星降る世界ではあたりまえ


 異空の群雲を見つめるトバとフィーラ。靴を丸投げで外の景色を眺める幼稚園児みたいでかわいい。

「雲だぞ。雲」

「うん、雲だ」

 同じ言葉を繰り返し、異世界列車を楽しんでいる。

「あ、カズヤさん」

 フィーラはボクに気づき、軽い頭を下げる。

「カズヤさん、ありがとうございます」

「あの男はいつもあんなことするのか?」

「いいえ、おじいちゃんがいた時、あんなに横暴ではありませんでした」

 フィーラは魔法の杖を抱きしめる。

「フィーラのおじいちゃんは街の議長をしていた」

 トバがボクに耳打ちで伝える。

「おじいちゃんが亡くなってからフィーラが議長になる予定だったんですが、ケレードがフィーラはまだ若いからと街の代理の議長になった。今はヤツがロゼッタを支配している」

「そんなヤツからお金を借りたのか?」

「ケレードしかいなかった。誰も協力してくれなかった」

「借金してまで冒険したかったのか?」

「前金だって」

 トバはフィーラの様子を見ながら、もっと小さな声で話した。

「フィーラはおじいちゃんと二人暮らしだったんだ。フィーラが伝説好きなのもおじいちゃんの影響なんだろう。でも、おじいちゃんが死んで、一人になった」

 フィーラは流れていく異空の群雲を見つめる。近くにある横顔がなんとなく遠い気がした。

「それで一緒に冒険することに?」

「オレはロゼッタとは別の国から来たんだけど、酒場で『魔法使い、いりませんか』と、大声で言うのだからなんかかわいそうだなって。今思えば、みんな、厄介払いしたかっただろうな」

「うん」

 フィーラが小声でボクらは驚く。話を聞いていたのだと思い、話を中断する。

「伝説だ、これ。わたし、伝説の中にいるんだ。うん。うん」

 フィーラは独り言で何やら納得している。ボクらの話は聞いていないようだ。

「俺が始めてフィーラと一緒に依頼を受けたのがケレードだった。『星の石があるかどうか調べろ。前金は出す』って言われた。あのとき、お金がなくて、どうしてもフィーラにもいい装備を買ってやりたかった。その気持ちがいっぱいで受けてしまった」

「あせりすぎだな」

「まったくだ。あの依頼はフィーラを議長から遠ざけるためのウソだと気づいたのに、遅かった」

 伝説好きのフィーラと一緒におとぎ話のような依頼をこなす。確かに、フィーラはロゼッタの街から離れることになるな。

「悔しがることはない。星の石を見つけてクエストを果たせば、それでいい」

「カズヤさん。……助かります」

 トバは静かに頭を振った。

「そういえば、星の石は何処で知ったのですか」

 伝説に飽きたのか、フィーラは尋ねた。

「えっと、な」

 ボクは記憶を辿りながら答える。

「昔、星降る世界に行ったとき、星の石があった」

「星降る世界?」

「なんでもその世界はよく星が落ちるらしい。そこにいるヒトはそれを材料に生活品を作っているそうだ」

「すごいな。オレらの国は星なんて落ちないのにな」

 トバは小さく笑った。どうやら気は紛れたようだ。

「次はスターライト。スターライト。星降る世界です」

 列車内アナウンスが響く。異空の群雲から世界が見え出す。

「あの今の声は誰のですか?」

「アナウンス」

「誰の!?」

 ボクは二人の質問を切り上げ、列車から降りた。


 星降る世界、スターライト。天を見上げれば、満天の星空が輝き、地平を見れば、地面に転がる星くず達も空に負けじと光輝く。

 異世界列車から降りると、トバとフィーラはなぜか踊りだした。

「すごい夜空だ」

「伝説! 伝説だ!」

 二人は無邪気に喜ぶ。

「えっと、今、夜空だから――」

「もう明日なの!?」

「いや、キミ達のいる世界だとまだ昼だと思う。この世界が夜なだけで」

「安心した。太陽がないと思った」

 太陽のない世界はみんな凍え死ぬと思う。

「星の石は何処にありますか?」

「そこにない?」

「え? そんな簡単に見つかるものですか?」

「見つかるも何もそこら辺にある石。全部、星の石だけど」

 二人はあんぐりと口を開ける一方、ボクは足下にあった石を拾い上げる。

「じゃあ、帰ろうか」

 ボクは異世界列車に乗り込もうとした瞬間、二人はボクのふとももをつかんだ。

「いやいや、ダメですよ」

「ダメ?」

「こうなんか伝説的なクエストをしたというのがいいんです!」

「異世界列車に乗って星降る世界へ辿りついて星の石を手にした。うん、伝説的なクエストだ」

「本物かどうか調べましたか!?」

「それは調べていないな」

 みんなこれが星の石だと言っているから信じているだけだからな。

「そうだ。近くにある村で星の石をわけてもらおうか」

「それです! それがクエストです! 伝説の!」

 伝説ってなんだろうな、と思うボクであった。


 星工芸の村、ムラット。星の石を原料に工芸品を作る職人の村。星の石自体は珍しくないのだが、星の石で特産品を作るのは珍しい。星の石は取り扱いが難しく、力の入れ方を間違えれば、カタチが崩れてしまう大変クセの強いものである。

