第84話、大人の事情

「結局、これで事のあらましは全て明らかになったと考えても良いのですか?」

「多分ね。ジョセフィンとオルトリンデがまとめてくれたレポートを読めば、不思議に思うようなことも特にないわね。まさかこんな面倒な事態に巻き込まれるとは思わなかったけど……」

 キキョウ会の会長である私への襲撃と誘拐。その理由を明らかにした情報班からのレポートを熟読した後のこと。

 久しぶりにフレデリカと私の部屋でゆっくりとした時間を過ごす。上物のウィスキーを舐めながらの話題は色気のある話じゃなく、やっぱり情報班が上げてきたレポートになってしまう。


 私は基本的に難しいことは苦手だ。必要があるなら考えるし実行もするけど、なるべくなら面倒なことはしたくない。細かいことを考えずに、邪魔する奴がいればぶん殴るくらいが一番いいと思ってるけど、世の中そう単純には済まないらしい。

 そのレポートの内容は雲を掴むような実感のない話だった。たけど私はジョセフィンたちを疑う気は全くないし、彼女たちがそう言うのなら間違いないんだろう。


「利権ですか。まさかそこまでの事態になっているなんて、予測は不可能ですね」

「まったく。情報班が上手くまとめてくれなかったら、話を聞いたところで理解は難しかったと思うわね」

 事の発端は王都。それも巨大な利権構造にあった。

 剣闘士が活躍する莫大な金の動く賭博場。王都の市民に留まらず、周辺都市や他国からも客が訪れ熱狂する大きな興行。

 カードやサイコロを使う、私たちが運営してるようなところよりもずっと多くの収容人数が集められる桁違いに大きな場所。

 それは闘技場だ。



 闘技場とは王都において莫大な金の動く、巨大な利権の総本山。しかも旧ブレナーク王国において闘技場の設置が許されたのは王都のみであったことから、国中の付随する利権が集中するといった構造だ。しかもそれなりの歴史があって、他国の闘技場よりも権威があるっていうおまけ付き。

 かつての事情から本来ならば、旧ブレナーク王国における闘技場の存在は王都の専売特許。しかし、ブレナークとレトナークの戦争によって闘技場はその歴史ある建物自体や周辺施設に至るまで軒並み倒壊し、それなりに時間が経過した今でも再建の目途が全く立っていないらしい。まぁ所詮は娯楽施設だし、他に優先することが山ほどあるんだろうけど。


 そうは言っても、それじゃあ困るって人たちがもちろんいる。甘い汁を吸いまくってた貴族や商人はもちろんのこと、中でも切実に困ってるのが闘技場の華である剣闘士たちだ。闘技場で戦うことで金を得る職業剣闘士。彼らは戦後も小さな規模の会場で細々と続けて来たらしいけど、実入りはもちろん比べるべくもないほどに大幅減。体を張った職業には到底見合わない収入になってしまった。


 ブレナーク王国という国家が滅びた後も利権に群がる人々によって、闘技場の興行は復興後の王都の専売特許としようとしてたらしいけど、戦前のような環境に戻すことが難航した。されどこれ以上、剣闘士たちを待たせることが不可能な状況に追い込まれたらしい。


 そこで白羽の矢が立ったのがエクセンブラ。

 エクセンブラは今やかつての王都よりも人口が多く隆盛を誇る。人口だけじゃなく資材は豊富に集まるし、なにより金が多く動く都市だ。もし闘技場が出来れば、かつてと比べても多くの甘い汁が吸えることは想像に難くない。


 侵略戦争終結後のほとぼりが冷めた頃、再び利権に群がってた連中が動き出した。彼らのような存在は、さっさと王都を逃げ出してた連中ばっかりだから、当然のように多くが生き残ってるし、むしろ戦死したのなんて全くいない。剣闘士はともかく、金にうるさい貴族や商人がこんな金儲けの可能性を捨て置くはずもない。


