魔杖
それから毎日。バレリアは、カク・ズを猛烈にシゴいた。それは、常人から見れば拷問に近かったのかもしれない。
尋常ではないタフネスを誇る巨漢ですら死に至るほどの打撃を与えられるたび、ヘーゼンによって蘇生させられる。そんな苦行を、1日のうちに何度も何度も繰り返した。
異常な戦士を作るためには、異常な訓練をしなければいけないと言うのが、異常者の持論だ。
その異常な理論を構築した異常な計画の下、カク・ズという異常な骨格と耐久力、そして戦闘技術が形成され始めた。
一方で、ヘーゼンの魔杖製作も佳境へと向かっていた。週に1度。合計で36回のカリキュラムも最終に至るが、工房ではいつものように怒鳴り声が響き渡る。
「違う! 何度言ったらわかるんだ! こうやるんだよ、こう!」
「ひっ……はいぃ」
魔杖工のダーファンは、エマに向けて強く怒鳴り散らす。特に貴族の彼女には当たりが強く、それは最後まで変わることがなかった。
一方で。
「ダーファン先生。どうですかね?」
「ああ。いいんじゃねぇか」
「……」
ヘーゼンの挙動には、一切の興味を示さなくなった。いや。むしろ、常日頃から警戒心を露わにし、伝える技術の端々にも注意を払っているように見える。
そして、全ての講義が終わり、ダーファンは教室中に鳴り響くよう大きく手のひらを合わせた。
「よし! ここまでご苦労だったな。一般向けのカリキュラムはここで終わりだ」
そう言った途端、周囲から歓声が上がった。声は大きく、言葉も荒々しかったが、熱血教師の範疇であろう。もともと、向上心の強い生徒たちが集まっていたので、概ね好意的に受け入れられていた。
「後は本工程だけだ。出来上がった魔杖は餞別としてお前らにやる。そして……今後魔杖工としてやっていきたい者は手をあげろ。ここから先は、専門講義だ。先の核心技術を伝授してやる」
すると、クラスの中の十名ほどが手を挙げた。ダーファンはザッとそれらを眺めるが、あるはずのない手がないことに気づき、不穏な表情を見せる。
「……ヘーゼン。お前は魔杖工にはならないのか?」
「なりませんよ」
サッサと帰り支度をしながら。黒髪の少年は、当たり前のように答える。そんな回答に、ホッとした表情を垣間見せたダーファンは、慌てて咳払いをし、誤魔化すように笑う。
「呆れたな。『至上最強の魔杖を製作する』と言っていたのに。その言葉はハッタリか?」
「魔杖工にならなくても、最強の魔杖は製作できます」
「はっ! あり得ないな。これからの魔杖工の核心技術は秘匿だ。契約がなければ他者に教えることは禁止されている」
これは、契約魔法で絶対的に縛られる条項だ。そして、肝心の核心技術が得られなければ、魔杖が製作できることはない。
しかし、ヘーゼンはこともなげに質問をする。
「ならば、最初の魔杖はどうやってできたんですか?」
「……なにを言ってるんだお前は?」
「一番最初の魔杖です。その者は、誰かに教えられることなく、自力で魔杖を製作したはずだ」
「はっ! だから、自分も技術譲渡なしで魔杖を製作してみせると? あり得ないな」
心底バカにしたように、ダーファンは笑った。そんな絵空事を並びたてたところで、できるわけがないと。それこそ、一千年を超えるほど培ってきた技術だ。いかに化け物級の天才でも為しうるはずがない。
「ダーファン先生にはよく学ばせてもらいましたよ。しかし、もう学ぶべきことはない。本当にありがとうございました」
「……っ」
ヘーゼンは深々とお辞儀をして部屋を出ていった。
「ね、ねえ。よかったの?」
エマとカク・ズが急が足でついてくる。
「ああ。後は自分で製作するから問題ない」
「そ、そんなのどうやってする気?」
「どうもこうも、試行錯誤だよ」
「呆れた。そんなこと一からできる訳ないじゃない!?」
「一からではない。学べる限りの技術と知識は教わった。そこには、秘匿工程のヒントが多く散りばめられていた。そこから類推して、パズルのように繋ぎ合わせれば、正解まで辿り着けるはずだ」
ダーファンは優秀な魔杖工だった。そこには、確かな理論と技術があり、後の工程までの道筋も容易に想像ができた。あとは、その道を試行錯誤で辿っていけば、できないことではない。
「……なんのためにそんなことを?」
「自力でないと、帝国の
これは、おおよそ他の国々でも行っていることだ。魔杖製作の技術が他国に漏れぬよう、契約魔法で縛っている。それは、いわゆる独占で、魔杖工の価値は高くなるが、競争の観点からするとよろしくはない。
「な、なんか……途方もない話になっちゃったけど」
「と言う訳で。この先の朝練。僕は魔杖製作に全空き時間を使用する」
「えっ! やったぁ! やっと、あの地獄から解放されるのね」
エマが思わず小躍りするが、ヘーゼンは笑顔で首を振った。
「
「……っ」
ミディアムヘアの美少女はその場でガクリと崩れ落ちた。
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