 ムラットの村につくと、入り口にいた村人に声をかけた。

「星の石ありますか?」

「カズヤさん、いくら何でも――」

 トバは冗談が過ぎると苦笑する。

「えっと、ここにちょうどいい石が」

 村人が地面にあった石を手にしようとすると、二人はその手を止めた。

の星の石が欲しいんです」

「えっと、困ったな。村長の家を教えるけどそれでいい?」

「お願いします」

 村人は村長の家を教えると二人は「ありがとう」と言い、一目散にそこへと向かった。

 

 村長の家へと着くと、ボクらは家へと入った。

「何もない村ですがゆっくりしてください」

 村長はやさしく笑いかける。

「村長さん! 星の石を譲ってください!」

「はい」

 村長はポケットから星の石を取り出すと、トバはそれを外へと投げた。

「星の石を譲ってください!」

「乱暴だね、キミは」

「オレは本物の星の石を探して、ここへ来たんです!」

 いや、星の石があるかどうかを確認するためなんだけど。

「本物というの夜空から降りてきたばかりの星の石かな」

「はい!!」

「それでしたら、諦めてもらった方が良いかと思いますね」

「え?」

 トバが疑問に思うと、村長はゆっくりと頷いた。

「この村から北に星海の灯台と呼ばれる塔がありまして、魔物達がその塔を占拠しています」

「占拠……」

「灯台の頂上にある星空の種火をコントロールすることで星を引き寄せます。魔物達はその種火を止めることで、星の石をこの地に降らせないようにしています」

「星の石がなくなったら困ったことになりますね」

「別に困っていませんよ」

「え?」

 二人の声が変になる。

「星の石はそこら辺にいっぱいありますから。はい」

「でもでも、灯台はお宝が――」

「人間が建てたものですし、宝なんて用意してませんよ。もしあったらそれはミミックです」

 トバの目は上の空となる。

「でも、灯台には伝説級の遺物が……」

「最近できましたよ、3年前ぐらいに。あまりにも夜空から星の石が落ちてくるからそれをコントロールしようと、国の皆さんと協力して」

 フィーラも力抜ける。

「でも、せっかく立てたのに魔物が住み着いたら困りますよね」

 二人はボクの意見にうんうんと頷く。

「いや、灯台に魔物が集まってくれれば、この村に危害を加えられる恐れはありませんし。むしろ、そのままにしてくれた方が助かります」

 なんだろう。この意味ないクエスト。張り合いがなさすぎる。

「それに、星海の灯台は全53階に渡る巨大な塔ですし」

 張り合いはあった!

「それでも行くのでしたらぜひ行ってください。入ることは許可します。観光でしたら楽しめますよ」


 村長の家から出ると、トバはその場にあった石を拾った。

「これは星の石なんだ。星の石なんだ。オレが言うから星の石なんだ」

「カズヤさん! トバが伝説級に混乱しています!」

「異世界慣れしていないとこうなってもおかしくないから」

「慣れなんですか! 慣れの問題なんですか!」

 トバが落ち着くまで近くの切り株で腰をかけることにした。


 トバは冷静さを取り戻すと、彼は手に持っていた石を投げ飛ばした。

「これは星の石じゃない」

 いや、一応、星の石だけど……。

「星の石を手に入れるには星空の灯台から手に入れないといけないのか」

 もう行くの確定事項? というか、星海だよ。

「星海の灯台と呼ばれる大きな塔があって、その頂上で星空の種火を使うことで星をコントロールできます。魔物のボスはそこにいると思います」

「53階か。ガンバれば行けるかな」

「行く気なの? ホントに?」

 トバはグッと拳を握る。

「これぐらいヘイキ! 砂漠で3日飲まず食わずでも無事生還できましたから!」

 いったいどんな依頼を受けたんだ、トバよ。

「カズヤさん、トバは伝説級のドジです。そしてそれは波及します」

 うん。なんかわかる。

「塔の宝は何かな。ふんふん」

「ミミックミミック」

「1つくらいはアタリがあるって」

「はあ~」

 楽観的すぎるトバに、オレは頭を抱えだす。

「ホント、伝説だな、キミの仲間は」

「だから楽しいんですよ、彼との冒険が。絶対、伝説が生まれるから」

 異世界で旅をしていると誰かにそれを話したくなることがある。けれど、それはすべてゲームやマンガの話だと思われて、話はそこで終わってしまう。それでも、ボクは覚えている限り旅の話をする。でも、広がらず伝わらず、旅の記憶はボクから消えてしまう。それがボクの旅、異世界18きっぷの旅なのだ。

 しかし、こんなことも思うことがある。異世界の誰かがボクを伝える。現実世界では伝わらないボクの等身大を伝えてくれる。ボクの経験した旅をそのまま話として伝えてくれ、いつまでも残ってくれる可能性がある。

 いつまでも残る話、それが伝説である。きっと彼はこれからも伝説的な冒険者として旅をするはずだ。

 ――そんな彼にしてあげることないか、ボクだって彼の英雄譚の1ページに載っても良いはずだ。

「じゃあ、ボクも行くか」

「いいんですか? そこまでしなくても」

「いいっていいって、それにボクがいないとキミ達は元の世界へ戻れないから」

「それなら魔物の戦闘には参加しないでくださいね。これはオレ達の問題ですし、危険になったら一人だけでも逃げてください」

「はいはい」

 ボクは異世界18きっぷを取り出す。

「それじゃあ、行くか。最短ルートで」

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