 新しい利権構造の構築と、ほぼ確実に儲けることが可能なエクセンブラでの闘技場の運営。成功のための条件が全て揃ってるように見えて、やっぱり問題があったんだ。

 それはまず、上級魔法や中級魔法を使える治癒魔法使いの不足。

 もちろん、いないわけじゃない。だけど、新たに建設する闘技場に回せる人員がいるほど、余ってるわけじゃなかった。


 剣闘士は身体を張って闘う職業だけど、通常は命まで賭けるわけじゃない。時には不慮の事故で命を失うことはあっても、なんせ魔法がある世界だ。即死でなければ魔法で何とかなる。特に上級魔法や中級魔法が使える治癒師がいれば、死亡率はぐっと下がる。闘技場においては絶対に欠かすことのできない人員だ。それも複数人に常時居てもらわなければならない。

 ところが現状、治癒師の需要は高まる一方でどこの都市においても引く手数多。新たに確保しようとしたって、そう簡単にできるもんじゃない。それが中級以上の魔法が使えるともなれば尚のこと。治癒師ギルドが動いたところで、十全な準備なんてできるはずもない。

 剣闘士からしてみたら、治癒師の確保はまさに死活問題だからね。そこがおざなりであれば、やる気も出ないだろうし運営に対しての不信感が募るだけだ。



 そんな状況の中、彗星の如く現れた新鋭の実力者集団であるキキョウ会。

 調査によれば武力に申し分なし。複数のフロント企業の経営による運営実績もある。そして、どこからか高位の回復薬を調達しているであろう事実。さらに未確認情報なれど、伝説の治癒師であるローザベルとも懇意であるとの噂。高位の回復薬の調達が事実であろうことから、噂の信憑性も高くなる。


 さらにだ。闘技場の建設予定地は、エクセンブラの北地区。ここは行政区がある場所で、裏社会の勢力からは一線を引かれる空白地帯。それも北地区の中でも東側の南端。そこはキキョウ会が傘下に収めたファミリーのシマの隣に当たる。付近一帯は、闘技場の建設予定地になることから、周辺には何もない辺鄙な場所だ。場所柄、キキョウ会が支配するには都合がいい。


 これらが全て事実であるなら、キキョウ会に闘技場の運営を任せることができれば万事うまくいく。

 闘技場は賭博場でもあるから、荒くれ者や裏社会の住人が多く訪れる。必ず起こるトラブルを収めるには武力が必要不可欠だし、手を出したらヤバいとの噂があるキキョウ会は、その名前や代紋だけでも抑止力になりえる。


 武力で鳴らすキキョウ会であれば、無頼者である剣闘士への睨みを利かせる役割としても申し分がない。

 古くからいる裏社会の組織とは違って面倒なしがらみもなくて、上層部としては取っ付きやすいという側面もある。

 女が支配する闘技場ってだけでも、珍しくて他国に対する良い売り文句にもなる。

 考え得る限り、キキョウ会という存在は都合が良すぎるほどに必要条件を満たしている。



 キキョウ会としてもなかなかに面白く興味深い話だ。闘技場のアガリから一定の割合を上層部に納めるだけであとは丸儲け。会場の警備や運営だけじゃなく、周辺に新たに作られる宿泊施設やら駐車場、飲食店なんかも牛耳ることができるから、さらに利益が膨れ上がる。

 周辺施設については、利権を他の組織に少しでも融通することで貸しを作ることだってできる。関係者一堂にとって美味しい、旨過ぎるほどの話だ。しかも周りの土地を今の内に確保しておけば、それだけでも莫大な金儲けだって期待できる。



 それでも確実に計画するなら、確かな情報が必要不可欠。都合の良すぎる存在に見えるキキョウ会でも、嘘が混じっていれば意味はない。ただ、キキョウ会の噂を確かめるには時間がかかるし、それで全てが判明するとも限らない。なるべく急ぎたい状況で余裕もない。

