2014/11/10 17:04:07

「落ち着いたかい」

「はい」嘘だ。「大丈夫です」


 先輩が失踪した場所で、落ち着けるわけがなかった。心臓が休まることはない。用務員は四十代ほどのおじさんだ。柔和な笑みで俺を招き入れ、落ち着くまでいてもいいと言った。俺の尋常じゃない量の汗と怖がりかたに、何かを察知してくれたらしい。

 洋風な学院のはずなのに、この部屋だけ和室だ。息を思いっきり吸って気付いた。男の部屋に似つかわしくない甘ったるい匂いがする。座る用務員の背後に、消臭剤を見つけた。それも、いくつも陳列されている。不自然な多さだ。ますます、こいつが先輩を殺したのかもしれない、という根拠のない話が現実味を帯びてくる。


「すみません、あの」


 喋ってみたものの、言葉が続かない。もごもごと口を動かし、きゅと唇を結んだ。この沈黙を用務員がどうとったのかは分からない。


「何か飲み物でも買ってこよう。生憎、飲み物を切らしていてね」

「すみません。ありがとうございます」


 好機だ。約束通り、先輩を探そう。無理だったら戻ってきた用務員に監視カメラについて聞いてみよう。どこからもなく勇気が湧きあがった。

 用務員はさっさと立ち上がり、出て行った。足音が遠ざかったのを確認し、物音をたてないように行動を始める。死体とはいえど人一人だ。かなりのスペースが必要になってくる。解体していたとすれば話は変わってくるが。

 まずは押入れ。上段には布団が、下段には透明なかごの中に衣服が仕舞われているだけだ。臭いも何もしない。透明な箱の中にもぎっしりと服が詰まっている。一応、箱と布団を出して調べてみるも、何もなかった。片付けて次に進む。

 次は畳。嫌に冷静な自分が憎い。これから死体を見るかもしれないのに。それでも、見つけると約束した。その一心で畳に這いつくばり、痕跡を探す。三年前の話なんだから何も残ってないかと諦め始めた時、手に何かが当たった。無地の縦長のカーペットだ。その上には段ボールが置かれている。畳に重いものを置く特に、何かを下敷きにするのはおかしくはない。

 だが、位置が不自然だった。こういう物を乗せるカーペットは壁際に沿って敷かれる。だけれど、この縦長のカーペットは部屋の中心に向かって引かれていた。

 震える手を何とか抑えて、カーペットを捲る。そこには、うっすらと赤いしみができていた。目を近づけなければ分からない程度だが、確信した。血だと。迷っている場合ではない。用務員室から食堂__自動販売機がある場所__までは遠いとはいえ、もうそろそろ戻ってくるかもしれない。

 一か八かだ。段ボールを押す。幸いなことに軽くてすんなりと動かせた。あとは、畳をどう持ち上げるか。ぐるりと部屋の中を見回す。工具箱を引っ張りだし、その辺に置く。手に取ったはさみを手あたりしだい、畳の隙間に突っ込む。角っこのところに突き刺して、適当に手を動かす。呼吸が速まり、焦りが募る。早く、早くしないと。見えない何かに急き立てられる。

 無我夢中で挟みを突っ込んでいると、畳が浮いた。慌てて隙間に手を突っ込み、手動で押し上げる。立ち上がりながら畳を押し上げる。そして、息つく間もなく下を見る。俺はゆっくりと息を吐きだした。安堵なのか、疲れなのかは分からない。

 消臭剤と芳香剤が献花のように、彼女の周りに置かれていた。それらのおかげなのか、臭いはしなかった。鼻の奥がツンとする。目の前にあるこれが俺の探し求めていていたものだ。


「やっと見つけた」


 とたんに申し訳ない気持ちになってくる。用務員は俺のために飲み物を買ってきてくれているのに。それを利用して、俺は。先輩の死体が見つかった安心感と用務員の生活を壊す罪悪感でおかしくなりそうだった。なんだかよく分からない涙も出てきた。ぐずぐずと鼻をすすりながら、スマートフォンをつける。110。少し躊躇してボタンを強く押した。

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