第40話 サバイバル

「それでは、これをもって投票を締め切らせていただきます。」


 会場に来ている人だけがアクセスできる特設WEBページから、一人につき一票を投じることができる。客席からはそれまでの賑やかさが消え、手元のスマートフォンに目をやっていた。


 投票締め切りを告げる司会者の声を合図に、メンバーの顔がこわばった。ステージ脇に集まり、配置につく準備をする。さっきまでの控室が嘘のように、誰からも言葉が発せられない。


 投票結果によって明日のステージに上がるメンバーが5人に絞られる。今ここに並ぶ10人から5人。それはつまり現行メンバーから必ず1人は脱落者が出るということでもあった。

 立ち位置からすればその一人は、間違いなく私だった。メディアでの露出度や知名度で順位をつけるのであれば、私は6番目。覚悟をしているつもりではいたが、今日ばかりは自分の出来がどうだったのか判断さえつかなかった。ステージに立っていた時の記憶が、ほとんど曖昧なのだ。覚えていないのだから反省しようがなく、いつになく楽しかったという感情だけが残っている。こんなことは2年間もやっていて初めてだった。




 BGMに合わせて、ステージに横並びになった私たちにライトが当てられる。いつもならこうしてTシャツへ着替えれば気が楽になるのだが、今日ばかりは全く逆だ。


「ファンの皆様、メンバーの皆さん、お疲れさまでした。早速ですが投票結果が出ましたので、これより発表させていただきます。しかしその前に、本山マネージャーから伝言を預かっていますので、お伝えします。」


 司会者の男性はあえて感情をこめないようにしているのか、淡々と進める。


「皆さんお疲れさまでした。どのような結果になっているのか、私も今から楽しみです。今から発表されるのは、まさに今日のパフォーマンスの出来から判断されるものです。皆さんにとって、とても大きなものになるかもしれません。でもたとえそれがどのようなものであったとしても、皆さんにとってさらに大切なのは、これからどうなっていくのかです。このステージはあなた達の声から始まったものでしたね。少なくともこれを乗り越えたあなた達は、今までのあなた達よりも大きく成長しているはずです。」


 いつも通りの正論が、まるで本山マネージャーの口から発されているかのように聞こえる。結局いつものように、彼の駒として動かされただけだったような気がした。

 今回のライブにしろ、それが成功しているからこそ、いつも何も言い返すことができない。そんな圧倒的な頼もしさに腹立たしくもなるのだ。


「本山マネージャーからの言葉を胸に、今日の結果を受け止めてもらいたいと思います。それでは、投票結果を5位から発表します。」


 この瞬間、会場で音を立てているのは司会者だけだった。話が止まると、その静けさがのしかかってくるように重く、見えない圧力に押し倒されそうになる。


「5位、163票獲得。鳥海結衣。」


「はい」という返事が、会場のざわめきにかき消される。

 結衣が、5位。

 センターにも立ったことのあるメンバーの結果により、今回の順位が今までの位置関係から少なからず入れ替わりがあることが予想できた。


「4位、167票獲得。石川真由。」


「おお」と「えー」という声が、先ほどよりも大きくなる。FORTEを中心になって支えてきた2人の上に、あと3人。


「3位、171票獲得。馬場絵里。」


 もはやそれはざわめきではなくなった。悲鳴に似た音が響き始めていた。


「2位、172票獲得……」 


「1票差」と心の中で思っただけの声が、会場の方々からかすかに聞こえる。


「月島凛。」


 そこにあるのはただ歓声だった。

 オセロの黒が白に変わるように、悲哀の色さえ歓喜に変わる。

 全てを含んだ振動がステージ上の私たちに突進してくる。

 私はそれに押し潰されそうになるのを必死でこらえた。その異様な空気感と今日一番の熱気に、意識が朦朧としてくる。


 ここまで頑張ってきて、新しいメンバーにあっさりと抜かれてしまう。

 あんなに頑張ったのに?

 今までこんなに苦しかったことはなかった。

 こんなに泣いたことはなかった。

 悔しいと思い続けたことなんてなかった。


 こんなに、頑張ってきたのに…


 結局この程度なのかもしれない。

 もともとは自分の意志じゃなかったんだから。

 馬場ちゃんや凛ちゃんとは違って、ずっとこの場所を目指してきたわけじゃないんだから。

 最初から頑張ってきた子に敵うはずなんてなかった。

 たとえそれが、どれほどの頑張りであったとしても。




「……高橋奈緒。」


 音が止まった。

 何も聞こえない。

 自分の名前だけが聞こえた後、周りの音が聞こえなくなった。

 顔を上げると景色がぼんやりしていて、はっきりと見えない。

 すぐ横を見ると、凛ちゃんが心配そうに見つめている。


 凛ちゃん、よかったね。

 2位だって。

 やっぱり凄かったんだね、凛ちゃんは。


 2位。


 何度も同じことを繰り返し、頭の中で考える。

 少し前にたどり着いていたはずの答え。あまりにも非現実的であることと、意識がはっきりとしていないからという理由で、何度も押し戻していた答え。

 しかし何度繰り返しても、どうしてもそれにしか思い至ることができなかった。


“私が、1位?”


 しっかりとした感覚を失った体はそのままその場でうずくまると、ゆっくり横に倒れてしまう。もたれかかったみなみの足が震えている。すぐに駆け寄って後ろから支えてくれた希美の声も、それと同じだった。

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