不運な出会い(後)

     ◆


 城壁塔を飛び出したスコットは、ケイトを目撃した場所へ向かった。


 建物のかげに身をひそめながら、慎重に進む。ズシン、ズシンと、ゴーレムの足音があらゆる方向から耳に届き、薄氷はくひょうをふむ思いだった。


「スコット、こっちです」


 細い路地ろじに入ったところで、ケイトの声が頭上ずじょうから聞こえた。彼女は民家の二階に避難ひなんしていた。


 ゴーレムは建物に侵入できないため、民家に避難している魔導士は数多くいる。ただ、厳重げんじゅう施錠せじょうされている建物が多く、どこでも入れるというわけではない。


 その民家へ入ると、ケイトがドタバタと二階から下りてきた。


「危ないじゃないですか。部隊とはぐれたんですか?」


「いやいや、お前が一人でうろついていたから、さがしに来たんだよ」


 スコットがあきれた様子で反論した。


「あっ、そうだったんですか……」


 ケイトが気まずそうに顔をそむける。


「ケイトこそ、何でこんなところにいるんだよ。確か、昨日は城に残るような話をしていたよな?」


「それには深い事情がありまして……」


 しばらく彼女は口ごもっていたが、父親の言いつけで宮殿で隠れていたことや、命令もなしに城を飛びだしたことを洗いざらい告白した。


 それを聞き終えると、スコットは小さなため息をついた。ただ、結果的に軽率けいそつな行為になったとはいえ、彼女の純粋じゅんすいな思いを聞いたら、とても怒る気になれなかった。


「しょうがない。うちのチームに加わるか?」


「いいんですか?」


「今さら、城に帰すわけにもいかないしな。だけど、覚悟しろよ。うちのチームは、最も危険な任務にあたっているからな」


「やっぱり、遠慮させてもらいます」


「待て待て……。いや、うちのチームでなくてもいいか。どちらにせよ、こんなところに一人でいるのは危険だ。どこかの部隊と合流するまで、俺と一緒に来い」


     ◆


 城壁塔から脱出したスプーは、大門おおもんから少し行ったところにある民家へ向かった。


 レイヴンズヒルまで来た『うつわ』――樹海の戦闘における被害者ダレル・クーパーの体を、二階の一室へ押し込めていた。


 この『器』はすでに顔が割れている。能力が通じないウォルターやパトリックからは、ひと目で正体を見破みやぶられてしまう。かといって、この『器』は捨てられなかった。


 スプーたち『エーテルの怪物』は、大気たいき中のエーテルをエネルギーとする。そのため、必ずしも食事をとる必要はない。


 しかし、何も食べないでいると、血色けっしょくは悪くなり、体はやせ細る。いずれは骨と皮のみにくい姿となってしまう。ネクロは平然とその状態でいるが、彼は違った。


 スプーは〈扮装〉スプーフィングによって他人の目をあざむける。それでも、能力を一時的に解除する場面を考慮し、普通の人間と同程度の食事を欠かさない。


 入念にゅうねんに体のケアをし続けたのが、この『器』に執着しゅうちゃくする理由の一つだが、何と言っても、一番大きいのは手に入れた経緯けいいだ。


 敵の目をごまかすため、多少は偽装ぎそう工作をした。耳にかかるぐらいの長さだったストレートの金髪を、ここへ来る前に短く切っていた。


    ◆


 スプーは民家を後にし、路地へ出た。その時、偶然にもスコットとケイトの二人と行き会った。ポーカーフェイスをくずさなかったが、それが逆に不審感ふしんかんを与えた。


「おい」


 そのまま脇を通りすぎようとしたが、前に立ちはだかったスコットが呼び止めた。


「どこへ行く?」


「今から城へ戻るところだ」


所属しょぞく部隊はどこだ?」


 スプーは言葉につまった。今は『扮装ふんそう』をほどこしておらず、ダレル・クーパーの姿でいる。ユニバーシティの制服を着ているので、非戦闘員であるという言いわけは通用しない。


「単なる伝令でんれいだよ」


「伝令だって、腕章わんしょうをつけているはずなんだけどな」


 大門付近の主力しゅりょく部隊の他にも、各地区ごとに部隊が展開している。それらを識別しきべつするため、異なったラインの入った腕章が、事前に配られていた。


「腕章……。どこかで落としてしまったようだな」


「だったら、部隊名と腕章の色を答えてもらえるか。落としただけなら、わかるだろ?」


「……君たちも腕章をつけていないようだが?」


「俺たちは特別な任務を与えられていてな。あいにく、どこの部隊にも所属していないんだ」


「念のため、特別な任務とやらの内容を聞いておこうか」


「お前みたいなやつを、さがす任務だよ」


 観念したスプーは肩をすくめて、大きなため息をついた。


「わかった。認めようじゃないか。おそらく、私は君たちがさがしている男だ」


 あせった様子もなく、ふてぶてしい態度で言い放った相手を見て、スコットは恐怖をおぼえた。ケイトがスコットの背後に隠れる。


「ムダな血を流したくない。見逃してくれないか?」


 用心深いスプーは確実に勝てる戦いしかしない。彼のとる戦法は、いつだってだまし討ちだ。


「見逃すわけにはいかないな」


 チーフのかたきを討つと決めた。たとえかなわない相手でも、スコットは意地いじでも退くわけにいかない。


「ならば、言いかえよう。――図に乗るなよ、魔導士風情ふぜいが。死にたくなければ、道を開けろ」


 おに形相ぎょうそうとなったスプーが、威圧するような野太のぶとい声で言った。戦闘能力にけていると言えない彼が、強い態度に出れたのには理由がある。


 たった今起こった『転覆てんぷく』によって、これまで〈樹海〉の奥深くでしか使えなかった能力――〈闇の力〉が使用できるようになっていた。


 最悪のタイミングだった。スコットにとって、あまりに不運な出会いとなった。

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