提案
学院に来てから、6ヶ月が経過した。その日の早朝も、いつも通りの時間で、いつもと同じように、修練に打ち込む。
ヘーゼンとエマが魔法訓練に従事する一方で、カク・ズはひたすら肉体改造に打ち込む――と言うより、打ち込まされていた。
「はぁ……はぁ……へ、ヘーゼン。できたぁ」
その頃には。カク・ズの肉体は尋常ならざる変貌を遂げていた。その贅肉はすべて削ぎ落ちて、見事なまでに凝縮した筋肉と化した。
「ふむ……」
黒髪の少年は、短距離走を100本こなして、ぶっ倒れている巨漢の肉体をペタペタ触りながらつぶやく。
「素地はできたかな。じゃ、次は本格的な格闘訓練だ」
「け、格闘訓練?」
「固い筋肉だけでは強者にはなれない。時に柔らかく、しなやかな筋肉が必要なんだ」
「……」
「固く凝縮された筋肉に柔軟性を持たせるんだ。それには、格闘の実戦訓練が一番適している」
格闘にはすべてが詰まっていると言っても過言ではない。達人は、力を抜くことこそが極意と言う。カク・ズの筋肉に、それを叩き込む。
「い、言ってることがよくわからない」
カク・ズは頭を抱える。
「わからなくてもいい。黙って僕についてきてくれ」
「い、嫌だなぁ」
巨漢の少年は、心の底からつぶやいた。しかし、そんな言葉をまるで聞かなかったことにして。ヘーゼンは気にせず話を続ける。
「エマも聞いてる? 君にも少しは、格闘技に興味を持ってもらいたいんだけど」
「……今、私に話しかけないで」
魔力をすべて使い果たした、スッカラカン美少女は倒れながら、殺意を持って口にする。しかし、そんなことは微塵も気にせず、ヘーゼンの思考は次に移ろう。
「強力な教師と言えば、やっぱり、バレリア先生だろうな。あの人に毎日修練をお願いするか」
「そ、そんなこと言ったって! 教師が授業以外の時間で相手をしてくれる訳がないし」
ここでの教職は非常に過酷だ。ほぼ1日の授業で12時間は余裕で費やす。よって、1人の生徒に費やせる個人授業の時間など、存在しないに等しい。
「決闘をする」
!?
「えっ? どういうこと!?」
「僕がバレリア先生に決闘を挑む。勝てば、毎朝、カク・ズと手合わせをお願いする」
「む、無謀だよ! 相手は、帝国将官でも、相当な手練れだったって聞いたよ?」
確かにバレリアは、その中でも武闘派女史として有名だった。『戦場に咲く一輪の薔薇』とまで呼ばれていたと、同じく教師のベッセルが興奮しながら述べていた。
「安心してくれ。勝つ算段はある」
「ま、まだ練習用の魔杖しか持ってないのに?」
「勝つと言ったら、勝つ」
・・・
「と言うわけで、決闘してくれませんか?」
「……っ」
職員室で。バレリアが非常に嫌な表情を浮かべた。一方で、ヘーゼンは、ニコニコと笑顔で迫る。
「あ、あいにくだが、私は忙しくてね」
「こんなピカピカの1年生相手に逃げるんですか? 胸を貸してください」
「くっ……」
赤髪の美女は、反射的に豊満な胸をひた隠す。
ピカピカの1年生。
ドス黒い地獄の亡者(死後1世紀)の間違いじゃないのか。
「ねえ、やりましょうよ」
「君は危険な生徒だ。この前のこともある。なにをするかわからない素行の怪しい生徒に隙は見せられない」
「失礼なことを言いますね。筆記試験はすべて満点。実技だって、最近は上位層に食らいついているのに」
「……」
その最近の魔力がとんでもないのだ。最上級生に、天才と呼び声高いオルドア=ギイという生徒がいる。将官試験で主席合格は間違いないと言われる10年に1人の麒麟児。
ヘーゼンの魔力は、彼に近い出力量まで上がっている。
そして、その上がり幅は、例年にないどころではない。異常だ。明らかに、異常。天才などを通り越した、異常な上がり幅。
今は、もちろんバレリアには及ばないだろうが、数日後にはわからない。いや、むしろ単純な戦闘力では測れないものが、このヘーゼンという生徒には存在する。
「あいにくだが、お断りさせてもらう。君を低く見積もるつもりは毛頭ないのでね」
「えー。じゃあ、せめて、毎朝、カク・ズと一戦戦ってくださいよ」
「……っ」
全然、譲歩してない。
と言うか、勝利の条件を、そっくりそのままねだってきた。
なんたる、ワガママ。
「しない。私もそこまで暇な身分でもないのでね」
付き合ってられない。この生徒は、あまりに唯我独尊すぎる。
「仕方ないな……」
「じゃ、急襲させるしかないか」
「……っ」
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