事件への道(後)


     ◇


 会議へ出席するため、僕らは塔を後にした。その途中、パトリックがこう話を切りだした。


「会議の前に、〈樹海〉で起きた戦闘と中央広場事件の前提ぜんていとなる知識を、知っていただかなければなりません」


 様々なところで耳にしたので、事件の結果については知っている。けれど、その過程については何も知らない。


「事件の発端ほったんは〈雷の家系ライトニング〉の重鎮じゅうちんであるベーコン卿のもとへ持ち込まれたある取引です。主に西部の高地を領地とする〈雷の家系ライトニング〉の一族は、牧畜ぼくちくや、それを利用した陸上輸送を生業なりわいとしていました。彼らを長年ながねん苦しめ続けたのがゾンビ化現象です。

 ゾンビ化を引き起こす三大原因というものがあります。レイヴンズヒルから距離が離れていること、人口密度が低いこと、当人が体力を消耗しょうもうしていることの三点です。牧畜と陸上輸送は、それら全てが当てはまる状況になることが多く、ゾンビ化する人間が後を絶ちませんでした。そして、事業が立ち行かなくなるほど、人手不足が深刻化しんこくかしていました」


 三大さんだい原因という言葉は初耳だけど、全て知っている話だ。ただ、改めて聞かされても、なぜそんなことが原因になるのか、見当もつかない。


「〈侵入者〉が取引を持ちかけてきたのは、そんな状況下です。我々の足もとを見たと言ってもいいかもしれません。結果的に、それが事件を引き起こしたわけですが、私はベーコン卿を責める気にはなれません。きっと、ワラにもすがる思いだったのでしょう。現に、ベーコン卿は元老院げんろういんの許可を取った上で交渉を進めました。加えて、後に不相応ふそうおうな罰を受けることになりましたから」


     ◇


 宮殿の二階にある議場ぎじょうへ向かった。議場の存在自体は前から知っていたけど、自分にとってはえんのない場所だ。


 大会堂だいかいどうをぬけて、奥の階段から二階へ上がると、両脇に守衛しゅえいが控えた荘厳そうごんな扉に出迎えられる。


 議場は明かり取りの窓しかないため、全体的に暗く、中央に位置する六角形のテーブルのみが、闇にうかび上がるように照らし上げられていた。


 奥の一段高くなった場所には、色あざやかな模様の絨毯じゅうたんが敷かれ、豪華なイスがポツンと置かれている。現在は使われていないものの、巫女みこのための玉座ぎょくざという話だ。


 テーブルの奥側には元老院の議員達が顔をそろえ、手前側にはジェネラルを始めとした、マントを身にまとったユニバーシティ幹部が座をしめていた。


 元老院は五つ――火・氷・水・雷・風の一族から各三名が選出され、計十五名で構成される。議員は一年を通してレイヴンズヒルにとどまらなければならない。


 任期にんきは一年で、毎年顔ぶれは変わるものの、年長ねんちょうの有力者が持ち回りで務める慣例のため、自然と代わりばえしないメンバーになるそうだ。


 主な役割は月に一度開かれる評議会ひょうぎかいで、地方組織やユニバーシティから上申じょうしんされた政策を、認可にんかするかどうか決定する。議会は基本的に多数決たすうけつによる合議制ごうぎせいだ。


 テーブルに案内されると、思わず目を丸くした。ジェネラルやクレアにまじって、チーフの姿を見つけたからだ。そういえば、チーフは〈樹海〉の戦闘の生き残りだった。


「本日は、私のためにこのような場をもうけていただき、心より御礼おんれい申し上げます。みなさまにお集まりいただいのは、無論のこと、昨日レイヴン城に姿を現した〈侵入者〉に関する件ですが、その内容はご想像と異なるかもしれません」


 パトリックが格式かくしきばった口調くちょうで切りだした。


単刀たんとう直入ちょくにゅうに申しますと、五年前に〈樹海〉で発生したあの事件に、彼らが関与していたと疑わせる事実が発覚いたしました。事件の経緯けいいをご存じない方も多くおられるので、簡単にご説明させていただきます」


 静かに耳を傾けていた出席者が、にわかにざわつきだした。


「ベーコン卿のもとに取引が持ち込まれたのが六年前の冬です。ちなみに、仲介者ちゅうかいしゃはアイザック・ドレイクと名乗っていましたが、後日ごじつ調べたところ、ドレイク家にアイザックという名の男は存在しませんでした。

 ベーコン卿から元老院に上申されたのは数カ月後の春のことです。それから数カ月間に渡り、議論に議論を重ねた結果、〈侵入者〉との交渉に応じる決定を下しました。

 そして、その年の秋にあの事件が起こりました。現場に残った九名――交渉役のイェーツ卿とその従者じゅうしゃおよび、辺境守備隊ボーダーガード精鋭せいえいたちが、たったひと晩で全滅に追い込まれたのです。

 不可解ふかかいかつ凄惨せいさんな内容だったため、事件は極秘裏ごくひりに処理され、詳細はひと握りの人間で共有するにとどめました」


 議場が重苦しい空気につつまれた。うつむき加減でひと息ついたパトリックが、視線をチーフに向けた。


「あの日〈樹海〉において何が起こり、そして、なぜ箝口令かんこうれいがしかれたのか。いったん現場を離れたがため、幸運にも生還せいかんしたネイサン・クレイヴンから、お話してもらおうと思います」

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