エヴィルダース皇太子


           *


 謁見の間。最奥の中心で座しているエヴィルダース皇太子は、眼前に並んでいる派閥の面々を、満足気に眺めていた。


「しかし、最高の謁見になったな」

「はい。素晴らしかったです」

「うんうん」


 筆頭秘書官グラッセの相槌に、素直に頷く。あの厳しい皇帝陛下が……父が手放しで自分を褒め称えた。思えば、いつぶりだろうか。今、思い出しても身が震えるほど感激した。


 やがて、ヘーゼン=ハイムが、アウラ秘書官とともに部屋に入ってきた。


「よく来てくれた」

「はっ」


 エヴィルダース皇太子は、すこぶる上機嫌で手をこまねく。黒髪の青年は颯爽と歩き、片膝をつく。


「貴殿のおかげで、皇帝陛下から素晴らしいお言葉を頂けた。本当によくやってくれた」

「はっ」

「うんうん」


 先日の無礼な態度とは打って変わった礼儀正しい様子に、ますます機嫌よく頷く。エヴィルダース皇太子は、本心から感謝していた。これだけの功績は、そうそう披露できるものではない。


「この破格の功績だ。からも褒賞を出さなければいけないな。そうだな……ラオス領を貴殿に授与しようか」

「ありがとうございます」


 ヘーゼンは頭を下げて礼を言う。派閥の面々がにわかにザワつくが、ここまでは、事前の取り決め通り。


 ラオス領は、数多存在する皇太子領の1つで、ゼルクサン領の隣に位置している。ヘーゼン=ハイムが要望していたもので、広大な平野が広がる一等地だ。


 エヴィルダース皇太子にとっても、非常に収益の高い土地だったので、手放すのは惜しいが、先の取引で決めたことなので仕方がない。


「しかし、これで貴殿は、ゼルクサン領とラオス領。帝都に隣接する2つの領を手に入れたことになるな。贅沢なことだ」

「はい。身に余る光栄です」

「……」


 帝都は、6つの領と隣接しているが、その内の2つがヘーゼンの元に渡ったことになる。帝都を出入りさせる際に、関門が設けられ、その収入が破格的に入る。


 金銭面でも、帝都に隣接する領地を持っていることは非常に大きい。


「……」


 そこまで思い至った時、心の中でモヤっとした感情に駆られる。


 やはり、ラオス領は惜しい。


 エヴィルダース皇太子は身を乗り出して話し始める。


「それでだ。あらためて、ヘーゼン=ハイム。の派閥に入らぬか?」

「……」

「エヴィルダース皇太子殿下。そのようなお話は、今は遠慮すべきかと」


 案の定、アウラ秘書官が口を挟んでくる。先ほど打ち合わせでは、予定していなかった言動に動揺しているのだろう。


 確かに、ヘーゼンにはラオス領を譲渡する契約を結んだ。このやり取りは、言わば、内々のやり取りを周囲に披露しているに過ぎない。


 だが、目下の謁見は乗り切った。証拠も契約魔法を結ぶ時に全て処分させた。以降はヘーゼン=ハイムに対し過度に遠慮する必要などはない。


「まあ、いいではないか。断っておくが、は全然気にしておらんぞ? 全然な」

「……」


 エヴィルダース皇太子は、ほくそ笑みながらヘーゼンのことを見下す。あれだけの無礼を働いたのだ。当然、この派閥に入れるとは思っていないだろう。だが、この将官の優秀さは疑いようがない。


 ボロ雑巾のように使い潰してやる。


 そして。それでも、派閥に入らないのであれば、即座にこの場で敵認定をする。当然、他の派閥に入るなども許さない。


 徹底的にやってやる。


 そして。エヴィルダース皇太子は思い出したようにつぶやく。


「ああ、そうだ。ブギョーナの処遇だが」

「はい」

「ヤツは奴隷に堕とすことにした」


 そう言った瞬間、派閥の面々がにわかにザワつく。


「……現状の帝国法において、上級貴族の身分で、罪を犯していないブギョーナ秘書官を奴隷にはできないはずですが」

「アウラ秘書官から報告は受けているぞ。証拠を山ほど抱えているのだろう?」

「……」


 エヴィルダース皇太子がしてやったり顔で、ほくそ笑む。当然、そちらの動きなど、全て把握している。その上で、泳がせていたのだ。


 当然、派閥内であれば揉み消すが、あの豚を助けてやる気など、サラサラない。いや、むしろ、上級貴族の上位であっても、権力ちからを使って叩き落としてやる。


「あの豚から被った貴殿の被害や迷惑は大変なものだからな。いや、奴隷にするなど、本当に生優しい沙汰だと思うが、の心ばかりの配慮だ。これで、溜飲も少しは晴れるだろう」

「……」


 思い知れ。殿上人である自分に逆らうことは天に逆らうことと同義だ。恐怖しろ。上級貴族の大師ダオスーだろうが、自分にかかれば奴隷に堕とすことだってできる。


「まあ、断るのなら断るで構わないがな。ただ、ヘーゼン=ハイム。貴殿の能力を考えると、本当に惜しいのだ。あの豚が働いた無礼千万のせいで、との縁が、これで途切れてしまうことに」

「……」


 さあ、逃げ道は与えてやった。今なら、ブギョーナに全部責任を押し付ければ許してやる。栄光ある皇太子の末臣として、使ってやる。


 機会は与えてやったのだから、あとは、頭を下げれば派閥に入れてやる。簡単だろう。


 さあ、遜れ。


 そして、『派閥に入れて欲しい』と懇願しろ。


 エヴィルダース皇太子は存分に見下しながら、尋ねる。


「どうした? 答えを聞かせてくれ」

「……足りませんね」

「ん? なんだと?」






























「奴隷の奴隷に堕としてください」

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