パスタ会議(後)

     ◇


当面とうめんはそれでかまわないが、ものには限度がある。小麦の需要じゅようを拡大させるためには、全土ぜんどへパスタを普及ふきゅうさせる気概きがいが必要だ。僕らの手だけでそれを実現するのは難しい」


「でも、『忘れやすい人々』の問題があるでしょ」


 コートニーが言った。この国には、一週間以上前の記憶を保持ほじできない人達が多数住んでいる。


「そうか……。生産方法はおろか、調理方法まで忘れられたら目も当てられないな。忘れない人々を集めて、レストランを経営させたほうがいいだろうか」


 乾燥パスタの前に立ちはだかる壁は大きい。特段のアイデアが出ないまま、就寝しゅうしん時間がせまってきた。後片づけをして二階へ上がった。


 現実では夏休み中だから、以前より夜ふかしになった。ただ、規則正しい生活を送るコートニーに合わせているので、せいぜい一時間くらいだ。


 二階には寝る時以外あまり上がらない。巨大ベッドがスペースの大半を占有せんゆうしているし、日用品にちようひんや衣服を入れた物入ものいれが、所せましと床に置かれて足のふみ場もないからだ。


 いざ寝ようと、コートニーがランプに手をかけた時、ふいにロイが言った。


「明日にでも現実のほうで会わないか? ゆっくりと腰をすえて話し合いたいんだ」


「別にかまいませんよ」


「私も特に用事はありません」


 夏休みさかりの僕とスージーは即答した。


「明日は大丈夫かな」


 受験生のコートニーは塾の夏期講習があるため、少し考え込んだ後に同意した。


「その都度つど調べものができるように、図書館なんかどうだろう」


「ロイとコートニーは大丈夫なんですか? アレでいそがしいんじゃないですか?」


「受験勉強のことか?」


 ここまで親身しんみになって協力してくれるのはうれしい。けれど、受験生の二人は大事な時期だ。現実の生活にまで影響をおよぼすとなると心苦しい。


「明日は休みだけど、あさってからは五日続けて塾がある。異世界にかまけてもいられないが、今からこんをつめていたら、受験当日まで持たないからな」


「こっちにいる時は受験のことをきれいさっぱり忘れられるし、いい気分転換になってるのよ。その点ではウォルターに感謝してるの。こっちに参考書を持って来れるようにしてくれたら、何も言うことないんだけどね」


 コートニーが茶目ちゃめたっぷりにほほえんだ。


「僕も同じ気持ちだ。難点を一つあげるなら、こっちで新しいことをおぼえると、昨日勉強したことを忘れるような気分になることかな」


 何か、怖いくらいにやさしい。二人とも、前からこんなだったっけ。


     ◇


 翌日、高校にほど近い図書館に集合した。みんなとは、もう何週間も一緒に合宿しているようなもので、今や家族以上に長く顔をつき合わせている。


 とはいえ、現実のほうで会うのは久々ひさびさだし、やっぱり私服で会うと新鮮な気持ちになる。中で長々と話し込むわけにはいかないので、入る前にロビーで話し合いを行った。


「とりあえず、パスタの生産、販売に役立ちそうなことを徹底的に調べつくそう。それにこだわらず、異世界で役立ちそうなことも合わせて調べよう」


 参考になりそうな本を手分けして探し始めたけど、目的が同じなので、結局、同じ棚のそばに集まってきてしまう。


 真剣な表情で物色ぶっしょくするロイは、すでに三冊の本をかかえていた。その中の一冊は、産業革命のうんたらかんたらと題された、分厚ぶあつくていかめしい装丁そうていのものだ。


 フロアの奥にポツンと置かれた四人がけのテーブルを見つけた。近くに人がいないので、ここでなら多少会話しても問題なさそうだ。


 持ち寄った書籍を静かに読み始めた。


「これ、おいしそうじゃないですか?」


 パスタのレシピ本を楽しげに読むスージーが、となりのコートニーに話しかけた。


 しばらくして、ロイがスマホをいじりだした。わざわざ図書館に来た意味が失われるけど、そっちのほうが手っとり早いのは誰もが認めるところだ。


「やっぱり、向こうにトマトは存在しないかもな。南米原産で普及し始めたのは二、三百年前のことらしい」


「じゃあ、トマトソース系は全部ダメなんですね」


 スージーが残念そうに言った。そうなると、選択肢が相当せばまる。


「スパゲッティじゃなきゃダメなの? マカロニとかもあるでしょ」


「マカロニってあの太くて短い、たまにねじれているやつか。かたちを変えるだけなら〈梱包〉パッケージングで難なく対応できるかもしれないが、普及度を考えると、スパゲッティが一番経済的なんじゃないか」


 マカロニグラタンにマカロニサラダと目にしないことはないけど、実際、マカロニをふくむパスタが、スパゲッティの代名詞になっている。


「でも、マカロニならフォークでなくても食べられるでしょ」


「……それは一理いちりあるな」


「じゃあ、マカロニ関連のレシピ本も探してきます」


 スージーが元気よく席を離れた。


「事業として継続させるなら、ある程度元手もとでが必要だよな。事業なんて数年は赤字を覚悟するのが常識みたいだし。何かサクッともうけられる話はないか?」


「パスタのついでにフォークを売るのはどうでしょう」


「それはおもしろいな」


 軽い冗談のつもりで言ったけど、思いのほか好評だった。すぐさま、ロイがスマホで調べ始める。


「おっ、フォークはスパゲッティを食べるために発明されたらしい。どうりで存在しないわけだ。でも、すぐにマネされそうだし、深入りするのは危険かもな。さすがに、特許とっきょ概念がいねんはまだないだろうし」


 特許制度の歴史は結構古いという話だけど、きっちりと制度が整ったのは産業革命以後の話だろう。


「たくさんありましたよ」


 そうこう言っていると、スージーが戻ってきた。


「おっ、スゴいものを発見したぞ」


 ロイがスマホの画面に目を落としたまま、おどろきの声を上げた。


「高価な粉チーズの代わりに、パン粉をかけて食べる習慣が昔からあったらしい。小麦粉消費の面では一挙いっきょ両得りょうとくだな」


「スパゲッティにパンをかけて食べるんですか……」


「糖質オンリーメニューですね」


「ニンニクなどで風味をつける……、ニンニクはあったかな」


「パセリとか、適当なハーブで代替だいたいできるんじゃない?」


 最近、コートニーはスパイスやハーブにこっていて、毎日のようにスープの味が微妙に変わっている。


 庶民に日常的に食べてもらうことがゴールだから、パン粉をかけるアイデアは理念りねんにそっている。今日にも試してみることが決まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る