思いがけない対戦相手(後)
◇
「違う違う。違うぞ、トリックスター。私が求めているのはこんな戦いではない」
男が起き上がりながら言った。わざと攻撃を受けた様子はなかった。強がりか負けおしみを言っているとしか思えない。
「さっきも言ったはずだ。私は魔法で遊ぶために来たわけではない。殺し合いをしに来たのだ」
どうしても
「君は思い違いをしている。私は何だってできるんだ」
男が
すぐに足をふみだした。迎撃の態勢をととのえながら、間へ割って入る。ところが、
「さあ、見せろ! お前の力を! トリックスターの
目の前で爆発的にふくれ上がった炎が、たちまち視界をおおいつくす。男の思うツボでも、だし惜しみをしている場合ではなかった。
なかば反射的に
すると、視界にとらえた男の顔つきが
終始うかべていた挑発的で人をバカにするような笑みは消えた。
次に男が見せた行動は、異様さに違わず異常だった。ツメを立てた両手を広げ、
つかみかかってきた男の腕を、身をひるがえしてかわす。しかし、ギリギリでそでをつかまれ、その場に引き倒された。続けざまに、男がかみつかんばかりの勢いでおおいかぶさってくる。
男のえりをつかみ取る。相手の腹へ片足を押し当て、
地面をころげた勢いで起き上がり、すぐさま男から離れた。しかし、今度は右足首をつかまれ、つまづいたように倒された。そして、力まかせに地面を引きずられた。
その時、あちこちから
「フーッ、フーッ」
「大丈夫か?」
ようやく男の手が引きはがされ、かけ寄ってきたスコットに肩を貸してもらう。
「またこの結末かよ」
スコットがあきれ顔で言った。
「こいつ水の指輪しか持っていないぞ。どうして火の魔法を使えたんだ?」
そんな言葉が耳に届き、男の指先に目を投じた。そこには赤い宝石が光っていたけど、他の人達には別の色に見えているようだ。パトリックが近くまでやってきた。
「どうしました?」
「あいつは
「彼自身がそう言ったのですね?」
「はい。たぶん、あやつっていたやつはこの会場に来ています」
すぐに探し出さなければと思い立った。会場脇の
ふと西門のほうへのびる通路に目を移す。すると、コソコソと歩くあやしい人影が目にとまった。ローブを身にまとい、
それはアカデミーの研究員や役人によく見られる格好とはいえ、
◇
少し行った場所に西門があった。前に西地区へ使いを頼まれた時、あそこを通ったことがある。急いでそこへ行き、
「ローブを着た人がここを通りませんでした?」
「ローブは着ていなかったけど、今しがた、そっちから来た〈
「ああ。ラインが太かったから、たぶん
まさか、ラッセルがゾンビをあやつっていた男……? いや、ラッセルは優しくて人の良さそうな人だった。そんなことは信じたくない。
「ありがとうございます」
守衛の人にお礼を言って、西門から市街へ出た。一度来たことがあるとはいえ、西地区には
ただ、赤いラインの入った制服はよく目立つ。おかげで通行人から続々と目撃情報が得られた。相手は小走りに進んだり、細い
確かなのは、中央地区方面へ向かっていることと、追跡をまこうとしていること。ゾンビをあやつっていた男にまちがいない。
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