 ならば実利を元に真正面からキキョウ会と交渉を開始しようってことだったらしい。これは街の上層部や闘技場関係者の中でも一部の者しか知らない極秘情報だったらしく、私たちが知らなくても当然だ。


 ところが、それが気に入らない奴らがいたってわけ。今回の件は、その妨害工作。私を捕らえてキキョウ会の評判に泥を塗り、交渉というか恫喝によって、キキョウ会の秘密もついでに暴き出す。キキョウ会には謎の金属糸やインゴットの調達先があるとの噂だし、それを確保できればまた別に莫大な利権が生まれる。

 さらに、キキョウ会は女の集団。見目の良い女が多く在籍し、それに加えて実力にも申し分ないとなれば、利用価値は様々ある。配下に収めることができれば、権力者としてはこの上ない旨味がさらに追加される。交渉の道具にしてもいいし、自分たちが楽しんでもいい。

 ローザベルさんの存在が明らかになれば、その協力を強制して自分たちに従わせられるかもしれないし、治癒師ギルドに対しても大きな影響力を持つことができるだろう。


 かくして、キキョウ会を積極的に抱き込み利用しようとする派閥と、それを阻もうとする派閥ができ上がったわけだ。


 かつての王宮、ひいては王都の暗部を取り仕切るゲルドーダス侯爵家は、こうした一連の悪だくみをする旧態依然とした王都側の権力者たちやエクセンブラ側の協力者たちと結託すると、自前の実行部隊を使ってキキョウ会の会長である私を狙い、キキョウ会の排除を計画した。

 エクセンブラ側については一部の貴族は元より、商業ギルドの内部でキキョウ会に敵対してる派閥、裏社会からは予想外でも何でもないマクダリアン一家がその黒幕だ。裏社会の組織からは、五大ファミリーの一角である蛇頭会の名前も出てきた。なかなかにきな臭い。



「キキョウ会もユカリを始めとして有名人が多くなりましたし、実力はかなりのものに成長しましたしね」

「それでも五大ファミリーに比べたら、戦力はともかく組織力はまだまだだと思うけどね」

 元々はこれまでにもエクセンブラで闘技場建設の計画自体はあって、自前の治癒師や戦力を持つ五大ファミリーへの打診をする検討もしてたらしいんだけど、どこが仕切るのかで揉めることが確実視されて、結局は打診すら実現できなかったそうだ。


 万を超える客席が設置された闘技場は、巨額の掛け金が飛び交う莫大な利権の渦だ。五大ファミリーがそれぞれでやってる賭博場からのアガリだって比較にならない規模の金が舞い込む。

 どこだって自分のところのモノにしたい。そのためなら、何だってする組織がいくつも出てくるのは火を見るよりも明らかだ。

 まさに血で血を洗う抗争が勃発するのは確実。だからこそ計画自体はあっても、結局は上層部の中の議論だけで頓挫を繰り返してきた。それぞれに黒い繋がりなんかもあるだろうしね。

 それでももし闘技場の興行が実現すれば、街にとっても大きな利益となる。人が集まるエクセンブラで興行が実施できれば、巨万の富が約束されたも同然。利権に食い込む連中の懐にいくらか掠め取られたとしても、得られる税収は計り知れない。


 私たちキキョウ会が実務を引き受けたとて、リスクは五大ファミリーを中心とした裏社会の組織であることに変わりない。闘技場そっちのけで抗争なんておっぱじめられたら、興行どころの騒ぎじゃないしね。


 だけど、やってみる価値は十分にある。

 一大アミューズメントパーク構想を持つキキョウ会は、その実現のために金もノウハウもコネもまだまだ必要。これは構想の実現に向けての大きな橋頭堡足り得る、うま味のある話だ。

 問題が発生するならキキョウ会が全力で話をつけるし、場合によっては私自らが強引な手だって使う。五大ファミリーだろうが何だろうが、邪魔するならタダじゃ置かない。必要ならぶっ潰す。もちろん敵対するだけじゃなくて、利権の分配だってある程度ならばら撒く腹積もりもある。


