闘技祭開会式(4)


 闘技祭会場に皇族たちが入場した。バルマンテ皇子、リアム皇子、エヴィルダース皇子の順で、最後にイルナスが姿を現す。


 観客の盛り上がりは最高潮に達した。


 エヴィルダース皇子からの視線が痛い。先ほどはヘーゼン=ハイムを演じようとし何とか乗り切ったが、未だ恐怖を感じるというのが偽らざる本音だった。


 観覧席には、皇帝レイバースと王妃セナプスが座っている。


「……」


 先ほどのやりとりで、心中穏やかでないイルナスだったが、痩せ細り、老いた父親の姿を見て、隣に母の姿がないことに、さらに心はズキリと痛む。


 アレから、一度として会えていない。


 果たして、ご無事であるのだろうか……


 だが。


 すでに、心は別の方に向かっていた。


「……っ」


 ヤン。


 ヤンがいる。


「……ぐっ」


 可愛い、いや、可愛すぎると言っても過言ではない。イルナスは撃ち抜かれたように感じた胸を、反射的に抑えた。


 信じられないほど、高揚している自分がいる。


「ククク……どうしたぁ? 顔色が悪いぞぉ? まさか、今更、に○✖️▽ムニャムニャ……」

「……」


 ヤン。ヤンヤン。ニャンニャン。いや、ヤン。なんで、あんなに可愛いのだろう。果たして、人なのだろうか? もしかして、妖精の類か? 少し見ない間に、一層可愛くなった。いや、前も大陸一可愛かったのだが、さらに、いや、前も可愛すぎたからアレを超える可愛さはないから気のせいかもしれない。アレかな、久しぶりに見るから、ヤンの類稀な可愛さが一層際立つのかもしれない。そう考えると、僕はもの凄く幸せな日々を過ごしていた。隣にあんなに可愛い子がいたなんて、どうやって僕は息をしていたのか甚だ疑問だ。今まで、僕の心臓が破裂しなかったことが激しく不思議だ。ヤン。ヤンヤン。ニャンニャン。いや、ヤン。妄想では、すでに1万回は回想していたけど、遥かに可愛い。妄想は実物を美化するものだと言うけど、それよりも10万倍可愛いなんてことが世の中には存在するんだ。うわっ、ヤンがニパーッてしてる。なんて、笑顔だ。まるで、極寒の中の陽だまりのような。吹き荒ぶ吹雪の中を歩いた末に辿り着いた小屋の暖炉のような暖かな笑顔だ。見るだけで、幸せな気持ちになる。多幸感がエゲツない。ヤン。ヤンヤン。ニャンニャン。いや、ヤン。えっ、声かけられるかな? どうしたらいいだろう。かけた瞬間、心臓が止まってしまわないか心配だ。好き。もう好きだ。本当に好きすぎる。この感情が間違いなさすぎて、絶対的過ぎて逆に心配になる。聞きたい。今までのヤンが、僕と離れて過ごしてきたヤンが、どうやって過ごしていたのか知りたい。どこに行って、誰と会って、何をしていたのか。その時に何を思ったのか。いや、それにしても可愛い過ぎる。こんなこと、果たして、あり得るのか? あまりにも可愛過ぎないか? 可愛さが限界突破して無限になってしまっているのだが。皇族席、観客席を見渡しても比べるのも失礼なくらいだ。いや、比べるという行為がもはや成り立たない。頼んで、ヤンという肖像画を描いてもらうか? 部屋に飾って毎日拝めばば、この胸の高鳴りを少しは抑えられるだろうか? いや、どんな有名な絵描きでもヤンの可愛さを表現することはままならない。いったい、どうしたらいいのか、非常に難しい問題だ。ヤンという太陽。ヤン。ヤンヤン。ニャンニャン。いや、ヤン。ど、どうやって声をかけようか。やあ、ヤン。いや、ワザとらしいか。久しぶりだね、会いたかったよ……全然ダメだ。普通に言える自信がない。普段通り振る舞える気がしない。果てしなくどうすればいいのかわからない。ああ、なんでヤンはあんなにヤンなんだろうか? せめてヤンがまったく可愛くなければ、僕もなんとか普段通りに振る舞える可能性が出てくるのだけど。でも、ヤンが可愛いなんて、まったくあり得ないことだ。そんなことを一瞬でも考える僕は不敬。不敬過ぎる。万死に値する。


「以上で開会式を終了します」

「……っ」


 気がつけば、終わっていた。一度、全員が自由行動になる。だけど、まだ心の準備ができてない。ヤンに相対する準備ができてない。


 でも……会いたい。


 気がつけば、早歩きして向かっていた。皇族側からだと、一度控室に戻って行かなくてはいけない。なんて、もどかしいのだろう。いっそのこと、飛び越えてしまおうか? いや、そんなことはできない。とにかく、早く行って目に入れたい。瞳にヤンを入れたい。


「ククク……おぃ、逃げる○✖️……」

「……」


 イルナスは足早に控室の方に戻って、廊下を歩く。全力で走りたかったが、息をきらして顔を真っ赤にしてる自分が恥ずかしい。なんとか、息を整え、心を整えて、気持ちを整理して、ヤンのいたところを目指す。





































「あ、あのイルナス皇太子殿下」

「あっ、マリンフォーゼ、ちょっとどいて」

「……っ」


 

 

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