後編 開けるな

 理実人も、彼と同じように沈黙した。しかしその時間は、二倍も三倍も長かった。

「いや、いやいやいや、いや」激しく首を横に振った。「何を言っているんだ。何を言っているんだお前は。確かにお前の言ったとおり、小学生はそれの中に隠れただろうが、当然しばらくしたら出てくるはずだ。その後、何者かが副担任でさえ持つのに苦労するほど重たいものを入れて立ち去った、という可能性も十分あるじゃないか。順番が逆かもしれないが」

「それはない。不良を見かけた後、僕は掛け金の金属棒を上げたままにしてから立ち去っただろう。あれは、フタが少しでも動かされるとすぐ下りてしまうようになっている。しかし、カプセルを埋めに来た時も位置は変わっていなかった。ということは、フタは動かされていない。児童は、外に出ていないということだ」

 北の道路に隣合う校舎裏に入った。経年劣化したフェンスや建物の外壁が、四十二年前よりはるかにひどい陰鬱さを醸し出している。

「仮に君の言うとおりだとすると、子供か重いものを入れた人物のどちらかが上げたままにしたということになるが、わざわざそんなことをする必要はない。ただでさえやりにくいというのに」神輔は溜め息を吐いた。「これで、小学生が中に入ったままカプセルが埋められたことは、証明されたも同然だろう」

「ででででもだ、それって不自然じゃないか。俺たちが不良を見かけてからカプセルを埋めるまで、一時間以上あったんだぞ。何でそいつは外に出ず隠れ続けたんだ」

「当時の新聞記事を調べたよ。もし僕の推理が合っているんなら、あの日行方不明になった小学生くらいの子供がいると思ってね。

 案の定だったよ。隣町に住む小学六年生の男子が、僕たちが卒業した日、『散歩してくる』って言って家を出て、そのまま失踪したらしい。そして彼は、いなくなる日の前夜から朝にかけて、寝ずに大量の漫画をこっそり読み耽っていたのが親にばれ、ひどく怒られたばかりだったそうだ。ほら、言っていただろう、何が徹夜だ、って。きっと、児童がそいつの持ち物を壊すなり汚すなりしてしまった時、徹夜して寝不足であるせいでぼんやりしていた、とでも言い訳したんじゃないかな」

 四十二年前に、カプセルを埋めた地点に到着した。元タイムカプセル委員たちが、スコップで土を掘り返し始める。

「眠ってしまったんだよ。中は当然静かで真っ暗で、寝るには最適だ。カプセルを動かされた時、多少起きたとしてもすぐさま睡魔に負けてしまうに違いない。埋める時は、副担任が入ってるものを壊さないようかなり慎重に扱っていたから、あまり振動も感じなかったはずだし。土中に沈めたのは卒業式が終わってからだ、子供が隠れてから眠るまで十分な時間がある」

「しかししかしだな、何で寝るんだよ。いや。睡眠不足の話じゃなくて。タイムカプセルの中に隠れていたのなら、近いうちに埋められてしまうかもしれないから、何としてでも起きていよう、とは考えなかったのか。台車の上にあったんだぞ」

「果たして、自分の入ったものがこれから埋められるタイムカプセルだと、彼は気づいたかな。あまりに大きすぎて、ドラム缶みたいな普通の容器の類だと思うんじゃないか。中に収められたものは、僕が入れた旗によって覆われ尽くされていて、小学生からは見えなかっただろう」

 神輔は話しながらも、掘り出し作業をじっと見続けている。理実人のほうはというと、とうてい目を遣る気にはなれなかった。

「捲れば見えただろうが、とてもそんなことをしている場合ではなかったに違いない。目にしたところで、『ああ、ここはこういうものが入れられている容器なんだ』としか思わないはずだ。タイムカプセルだとは考えつかないんじゃないかな。そのうえ台車は、穴から離れたところにあった」

「確かにそうだが。そうかもしれないが。でも、そうだ。そもそも新聞記事に載っていた、蒸発したという児童が、カプセルに入ったとは限らないんじゃないか。そいつはまったく別の理由で行方不明になっていて、それがたまたま俺たちの卒業式の日だったのかもしれない。その場合、不良に追いかけられていた子供は寝不足でもなんでもないから、隠れた後しばらくしたら眠ることなく無事に外に出てこれたんじゃ──」

