布石

「なるほど。つまりここは異世界であり、魔王様方はこの国を拠点にあの偉大なる研究の続きをなさるおつもりであると。承知いたしました」

「あたしカエデ様の為なら何でもします! しんぺーきょーいく? もへっちゃらです!」

 夜もすっかり更けた頃。玉座の間は未だ魔術による明るい光に照らされていた。

 玲達が一通り説明し終わるやいなや真っ先にエルヴァーとツィアータが頷く。特にツィアータは自らの直接の主人に関わることなだけあって非常に張り切っている。


「レイの旦那、いくつか訊いていいか?」

「なんだ、ヴァレアス」

「この“教育”はどの程度までやればいい? それと、わざわざそんな面倒なことする目的はなんだ?」

 先程からずっと考え込んでいた龍人から鋭い質問が飛ぶ。相変わらず適当なように見えてその実非常に努力家で頭が切れるところは主人と変わらないのだな、と彼は可笑しそうに口元を歪める。

「そうだな……。先ほども言ったが正直ここに我々5人とその副官達が揃っている時点で戦力的にはそれほど不足はない、今のところは。だがいまだ未知数なところも多いためいざというときに十分に時間を稼ぐこと・・・・・・・ができる・・・・だけの戦力が欲しい、といったところか。それと、私達がいくら強いとはいえ、いや強いからこそ表の軍がある方がなにかと都合がいい」


「要は、壁と、建前か。なるほどな」

「――となると、僕とエルヴァーさん主体でやった方がいいでしょうか?」

「守りに重きを置くなら法術は必須だものねぇ。わたくしの出番が少なそうで寂しいですわぁ」

 ヴァレアスの呟きにすかさず天使と悪魔が反応する。セパルの方はせっかく呼んでもらえたのに役に立てないかもしれないと若干がっかりしている。

「セパル、心配しなくても君には重要な仕事があるから大丈夫だよ」

「ダロン様! それはどのような仕事でしょうか!?」

「諜報だよ。僕と一緒にこの世界の情報をできる限り集めるんだ」

 

 その言葉で花を咲かせたように思春期の乙女の表情に変わる彼女。約500年ぶりになる恋人・・であり主人でもある男との共同作業である。いつものどこかわざとらしい甘ったるい口調が崩れるほど嬉しく思うのも無理はないだろう。

