思いがけない対戦相手(後)

     ◇


「違う違う。違うぞ、トリックスター。私が求めているのはこんな戦いではない」


 男が起き上がりながら言った。わざと攻撃を受けた様子はなかった。強がりか負けおしみを言っているとしか思えない。


「さっきも言ったはずだ。私は魔法で遊ぶために来たわけではない。殺し合いをしに来たのだ」


 どうしても〈悪戯〉トリックスターを使わせたいらしい。それなら意地でも使うもんか。魔法の実力はたいしたことない。このまま一気にかたをつけよう。


「君は思い違いをしている。私は何だってできるんだ」


 男が唐突とうとつに右手を観衆に向け、またたく間に『火球かきゅう』を発現はつげんさせた。その先にはパトリック達の姿があった。そうか、手段を選ぶ必要はないということか。


 すぐに足をふみだした。迎撃の態勢をととのえながら、間へ割って入る。ところが、会心かいしんの笑みをうかべた男が、あろうことか突きだした腕をこちらへ向け直した。とっさに足を止めるも手遅れだった。


「さあ、見せろ! お前の力を! トリックスターの本領ほんりょうを!」


 目の前で爆発的にふくれ上がった炎が、たちまち視界をおおいつくす。男の思うツボでも、だし惜しみをしている場合ではなかった。


 なかば反射的に〈悪戯〉トリックスターを展開した。炎が巻き戻されるように中心の一点へ収束しゅうそくしていき、瞬時に視界がすみ渡った。


 すると、視界にとらえた男の顔つきが豹変ひょうへんしていた。ゾッとするような変貌へんぼうぶりで、これまでと別種べっしゅの恐怖を感じた。


 終始うかべていた挑発的で人をバカにするような笑みは消えた。


 縄張なわばりをおかされた獰猛どうもうなケモノのような目つきで、こちらを見すえている。うなり声を上げながら、今にも襲いかかってきそうだった。


 次に男が見せた行動は、異様さに違わず異常だった。ツメを立てた両手を広げ、一心いっしん不乱ふらんに飛びかかってきた。


 つかみかかってきた男の腕を、身をひるがえしてかわす。しかし、ギリギリでそでをつかまれ、その場に引き倒された。続けざまに、男がかみつかんばかりの勢いでおおいかぶさってくる。


 男のえりをつかみ取る。相手の腹へ片足を押し当て、巴投ともえなげの要領ようりょうで背後へ投げ飛ばした。ねらい通り、男の体がちゅうを舞った。


 地面をころげた勢いで起き上がり、すぐさま男から離れた。しかし、今度は右足首をつかまれ、つまづいたように倒された。そして、力まかせに地面を引きずられた。


 その時、あちこちから怒号どごうが聞こえてきて、観衆からの助けが入った。しかし、男は数人がかりで取り押さえられても、なかなかこちらの足を放そうとしない。


「フーッ、フーッ」


 血走ちばしった目をこちらに向け、興奮状態で荒々あらあらしい息づかいをしている。その執念は異常きわまりなく、表情に理性のかけらも感じなかった。


「大丈夫か?」


 ようやく男の手が引きはがされ、かけ寄ってきたスコットに肩を貸してもらう。


「またこの結末かよ」


 スコットがあきれ顔で言った。


「こいつ水の指輪しか持っていないぞ。どうして火の魔法を使えたんだ?」


 そんな言葉が耳に届き、男の指先に目を投じた。そこには赤い宝石が光っていたけど、他の人達には別の色に見えているようだ。パトリックが近くまでやってきた。


「どうしました?」


「あいつは廃村はいそんで出会った貴族きぞくがたゾンビです。誰かにあやつられていたようです」


「彼自身がそう言ったのですね?」


「はい。たぶん、あやつっていたやつはこの会場に来ています」


 すぐに探し出さなければと思い立った。会場脇の回廊かいろうまで走って行き、観衆達に目を走らす。一人一人へ入念にゅうねんに目を光らすも、逆にあやしむような目つきで見返されてしまう。


 小走こばしりに回廊をグルッと一周したものの、不審人物は見当たらなかった。建物の窓から見ていた可能性もあるか。一人で探さず、誰かの助けを借りるべきか。


 ふと西門のほうへのびる通路に目を移す。すると、コソコソと歩くあやしい人影が目にとまった。ローブを身にまとい、深々ふかぶかとフードをかぶった男が、ちょうど西棟にしとうを後にするところだった。


 それはアカデミーの研究員や役人によく見られる格好とはいえ、屋内おくないでフードをかぶるのはめずらしい。ためらいがちに回廊を振り返った後、直感を信じて男の後を追うことに決めた。


     ◇


 脇目わきめもふらずに通路をかけぬけ、西棟を飛びだした。城壁がすぐ近くにある。辺りを見回しても人影がない。こっち方面はあまり来ないので、勝手がわからない。


 少し行った場所に西門があった。前に西地区へ使いを頼まれた時、あそこを通ったことがある。急いでそこへ行き、守衛しゅえいの人に尋ねた。


「ローブを着た人がここを通りませんでした?」


「ローブは着ていなかったけど、今しがた、そっちから来た〈火の家系ボンファイア〉の人が通ったよ。何か急いでいる感じだったな」


「ああ。ラインが太かったから、たぶん辺境守備隊ボーダーガードの人だろう」


 辺境守備隊ボーダーガードの〈火の家系ボンファイア〉と聞いて、ラッセルの顔がパッと思いうかび、トレイシーと一緒に行方ゆくえがわからなくなっている話を思い出した。


 まさか、ラッセルがゾンビをあやつっていた男……? いや、ラッセルは優しくて人の良さそうな人だった。そんなことは信じたくない。


「ありがとうございます」


 守衛の人にお礼を言って、西門から市街へ出た。一度来たことがあるとはいえ、西地区には土地勘とちかんがなく、右も左もわからない。


 ただ、赤いラインの入った制服はよく目立つ。おかげで通行人から続々と目撃情報が得られた。相手は小走りに進んだり、細い路地ろじへフラッと入ったり、目的地がはっきりしない。


 確かなのは、中央地区方面へ向かっていることと、追跡をまこうとしていること。ゾンビをあやつっていた男にまちがいない。

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