 例えば闘技場を仕切るとなれば、そこには運営者としての椅子が必ず複数用意される。巨大な公共の施設の理事とか役員の椅子。表の看板としては上等な部類だろう。キキョウ会のための椅子は間違いなく用意されるし、そこにもう一つか二つ程度ならごり押しで用意させることはできるだろう。名誉欲を満たすには丁度いいし、それを餌にするだけでも食いつく奴はいるだろう。普通に理事や役員としての報酬も巨額になるだろうしね。


 私たちと五大ファミリーである程度の利権の分配ができれば無駄な争いは回避できるはず。回避したくないって勢力もあるだろうけどね。そこはもう実力で排除するしかない。というよりもまず間違いなく大きな抗争に発展することは目に見えてるけど、これはもうやるしかない。関係各位には覚悟を決めてもらう。やるしかないのならば、やるだけの話だ。いつものことよね。



「直接的な手段で事情も分からない内に巻き込まれてしまったユカリは災難でしたね」

「うん、だけどそれはもういいわ。二度とそんな気にならように徹底的に追い込むし、ついでにそれ相応のモノは色々と頂くつもり」

「ほどほどにしてくださいよ。王都は言わば敵地なわけですし、簡単に応援を送り込む事だってできないのですから」

 利権と金にまつわる悲喜交々の結果として、奴らの勝手で私が狙われて不愉快な目にあってしまった。その黒幕の首魁と思しき、ゲルドーダス侯爵家に報復しに行くのは当然の帰結だ。そんなわけで王都に行く。行くったら行く。


 本当は会長の私がわざわざ王都まで出張って直接乗り込むことには反対されたんだけど、そこはそれ。

 私は直接狙われて痛い目にあわされた借りを、この手で返したいからね。エクセンブラでの通常営業もあることから、多くの人数を王都に送り込めない事情もあるし、最高戦力である私が出るのは実は理にかなうところもあって戦力配分としては都合がいい。


「遠征に出るメンバーは本当にあれだけで良かったのですか? 戦力としては十分かもしれませんけれど、知らない土地での事ですし大丈夫でしょうか」

「私やフレデリカにとっては知らない土地だけど、知ってるメンバーも同行するし大丈夫よ」

 私以外の王都遠征メンバーは、まずヴァレリアとグラデーナ。それからオフィリアの遊撃班に、ワイルドエルフのアルベルトと獣人少女のミーアが率いる第三戦闘班。戦闘支援班からも人を出してもらうし、あとは情報室室長のジョセフィン自らが同行するし、情報班の若手も何人か引き連れる。これだけいれば何をするにも十分だと思う。

 以上のキキョウ会メンバーにプラスして、ゲルドーダス侯爵家の次男や王都に本家を持つ他の奴らをまとめて連行する。


 エクセンブラにはジークルーネを副長兼会長代行として残すし、戦闘班も第三戦闘班以外は丸々残る。人数が増えた遊撃班や戦闘支援班も、全員を連れて行くわけじゃない。エクセンブラでの業務に支障はない範囲に収まってるはずだ。私たちが一時的に抜けたところで問題ない。

 さらなる尋問や情報整理と並行して、シャーロットの刻印魔法開発も成果を上げつつあるらしいし、遠征の準備は着々と進められてる。


「さてと、もういい時間だしそろそろ寝よっか。朝の訓練はフレデリカも付き合いなさいよ。最近サボってるわよね?」

「あー、えーと、色々と忙しい身の上ですから」

「忙しいのは分かってるけど、その割には趣味の活動時間が多いようだけどね? まぁいいわ。王都に行く前に少し鍛え直すわよ」

「えー!」

「朝、遅れたらお仕置きだから」


 嫌そうなフレデリカを部屋から追い出すと、とっとと眠りにつく。私は寝起きだけじゃなく、健康優良児のように寝つきもいい。

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