第16話 予想外の合流

「清き空気よここに凍てつき、氷の刃となりて貫け!」


 パルヴィが力ある言葉を言うと、構えるガラズチの周囲に、突如として氷柱つららが発生した。


「――!」


 一斉にガラズチに向かう鋭利な氷柱。

 ガラズチは短剣を振り回し氷柱を叩き落とすが、防げなかった幾つかの氷柱がガラズチの体に突き立った。

 ガラズチは舌打ちを洩らしながら、自身の体の氷柱を乱暴に抜く。

 どうやら浅く刺さっていただけらしく、致命傷には至っていない。だが、彼の次の動きを削ぐほどのダメージにはなった。ガラズチはポタポタと垂れる自身の血を、忌々しげに流し見る。

 パルヴィの魔法の発動媒体は『髪』。

 それゆえに、相手に悟られないようにすれば奇襲攻撃が可能となる。

 以前ラディムがパルヴィの炎の魔法に囲まれたのも、彼女が巧妙に髪を配置していたからだった。魔法を『飛ばす』ことができるのも、この発動媒体だからこそだ。


「なるほど。うちの王様がこの力を欲しがるわけだぜ」


 ガラズチはパルヴィを視線で牽制したまま笑みをこぼす。

 次の瞬間には、ヘルマンのすぐ真下にまで移動していた。

 素早さではガラズチとパルヴィではほぼ張り合う。故に、ガラズチはヘルマンから狙うことにしたのだ。

 ガラズチの短剣が、ヘルマンの首に向けて繰り出される。ヘルマンの腕は非常に高い耐久性を誇るが、それ以外は生身の人間の体と変わりないことを、ガラズチは既に見抜いていた。

 ガラズチの凶器が、ヘルマンを捉える寸前。

 ガキリ――と、ガラズチの攻撃は硬い音を立て防がれる。

 ガラズチは目を見開いた。ヘルマンが攻撃を防いだのは、腕ではなかったからだ。ガラズチの短剣は、銀色に光る物体にはじき返された。


「な……それは……」

「武器を持ってないとは、一言も言っていないが?」


 ヘルマンの手には、不思議な形状をした刃が握られていた。

 不揃いに三つに分かれた刃。

 ヘルマンはガラズチに向けて、その刃を投げつける。

 刃は、非常に軌道が不規則であった。後ろに跳んで避けたガラズチであったが、急旋回した刃に頬の肉を切り裂かれる。


「どこに飛ぶかわからねえブーメランみたいなものか。魔法と特殊な体だけかと思ってたもんだから、今のはすっかり油断していたぜ。……これだから他所の国との戦は面白くてやめられねえ」

