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 フェンスを乗り越える。自殺の場所を学院の屋上にしたのは、ささやかな逆恨みと人目を避けての事だった。冬の乾燥した空気が肌に突き刺さる。ブレザーのポケットに手を突っ込みたくなるのを堪え、フェンスから震える手を離した。

 あとはここから一歩、踏み出せばすべて終わる。遺書は用意していないけど、誰かが好き勝手に想像してくれるだろう。


「飛び降り自殺はやめておいたほうが良いぞ」


 ひゅ、と喉から息が出た。思わず後退り、フェンスにぶつかる。誰かに見られた!? 予期せぬ事態に完全にパニックだった。後ろから迫ってくる足音に振り向く事すらもできない。


「そこまで死にたいのならば」


 声の人物はそこで言葉を区切る。直後、グイッと襟首をつかまれた。息ができなくなる。そのまま、物凄い力で引っ張られた。すぐに宙を浮くような感覚がして、数秒後には尻を強打していた。


「私とオカルトに付き合え、自殺志願者」


 俺はせき込みながら、声の主を見上げた。冷やかな双眼がこちらを見降ろしている。打ち付けたところを庇いながら立ち上がる。まず間違いなく、この人が俺を引き上げたらしい。緑色の上履き__上級生だ。

 しかし『オカルトに付き合え』ってどういうことなのだろう。疑問を口にする前に声が降ってきた。


「返事は了解だな、よろしい。名前は」


 間違っても了承した記憶はない。こういう高圧的な態度の人はどう接すればいいのか分からなくなる。何も言えない俺に畳みかけるように言葉を続ける。


「自分の名前の一つも言えないのか? しっかりしろよ。それとも保健室にでも連れて行ってやろうか」


 無礼な物言いに、一気に不快な気分になった。風船から空気が抜けるみたく、口から言葉が溢れ出る。


「俺はやるなんて一言も言ってないじゃないですか! 第一、どうやって屋上に入って来たんです? というか、貴方誰な__」


 矢継ぎ早にでる質問はデコピンで止まった。痛い。


「うるさい。それに疑問に逐一答えている暇はない。人が来る」

「え」


 一気に顔が青ざめる。狼狽する俺に向かって、目の前の先輩は不敵に笑みを浮かべた。


「取引をしよう。お前が私の付き合いに応じるなら、今見たことはぜーんぶチャラにしてやってもいい。が、応じないならばあらぬ噂を立てるぞ。そういうのは得意なんだ、私は天才だからな」


 悪魔は意地悪で狡猾な笑みを浮かべる。


「さて、選択肢は一つしかないが、どうする?」

「分かった、あんたに付き合おう!」


 考える時間なんて皆無だ。そう答えるしかない。その人は俺の答えに満足したように笑みを浮かべ、白い息を吐いた。


「よく言った。ああ、そうだ。私の名前は三学年の小林だ」


 目の前で起こっている出来事が現実ではない気がする。変な薬でも飲んだのではないかと思えるほどの浮遊感に、戸惑いながらも俺は名前を名乗った。


「う、宇佐見 奏楽です」

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