奴隷
定時となり、ヘーゼンとともにヘレナは帰宅した。サンドバルも奴隷たちもいない。控えめに言って、最悪だった。
「す、すぐにご飯作りますね」
「ああ、いいや。それよりも、ここに向かって」
手渡された地図は数時間ほど離れたテサルスの森だった。
「……ここは?」
「奴隷たちを収容してる森。約200人分の食材の手配をしてるから、料理作って」
「に……」
ヘレナは唖然とした。
「今まで使役されていた奴隷たちだ。飢餓状態だから、消化にいいものを食べさせてやって」
「は、はい」
言われるがままに支度をして、指定された場所へと向かう。2時間ほどの距離を歩き、地図の地点まで来るとサンドバルが立っていた。
「ヘレナ……」
「サンドバル……」
ジワった涙が出てきて、二人で抱きしめ合う。2日前の幸せ。半年前の幸せ。今では、あの日々がどれだけ幸せだったのかが身にしみて思い出される。
思えば、なんであの日常に満たされていなかったのだろうか。十分に幸せだった。幸せ過ぎたと言ってもいい。誰にも縛られることなく自由に話し、仕事をし、笑う。そんな当たり前のことが、今では懐かしい思い出に変わっている。
今は奴隷。奴隷中の奴隷。どれだけ泣いて、どれだけ喚いても帰ってこない。あの自由を謳歌していた日々は、二度と。
「……ご飯作るね」
「ああ」
ヘレナは涙を拭ってチャキチャキと準備を始める。いつまでも、こうしてはいられない。恐ろしく堪のいい悪魔は、少しでもサボればガン詰めしてくる。これ以上、逆らって不幸にはなりたくない。
ヘレナは手配されている食材で料理を始める。かなり大きな道具も準備されているので、作るの自体は楽しかった……いや、無理矢理楽しさを見出さなければ、どうにかなってしまうかと思った。
そして。
「ご飯です」
ヘレナは、放心状態でいる奴隷たちに炊き出しを行う。全員、何が起こったのかわからないような表情をしていた。
当然だ。地獄のような日々から突然、救い出されたのだから。
だが、お腹は減っているらしい。全員が目を輝かせて、ヘレナの前へと並ぶ。みんな、礼儀正しい。誰もが順番を守るのは、奴隷教育の賜物だろう。
「……」
全員が『美味しい』、『美味しい』と言って喜ぶ。そこまで美味しい料理は作っていない。消化の良さを重視して作ったので味は重視していないからだ。
それでも、全員がその日の食事に感謝して、喜んでいる。
「……」
ヘレナの中に、とめどない罪悪感が湧き起こる。自分がこれまで騙して奴隷にしてきた人々。その人たちは自分と同じように一切の行動の自由はない。
いや、それどころか、食事の自由もないのだ。夜はベッドもなく、固い床で眠り、長時間主人の命令を聞くために生きる。自分などよりも遥かに劣悪な環境に置かれている。
「……」
謝らなきゃ。
許される訳はないだろうが、心の底からそう思った。もう手遅れだ。やってしまったことは、取り返しがつかない。謝ったところで、奴隷に落とした者が、助かる訳でもない。
でも、そうせずにはおれなかった。
やがて、ヘーゼンがやってきた。
「あの、私、大変なことをしでかしてしまったなって。今、本当に申し訳ないと、心から思ってます」
ヘレナは土下座した。心の底からの謝罪を。真摯で偽りのない懺悔を。
「……」
「彼らを見て思ったんです。なんてことをしてしまったんだって。本当に本当に反省してます」
「……ふぅ。仕方ないな」
「ほ、本当ですか!?」
「僕はいいけど、多分、奴隷たちは許さないと思うから、死なない程度にぶん殴られてくれ」
「……っ」
転生魔法使い、ゼロから始めて学院の生徒、教師を蹂躙して最強を目指す 花音小坂(旧ペンネーム はな) @hatatai
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