「記事には、失踪した時の小学生の服装が細かく書いてあった」神輔は携帯電話をポケットから取り出し、弄り始めた。「彼は白い帽子を被っていたらしい。これはたくさんの色違いのものが量産されているが、このカラーのみは限定品で、日本で三百個だけ発売された」画面をこちらに向けた。「こいつだ」

 その画像を見て、理実人はあっ、と小さく叫んだ。あの時不良が側溝に叩き込んだものに間違いなかった。

「せめて当時の僕たちが、いなくなったという児童のニュースを見て、そいつが着用していたらしい帽子を見かけたと警察に知らせていればねえ」神輔は携帯電話をポケットにしまった。「だが限定品と言えど、白色は三百個販売されている。きっと、自分たちが見たやつは偶然にも蒸発した子供が被っていたのと同じだった、と思ってしまったんだろうな」

 元委員たちのほうから、歓声が上がった。思わず顔を向けると、掘られた穴の底に、カプセルのフタが現れているのが見えた。すぐさま、目を逸らす。

「しかもその頃は、中学生が追いかけていたのが行方不明になった児童かもしれないとは考えなかったし。不良だけは、自分のせいで彼が失踪したんじゃないかと思ったはずだが、もしそうだった場合、かなり面倒なことになる。黙っていたほうが得だと判断したに違いない」

「だが、あの時そいつは、その帽子を側溝に叩き込んだだろ。誰かに発見されるんじゃないか。それでそいつが、小学生がいなくなったことを知っていた場合、警察に通報するはずだ。それを受けたほうは当然、発見場所の近くを重点的に捜査して、タイムカプセルの件に気づくかもしれない、と思うんだが。何でそうならなかったんだ」

「そこには茶色く濁った水が溜まっていたんだぞ、当然変色したに違いない。あの帽子は白以外に様々な色のものが売られていたからな、発見者がいたとしても、まさか蒸発した子供のものだとは思わなかったんだろう」

「いやしかし、彼は埋められた後、もちろん目を覚ましたはずだ」理実人は裏返った声で言った。「そしたら当然、外に助けを求めると思うんだが」

「叫んだところで、土の中からだと音量が小さくなるはずだし、あの後近所の工事が始まったに違いないから、穴のある辺りはとてもうるさかっただろう。外に届いたとしても、もともと校舎裏は人気がないうえ、学校は春休みに突入している。それを耳にする人すらいなかったはずだ。

 ひたすら喚き続ければいつかは誰かが気づいてくれるかもしれないが、カプセルの中は、飲食物はないし空気も少ない。そう長くは生きられなかっただろう。当時は、携帯電話やPHSなんて普及していなかったし」

「いや、いや、いや。だからと言って。だからと言ってそうとは限らないじゃないか」理実人は泣きそうになった。もはや話し言葉は絶叫に近くなっていて、周囲の元クラスメイトたちが何事かと見つめてきた。「不良は追いかける時に子供の逃げた方向を見誤ったのかもしれない。子供は俺たちが式を抜けるより前にいったん裏から出て見つかる可能性を覚悟で校舎に入ったのかもしれない。あるいは体育館で卒業式が行われているため中が無人であることを知っていたのかもしれない。子供は俺たちが式に戻った後外に出てきて、その後何者かがカプセルに重いものを入れ、掛け金の金属棒を上げたままにしてから立ち去ったのかもしれない。そうだろう。そうだろう。そうでないとは言い切れないはずだ」

 しかし神輔は、冷めきった表情をしていた。おそらくは、このことが判明してから今までの間、似たようなことをずっと自分自身に言い聞かせていたために違いなかった。

 耳障りな音が元委員たちのほうから聞こえたので、驚いてそちらを見た。いつの間にかタイムカプセルは掘り出されていて、幹事が掛け金を外していた。

「さあ、皆さんお待ちかね!」幹事は笑みを浮かべながら、大声で叫んだ。「思い出との、ご対面!」

 そして、フタを開けた。


   〈了〉

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埋めるな 吟野慶隆 @d7yGcY9i3t

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