドアを開ける。


「お父様、彼です。柚希を発見してくれたのは」


 お父様。その言葉に大慌てで、ひときわ分厚い仮面をかぶった。先輩が部屋へ入った後、きっちりお辞儀をしてから顔を上げる。一呼吸おいてから言った。


「失礼いたします」


 ここまで礼儀正しく入室したのは、高校の面接以来だ。目の前のおじさまがにこやかに「座ってどうぞ」と口にした。ますます面接じみてくる。「失礼します」と座る。俺たちが座ったのを見、おじさまは俺に向かって微笑んだ。


「すまないね、急に呼び出してしまって」

「いえ」愛想笑いを浮かべる。「大丈夫です」

「宇佐見 奏楽君だったね。私の娘を、柚希を見つけてくれてありがとう」


 ソファーから立ち上がり、おじさまもとい先輩のお父様はお辞儀をした。俺は慌てて腰を浮かす。


「いえ、ええと、偶然だったんです」


 しどろもどろになりながら、そう前置きをして、この人にも警察にも同じ説明をした。気分が悪くなって用務員室に入ったら、畳が外れていたから死体を見つけた。無理があるのは分かっている。だけど、本当のことを説明するのが億劫だった。


「それでも私は嬉しいよ」


 微笑みながらおじさまはどっかりと椅子に座った。タイミングよく、俺の前にティーカップが置かれた。ココアだ。甘い匂いが鼻孔をくすぐる。

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