敵陣突入(後)

     ◇


 クレアを抱きかかえ、ヒューゴをおぶった。これが最も安定しているという結論にいたった。


「行きます。しっかりつかまっててください」


「やっぱり、背中のほうが良かったかな」


「さっさと行け。誰かに見られたら恥ずかしい」


 突入は敵の目が少ない丘の北側から行う。日は完全に沈んで、丘は星空をさえぎる巨大生物のようだ。そんな状況だから、昼間の光景を胸に思いうかべながら、ヤマカンで飛ぶしかない。


 『突風とっぷう』を地面に放って、数百メートル上空じょうくうまで一気に上昇した。


「おおおおっ!」


 クレアが押し殺した悲鳴を上げ、ヒューゴはガラにもない声を出した。


 はるか上空から丘の上を見下ろすと、うっすらと屋敷の姿が確認できた。うっそうと生いしげる樹木にはばまれ、安全な着地場所は屋根しか見当たらない。


 落下スピードをゆるめ、パラシュートで降下するように、垂直に近い体勢を維持した。地面が近づくにつれ、乱れ飛ぶ銃声じゅうせいの音が大きくなっていく。


「もっと右だ」


「左じゃない?」


「お前は見てる向きが逆だ」


 混乱するだけなので、二人の声は聞き流した。慎重に着地点を見定みさだめる。この微調整びちょうせいが本当に難しい。空中で体勢をくずすから、普段は絶対にやらない。


 不格好ぶかっこうになったものの、無事に屋根の上に着地。ただ、ロープで結ばれたまま、三人が思い思いに動きだしたので、おたがいの体がメチャクチャにからまった。


「早くロープをほどくぞ」


 二人とつながっている自分は、屋根の上に寝そべって大人しく待った。銃声は少し離れた場所から聞こえ、身の危険は感じない。


「誰だ!」


 しかし、ヒューゴがロープをほどき終わり、片膝かたひざをついた瞬間、近くで男の声が上がった。反対側の屋根に、中腰ちゅうごしになった男のシルエットがうかび、手に銃をたずさえているのがわかる。


 ヒューゴがすかさず『電撃でんげき』を放った。


「うわっ!」


 それをモロに食らった男が屋根からころげ落ちる。


「おい、屋根から誰か落ちたぞ!」


 屋敷の正面側から大声が聞こえた。銃声が飛びかっているせいか、幸い大きな騒ぎにはならなかった。


 三人でタイミングを合わせ、屋根から飛び下りた。屋敷の裏手には誰もいない。十メートル先はもう崖だ。ヒューゴが屋敷の外壁がいへきに張りついて、正面側の様子をうかがい始めた。


「俺が外の敵を引きつける。お前らは屋敷に入って能力者の女をさがせ」


「わかった」


「気をつけて」


 そう言い残して、クレアと一緒に近くの裏口から屋敷へ入った。


     ◇


 裏口をぬけた先はせまい廊下だった。足音をしのばせて慎重に進む。角をまがった先に戸口が見えた。その脇まで行って中をのぞく。


 そこは食堂だった。まっくらで誰もいない。ちょうど窓から『電撃』らしき光が走ったのが見え、直後に怒声どせいが聞こえた。ヒューゴが戦っている。のんびりしていられない。


 ランプのかすかな光を頼りに、廊下を正面側へ進んだ。別の部屋の前にたどり着き、半開はんびらきとなった扉から中をのぞき込む。


 居間のようでかなり広い。反対側のはしに女の姿を見つけた。さわがしい外の様子を窓からうかがっている。例によって、服装は部屋着のような地味じみなワンピースだ。


 女を指さしながらクレアに視線を向けると、首を横に振った。〈不可視インビジブル〉を使用しているか。音を立てないよう、わずかに扉を押し開けた。


 クレアに制止せいしの合図を送ってから、自分だけ部屋に入る。忍び足で近づくも、あっさり女に気づかれた。


「あら、いらっしゃい」


 女は余裕の笑みを見せたのとは裏腹うらはらに、別の扉から大あわてで部屋を出て行った。きびすを返して廊下へ戻るやいなや、ナイフが猛スピードで飛んできた。


「危ない!」


 クレアを巻き込みながら床に伏せた。


「どこにいるの!?」


「向こうへ逃げた!」


     ◇


 女が逃げ込んだ先は大広間だった。ちょうど男がこちらに歩いてくる。


「敵よ! 逃げなさい!」


 男はデリック・ソーンだった。飛び上がらんばかりにおどろき、あわを食って逆方向へ走りだした。


「女はお願い! あっちは私に任せて!」


 少し遅れて入ってきたクレアが、デリックの後を追った。


 二階に目を向けていた女が、大階段だいかいだんの手前で足を止めた。女のわなではない。自分が立ち止まらせた。〈悪戯〉トリックスターの有効範囲に女をおさめたのだ。


 対抗戦の日。魔法を無効化させたと同時に、相手はゾンビをあやつれなくなった。もしかしたら、〈悪戯〉トリックスターは魔法だけでなく、あらゆる能力の使用を封じられるのではないかと思いついた。


 それを確かめるため、パトリックに協力してもらって実験をした。魔法無効化を展開てんかいした状態で、ロイに対して〈催眠術ヒプノシス〉を使用してもらうと、予想通り、能力は効果をおよぼさなかった。


 現在、女はことごとく能力を封じられた状態。おそらく、〈転送〉トランスポートで二階へ逃げようとしたものの、それができなかったことで異変に気づいたのだろう。


 けれど、ナイフを所持しているので、うかつに接近するのは危険だ。それに、ここは敵の根城ねじろ。他の敵にも注意をはらわなければならない。


「本当の能力の使い方を知ってしまったのね」


 意外にも、女は知っていた。だったら、この余裕は何だ。虚勢きょせいを張っているだけだろうか。


「知っていたのか」


「ええ、もちろん。パーティの日に逃げたのも、それが理由よ。だって、そんな芸当げいとうができるからこそ、あなたは『転覆の巫女エックスオアー』を追いつめられたんじゃない。違う?」


 またその話か。その話をされるとムカムカしてくる。


「ヒプノティストが来たとは聞いたけど、あなたまで来てるとは知らなかったわ。まあ、あの子があなたのことを知らなかったんだろうけど」


 あの子が誰なのかはわからないけど、やっぱり、内通者ないつうしゃがいたのか。


 女はどこからともなくナイフを取りだした。まるで手品てじなのように。いったい、何本持ち歩いているんだ。


「私は能力を使えない。でも、それはあなたも同じでしょ? これからどうする? ナイフで切りあいっこでもする?」


 それは百も承知。始めから想定済みだ。別に無効化の能力を展開し続ける必要はない。攻撃の時だけ能力を解けばいいんだ。しかも、相手はそれを見た目で判断することはできない。


 〈悪戯〉トリックスターの有効範囲にいるかぎり、相手は能力が使えないことを前提ぜんていに戦わなければならない。これは大きなアドバンテージ。これで負けたら末代まつだいまでの恥だ。


「うるさいわね。今、取り込んでいるのよ」


 女が手元てもとに目を落とした後、不愉快ふゆかいそうに言った。それをあやしんでいると、シラを切るようなしぐさを見せてから、こちらの右後方へチラッと視線を送った。


 しまった――。

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