1章
1-1. 1791、墓荒らし、ライデン瓶
Edward
「また墓を暴いたのか、罪深き復活師よ」
夜の暗闇に紛れて、誰かが言った。
1791年、ロンドン、四方を林に囲われた教会の共同墓地。ぼろを身にまとった
「好き勝手してくれやがって、覚悟はできてんだろうなあ、渡り
少年が顔を上げ、向き直る。
少年は、
「脱がして犯して袋叩きだ、覚悟は良いな? エドワード」
さっきとは別の誰かが、嘲るような声音で少年の名前を呼んだ。
エドがハンター医師の内弟子になってから、5年が経った。エドは毎晩のように屍体の腹を掻っ捌き、ニスを塗りつけ骨を飾り、アルコールで臓器や組織を保存してきた。夜な夜な墓場を徘徊し、実験用の屍体を掘り起こしてくるのも、彼にとってはいつもの仕事だ。
エドは退屈そうな顔つきで、自分を取り囲む男たちを観察した。
――役人も、治安判事直属の警吏も来てない。民間人のシーフテイカーだけ。現行犯を確保した場合を除き、こいつらは逮捕権を持たない――この場さえ逃げ切れば、どうとでも誤魔化せる。
エドは一団のリーダー格――黒い僧衣の男に目を向けた。
「大英帝国は危機に瀕しているんだ、ゲイル司教」
エドはランタンを振りかざし、演説口調でまくし立てた。
「この国の医学は、他国に大きな後れを取っている。いかさま師が牛糞や水銀を薬と売りつけ、無知な医者もカキの殻や蟹の卵、木屑にたかるシラミを患者に飲ませる……誰もかれも、人体について何も知らない。何故か? 人体の中身を見たことがないからだ。何故か? 教会が、遺体の解剖を禁じたせいだ! この国にはもっと屍体と実験と解析が必要なんだ。そうは思わないか、ゲイル司教?」
エドが眼光を鋭くする。司教は一瞬ひるんだが、すぐ持ち直し、エドを睨み返した。
「黙れ
「最後の審判で蘇ることができない、だろ? 聖書の受け売りじゃなく、自分の言葉で話しあえよ」
「
エドは呆れたように肩をすくめ、
「それでは足りないトリ頭から司教殿に、今後のための教訓を」
直後、口の端を邪悪に吊り上げた。
「敵が変な口上を始めたら、時間稼ぎを疑いな」
エドがさっとコートの裾を
音と光の暴風雨が、真夜中の墓地に降り注いだ。
エドが少女を抱きかかえ、浮ついた包囲網の隙間をまっすぐに駆け抜けた。いつの間にか、黒い硝子をはめ込んだ革のゴーグルをつけている。いち早く衝撃から立ち戻った数人が後を追う――しかし彼らはすぐに足を止めることになった。
咆哮が、爆音で痺れた鼓膜を貫いた。骨の芯を振るわす獣の声に、追手たちは身をすくませる。
林から大きな影が2つ飛び出し、一団の前に降り立った。すらりとしたポインターと筋肉質のグレイハウンド。黒い毛並みの猟犬たちは、牙を剥き出しにして追跡者たちを牽制する。
「しばらくうちのワンコと遊んでろ」
言い捨てて、エドは林に逃げ込もうとする。そのとき、がっしりとした体つきの男が現れ、エドに飛びかかってきた。首をつかまれたエドは近場の梢へ叩きつけられ、木を背にして締めあげられる形になる。
エドは内心舌打ちした――取り逃がしたときに備え、退路を封じてたのか。一番荒事に強い奴を配置して。
せめてもの抵抗か、エドは警棒を男の額に突き付ける。しかし男は鼻で笑った。エドは落とされる寸前で、突きを繰り出す力が残っているようには見えないからだ。警棒は力なく振り下ろされ、男の胸にそっと触れた。
瞬間、黄色い閃光が走った。
男の身体を衝撃が襲った。一瞬びくりと身体を痙攣させた後、受け身も取らずぬかるんだ地面に身を沈める。エドは梢にもたれて喉を押さえ、咳を繰り返した。
「……油断しすぎだ、木偶の坊……電気ショックは初めてか?」
呼吸を整え、黒いコードの伸びた警棒を外套の中にしまいこんだ。さっとしゃがんで少女を抱き、走り出す。
エドの姿は、林の暗闇に薄まって消え去った。墓場に残されたゲイル司教は、ぎりぎりと歯を噛み締め、林の奥を睨みつけた。
「今に報いを受けるぞ、神に仇なす外科医どもめ」
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