第79話、オゴリノツケ

 私たちキキョウ会は、今日も新たに支配したシマの調査や傘下に加わった組との折衝で忙しい。

 さらには元々抱えてた事業計画も疎かにはできないし、全てに対応するメンバー一同の働きぶりは見事というほかない。特に事務班や情報班の非戦闘員の獅子奮迅たる働きぶりは賞賛に値する。もちろん、ボーナスも景気よく払ってるけどね。働きと成果には相応の対価を。当然よね。


 あれからおよそ季節が変わるほどの時間が流れたけど、やっと忙しさが緩和されつつある状況だ。

 会長である私も色々なところに出張ったりで、以前のようなゆったりとした時間はなかなか取れない。

 それでも稼ぎは大幅に増えたし、キキョウ会は活気に満ちてる。メンバーのやる気も十分で、特に若い子たちの張り切りようは微笑ましくも頼もしい。


 キキョウ会はあれからさらに人数も増えてるけど支配領域が増えた分、またまた人員不足に陥り気味だ。まぁこれはいつものこと。いくら人手不足といっても、必要な訓練や教育のハードルを下げるつもりは全くない。見習いや新人には早く一人前になるよう、頑張ってもらわないとね。


 それからエクセンブラの状況とは別にして、レトナークの内戦は小康状態になりつつある。

 当初は優勢と思われた新革命軍側が、エクセンブラで大敗北を喫した影響で勢いを失い、軍事政権側と拮抗した戦力になってしまったことが原因と思われる。

 両者は痛み分けの様相を呈す疲弊ぶりで、立て直すためにはかなりの時間が掛かるだろう。

 当面、大きな軍事的アプローチはない見込みだけど、レトナークの内政的には厳しい状態が続きそうだ。一体、いつまで続けるんだろうね。

 ま、私たちには関係ないし、関係が出てきそうならエクセンブラの住人たちが排除に動くだろうから問題ない。

 レトナークの住人たちには気の毒だけどね。ああ、また旧ブレナーク、特にエクセンブラへの移民、難民が増えるのかも。



 夕方、外出の準備をしてると、情報班のグレイリースに声を掛けられた。

「ユカリさん、出掛けるんですか?」

「うん、ちょっとね。遅くなる前には戻るから」

「そうですか。ヴァレリアさんは一緒じゃないんで?」

「ヴァレリアは別の用事で出てもらってるわ。どうかした?」

「いえ、ユカリさんなら心配ないとは思うんですが、ちょっと前から本部の周辺を嗅ぎまわってるのがいるみたいなんですよ。詳しい事はまだ分かってませんが、出掛けるんでしたら念のため気を付けて下さいよ」

 ウチの周りを嗅ぎまわってるのなんて、普段から幾らでもいそうなもんだけどね。様子見くらい好きにやればいいと思ってるから、私はあんまり気にしてないけど。

 気を付けるといっても引き籠るわけにはいかないし、誰が襲い掛かって来ようが一々気にする私じゃない。まぁせっかくの忠告だし、気は配っておこうか。油断大敵ね。

「問題ないと思うけど、一応気に留めておくわ」

「はい、くれぐれも」

 ほかの事務所に残ってた子たちにも見送られて外に出る。

 ……うん、確かにいつもより視線を感じるし、魔力感知でも周囲の不自然な身体強化魔法の使用者を確認できた。喧嘩ならいつでも買うし、別にいつもと変わらないわよね。



 今日は久しぶりに時間が取れて、服飾店のトーリエッタさんと一緒にディナーとしゃれ込んだ。近頃の流行について意見交換なんかをやったりね。

 近頃、北方の大国ベルリーザでは、男女を問わず帽子を取り入れたファッションが流行してるとかで、ここエクセンブラでもその影響を受けて徐々に流行りつつあるらしい。特に気にしてなかったけど、そう言われればそんなファッションの人をちらほらと見掛けたような気がしなくもない。

「へぇ、帽子か。そんなことになってんのね」

「そうなんですよ。それでユカリさんのファッションにも取り入れようかと思って、好みを聞きたいんですよ」

 なし崩し的に私の専属スタイリストと化してるトーリエッタさんだけど、まぁ会長の私がダサい格好してるよりはいいだろう。私よりもトーリエッタさんの方が圧倒的にセンスいいし。