「そろそろ降参なさい。混蟲メクス二人を相手によくやったと思うし、私たちも無闇に命は取りたくないわ」


 パルヴィの呼びかけにも、しかしガラズチは不適な笑みを浮かべるだけであった。


「何がおかしいの」

「俺も、斬るだけの物を持っているわけじゃねえもんでな」


 そこでガラズチは手にしていた得物を地に放ると、胴体に括りつけていた短剣を二本、新たに抜き出した。そして、短剣同士を激しく打ち付ける。

 短剣からは激しく火花が飛び散った。


「なっ――!?」

「そうさ。これは短剣型の火打ち石。この辺はかなり緑豊かみてえだし、さぞかし良く燃えるだろうなあ?」


 さらにもう一打ち。短剣から飛び散った火花から、たちまち茂みに火が付いた。

 パルヴィは消火しようと魔法を詠唱するが、ガラズチが容赦なく彼女に間合いを詰め、攻撃を仕掛ける。

 それをヘルマンが止めに入る。

 だが、ガラズチの素早さが勝っていた。火打ち石の短剣を、パルヴィに向けて鋭く投げ放つ。パルヴィは魔法の詠唱を一度止め、避けることを余儀なくされる。


「うおおおおおお!」


 闖入者ちんにゅうしゃは、何の前触れもなく現れた。

 首までを覆う鉄製の兜を被り、片手にレイピア、そしてもう片手にはなぜかお鍋の蓋を持つ人物が、突如としてヘルマンの横の茂みから飛び出してきたのだ。


「うおおおおおお!」


 謎の人物は再び勇ましい雄叫びを上げる――が、その場から動こうとしない。

 怪しすぎる人物に、呆気にとられる三人。何より、この場の緊張感に似つかわしくない、お鍋の蓋というアイテム。

 最初に我に返ったのは、ヘルマンだった。この雄叫び男を利用することを瞬時に思いついたのだ。


「何だこのうるさい奴は。お前の仲間か?」


 ヘルマンはガラズチに問いかける。ガラズチは心底嫌そうな顔をした。


「そんなわけあるか。おい、そこのお前。それ以上うるさくしたら今すぐ胸をかっ切るぞ」


 脅しに屈したのか、ピタリと雄叫び男の声がやんだ。

 その一瞬のやり取りが、好機となった。

 パルヴィがガラズチの背後を取ったのだ。

 ガラズチが気付き、凄まじい反応速度で振り返る。しかしその時には、既にパルヴィはガラズチの首に口付けた後であった。


「てめえ!? 何を――」


 直後、ガラズチの膝が地に付いた。


「私はあぶの混蟲でね、血を吸うの。あなたの血は今までの誰よりもとても濃くて好戦的」


 ガラズチの体がゆらりと揺れる。杖のように短剣を突き立てるが、無駄な抵抗でしかなかった。


「ついでに毒を注入させてもらったわ。……おやすみなさい」

「く……そ……」


 曇った目でパルヴィを睨みながら、刃物の男ガラズチは、そこで意識を手放したのだった。


「ひとまず、区切りはついたってところだが――」


 ヘルマンは謎の人物に視線を送る。

 それまで硬直していた謎の人物は、レイピアとお鍋の蓋を地に置き、慌ててフルフェイスを脱ぎ捨てた。

 中から出てきた顔は、片目を長い前髪で隠した、茶髪の青年であった。


「わ、私のことより、今はそっちの火を消すことが優先だと思うのだが!」


 茶髪の青年の言葉に我に返る二人。ガラズチが着けた火は、かなりの速度で燃え広がっている。


「まずいな。このままだと城下町までいきかねんぞ」

「私の魔法でできる限り消し止める」


 パルヴィはポニーテールの毛先を短剣で切り取った。魔法力が瞬時に尽きてしまうような分量に、ヘルマンは不安の色を隠せない。


「俺は水の魔法は使えんからな……。地をほじくり返したら下側だけでも消せるか?」

「それでお願い。で、あなた。誰でもいいからすぐに応援を呼んできて欲しいの」


 茶髪の青年にパルヴィが話しかけると、彼は大きく頷いた。


「うむ。この私が、圧倒的な人望で多くの人を連れてくることを約束しよう! 美しい女性の頼みとあらば尚のこと」


 青年はパルヴィに向けてビシリとポーズを取るが、既に彼女は魔法の詠唱に入っていた。


「……今は緊急事態であるからな。格好良い私が彼女の視界に入らないのは仕方がないな」


 少しだけ落ち込みながら、茶髪の青年はレイピアとお鍋の蓋を拾い上げ、城下町に向け走り出した。


「誰か知らんが、変な奴だな……。まあ、おかげで助かったから何とも言えんが……」


 ヘルマンは青年の後ろ姿を見送り、小さく呟いた。







「フライア様が心配でいても立ってもいられずに武装してここまで来てしまったわけだが、どうやら正解だったようだな。早速、私の力が必要とされるとは!」


 茶髪の青年――スィネルは、拳を握りながら満面の笑みを作っていた。

 駆けながらフルフェイスを置いてきてしまったのを思い出すが、「重いし見え辛かったからいいや」と、スィネルはあっさりと諦める。元々、部屋の飾りとして屋敷に置いていた物だ。また買い直せば良い。

 お鍋の蓋は盾の代わりだ。厨房から勝手に持ってきてしまったので後でガティスに怒られてしまうかもしれないが、その時はその時だ。


「テムスノーの危機はフライア様の危機。待っていてください。必ずやあの火を止め、フライア様の元へと参りますゆえ!」


 独り言を言いながら森を駆ける青年に、動物たちは怯えながらそっと進路を空けるのであった。







「おい! 森が燃えてるぞ!」


 その声に、医務室内にいた者たちは一斉に窓の外を見た。

 城下町のすぐ外、地下への入り口がある付近から炎が上がっていた。天に立ち上る煙は風に流れ、青い空を染めていく。

 遠目でも確認できるほどの炎。このまま放っておけばどのような事態になってしまうか、容易く想像できてしまう。いても立ってもいられなくなったのか、飛び出していこうとする青年。しかしイアラが腕を引いて彼を止めた。


「イアラ先生、行かせてください」

「でも――」

「大丈夫です。……俺は、混蟲ですから」


 意を決したように告げる青年。彼の言葉に、医務室にいた人間は驚きを隠せないでいた。


「火を、消さないと。あのままでは城下町にまで燃え移ってしまう」


 イアラは数秒彼と視線を合わせたあと、静かに目を閉じた。

 混蟲であることを見ず知らずの人間に打ち明けることは、相当に勇気がいることだ。だが、彼は迷わなかった。

 できることをしたい――。

 青年の心は、イアラにも痛いほどよくわかった。


「わかったわ。では、これを」


 青年から手を離したイアラは、ポケットから取り出した小さな球体を青年の前に出す。


「私のよ。携帯型だから誰でも使えると思う。もし襲われそうになったら、敵の足元にこれを叩きつけて。きっと動けなくなるわ」

「イアラ先生……」

「私には、怪我を治すことしかできない。本当にごめんなさい……。混蟲なのに、こんな時に役に立てないなんて」

「何を言ってるんですか。ここにいる全員、イアラ先生のおかげで怪我が治ったんですよ」


 青年の言葉に、医務室内の人々は次々と同調した。


「そうだ。イアラ先生がいてくれたこそだ」

「イアラ先生はここにいてください。この様子だと、まだまだ怪我人は増えそうです」

「みんな……」


 イアラの目元がわずかに揺れる。

 彼女もまた、正体が知られることをずっと怖がっていた一人だった。だからこそ、今まで自分が混蟲であることを公に明かしてはこなかったのだ。


「よし。治療を受けて回復した男どもは、城の食料庫に行くぞ。食料を冷やすための予備の魔法石があるんだ。皆で持てるだけ持って、火を消し止めよう」


 体格の良い青年が提案すると、皆はわかったと頷く。


「でも、勝手に持っていって大丈夫なのか?」

「俺は城で王の食事を作っているんだぜ? 言い訳なら後でいくらでもしてやるってもんよ」

「おお、あんたは厨房の人だったのか。それなら問題はなさそうだな」

「今、派手なドンパチやってるのは大通りだけみたいだ。奴らが城の中に来る前に、城下町の裏道を通って現場までいこう」


 相談を終えた男たちは、次々と医務室を後にしていく。

 混蟲と人間が、協力しあっている。


 ――こんな日が来るなんて。


 このような状況であるというのに、イアラの心は少し、温かいものに包まれるのだった。

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