「久しぶりのダロン様とのお仕事……嬉しいですわ!」

「まー詳しくはおいおいって感じかな、それでいいよねレイくん?」

「ああ。民へのお前達のお披露目は……そうだな、近々私が場を整えてやる。それまでに各自細かいところは詰めておけ」

 ダロンに話を振られた彼はそう締めくくった。すると、しもべ達も一斉に美しい所作で跪き了解の意を示す。

「「「御心のままに」」」


 それに満足そうに頷いた後、玲を除く“カンパニュール”のメンバーは自分の私室へ向かおうと身を翻す。

「さて、せっかくの無事な再会だ。素直に喜ぼうじゃないか。それと、エルヴァーは後で私の部屋に。――それではいい夜を」


 そして、他の皆が出ていくのを見送った後、彼は自らの副官に後ろを向いたままそう言い残し、自分も玉座の間を後にした。


「お呼びでございましょうか、魔王様」

「よく来たな、楽にしていいぞ」

 執務室にやってきた骸骨の魔術師に手を挙げて答える魔王。

 2人が発する声以外の音は聞こえない。ふかふかの赤い絨毯が、主人の傍へ寄ろうとする忠実なしもべの足音を優しく吸い消してしまっているためだ。


「さて、早速だが本題にはいるとしよう。エルヴァー、お前には先の件に加えてひとつ仕事を担当してもらいたい」

「仕事、でしょうか?」

 そう言われた彼はきょとんとした様子で首を傾げる。その眼窩の奥の微かな赤い光がゆらりと揺らめいた。


「主には研究と実験だな。まあ私達がこの世界の統一を終わらせるまでの短い間だが」

「なるほど、かしこまりました。ちなみに何についての研究を優先すべきでしょうか?」

 玲は小さく頷き、目にかかったその細い黒髪を指で払うと目の前の骸骨を見据えた。

「まずはこの世界の材料だけを用いてスクロールを作れ。特に、これから兵士達に持たせると仮定しているから《通信》のスクロールの大量生産を優先して欲しい」

「スクロール、でしょうか。ならば城の在庫が大量にあったはずですが……?」

「現在あるものはすべて以前の世界の素材を原料にしたもの。このまま使い続けていればいずれ補充ができないままなくなってしまう、それでは駄目なのだよ」

「失礼いたしました! そのような簡単なことに思い至らないとは……」


 自らの失言が許せないとばかりに頭を垂れるエルヴァー。玲は彼に気にするなと手を振って先を続ける。

「よい、お前はいつも大げさが過ぎる。さて、話を進めよう。実は以前私も作ってみたのだがせいぜい第3位階の魔術を込めるので限界でな、原因が素材なのか技量なのかはたまた何か別のことかはわからんが」

「魔王様に不可能ならば私にも難しいかと思われますが……」


 数千年の時を術の研鑽をして過ごしてきたはずの強大なアンデッドが恐縮した口調で漏らす。しかし魔王はそんな彼を鼻で笑った。


「確かに単純な実力ならば私の方が上かもしれんが、知識や経験においてはお前の方が勝っていると思っているぞ?そうでなければ私の副官になどするはずもない。――私の目標はこの世界の原料のみでの安定生産だ。まあせいぜい第6位階程度が込められればそれでよいができればそれ以上のものを作ってもかまわん」

「第6位階……。魔王様、先ほど耳に入れたことがまだ信じられないのですが、この世界の者達はそれほどまでに脆弱なのですか?魔術にしろ、法術にしろ、その程度では牽制か目くらましが限界でしょうに」

「その気持ちは分かるが嘘ではない。私やローラ、楓のものならばまだ分かるが、仮にも闘いを生業とする者が、魔術のあまり得意でないダロンが放った《魔力の矢》でさえ抵抗できずに一撃死するレベルだ」


 これは以前、冒険者“カンパニュール”として活動していた時の話だ。

 依頼を受けて盗賊狩りに行った際、ダロンが“簡単な魔術や道具で錯乱してからとどめを刺す”という彼の本来の戦闘スタイルで戦おうとしたのだが、その牽制で放った《魔力の矢》で貫かれあっけなく死んでしまった。敵の中にはベテランと呼ばれるCランク上位相当の魔術師も数人いたにもかかわらず、まったく関係なく全員まとめて、だ。


《魔力の矢》は第1位階。この世界の魔術師にとってはポピュラーな攻撃手段だが、玲達にとっては弱すぎる魔術だ。使い手の技量が威力に大きく関わってくるため一概には言えないが、少なくとも同格相手に対する攻撃手段としてはまず使うことはない。


 あの時はあまりの手ごたえのなさに皆脱力してしまったものだ、と玲はため息をつきながら物足りなさそうにぽつりとこぼした。


「なるほど、ひとまず頭に入れておきましょう。ところで研究に関して魔王様から何か注意すべき点はございますか?」

「そうだな……。最優先は民に悟られないことだ。動かすしもべは最低限にしておくこと、それと素材はこの世界のものなら何でも構わないが、あまり大きく動き過ぎないようにしろ。あとは……、もしより緊急性が高いものが見つかればスクロールの方は中断してそちらをやってもらうことになるだろう、一応留意しておけ。――期待しているぞ、我が第一のしもべ、エルヴァーよ」

「必ずや応えてみせましょう、我が君よ」

 

 そうして羊の毛で編まれた絨毯に跪いた状態から立ち上がった彼は恭しく礼をして退出する。

 その足取りは、また再び自らが神と崇める存在の役に立つチャンスを得たという、半ば狂信的な喜びに満ち溢れていた。


「御尊顔を拝めただけでも嬉しいが、その上お仕事を任せていただけるとはまさに至福の極み。さて、早速取り掛からなければ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る