 好みの帽子と言われても特にこれといった意見はなかったんだけど、どんな形が好きかとか、外套に似合いそうなのはどういったのか、なんてことをちょこっとね。


 帽子と言えば、私の中ではガルボ・ハット、いわゆる女優帽が一番最初に出てくるんだけど、果たして私の外套にマッチするのかどうか。エレガントなロングコートには悪くない組み合わせな気がしなくもない。

 キキョウ会には色んなタイプがいるし、それぞれに似合う帽子を被らせたら面白いかもしれないわね。

 ベレー帽、ハンチング帽、チロリアンハット、カウボーイハット、テンガロンハット、山高帽、カンカン帽、様々な種類の帽子を被った集団……微妙過ぎるか。


 偶にはこうした仕事とは無関係な雑談もいいもんよね。

 しばらくの時間ふたりで食事と会話を楽しんで、余り遅くなる前にお開きにした。

「ここは私が奢るわ。いつもキキョウ会のメンバーがツケにしてる店だし、ついでに精算しちゃうから」

「では遠慮なく、ご馳走になります。また近い内に店に寄ってくださいよ。いくつか似合いそうなのを試作しておくんで」

「うん、楽しみにしてる」



 店を出て少し歩くと、早くもおしゃれ帽子の人を発見。流行に敏感なのかな。

 トーリエッタさんと別れてからも益体もないことを考えながら歩いてると、妙な人の気配を感じた。

「……面倒ね」

 勘違いの線は薄いと思いながらも様子をみてたけど、どうやら少しずつ包囲されてるみたいね。


 慎重に移動しながら包囲網を作ってるみたいだけど、私の魔力感知は身体強化魔法を使ってる集団を完璧に捉えてる。ひょっとしたら、出掛ける前に感知した奴らと同じ連中かな。

 喧嘩をする気分じゃないけど、売られたんなら買うしかない。

 面倒なことはさっさと終わらせたい私は、相手が仕掛けやすいように人気ひとけのない方向を選んで歩く。


 繁華街から遠ざかった路地裏に入ってしばらく進むと、ぽっかりと開けた空間が現れた。

 何か建てる予定でもあるのか、建築資材と思われる物資があったり、砂利が山になってたりする。


 私を観察してる側からしたら、ボーっとしてるようにでも見えたんだろうか。急速に迫るりつつある気配。

 早速不意打ちを狙ったような背後からの攻撃にさらされた。分かってるから不意打ちにはなってないけどね。

 静かに勢いよく忍び寄る人影。私に対して接近戦を挑むとは大した度胸だ。少し揉んでやろうか。割かし機嫌のいい私はちょっとだけ遊んでやることにした。


 無言で後ろから突き出されたナイフを軽く体をそらして避けると、腕を掴んでそのまま勢いよく壁に向かって袖を引いてやる。ゴンッと壁に体当たりする間抜けがまず一人。頭を強く打ってくずおれる。

 次は左右、同時に上から飛びかかって来たのを一歩前に出るだけでギリギリ避ける。着地態勢の両者に向かって振り向き様、向かって右側の間抜けの足元に回し蹴りを叩き込む。打ち抜くように、そのまま左側の間抜けの足も回し蹴りで一息に刈り取る。回復手段がなければ立ち上がれないだろう。間抜けが二人追加。全員が覆面をかぶってて、間抜け面を拝めないのが残念だけどね。


 さて、次の間抜けはと思ったところで急激に体が重くなった。

「これは、阻害魔法か」

 魔法の行使が阻害されて、身体強化魔法の維持が難しくなる。これは中級魔法相当の阻害魔法ね。

 普通ならこの私には中級魔法程度の阻害じゃ問題にならないんだけど、今回は別だ。複数人に同時に阻害魔法を仕掛けられてる。これじゃいくら私でも対抗できない。阻害魔法の使用者を倒さない限り、この戦闘では魔法なしでやらなきゃならない。身体強化の魔法薬も今日は持ってないし参ったわね。


 このタイミングを計ったように、今度は正面から一人の間抜けが余裕をかましながら接近して来た。

「舐められたもんね」

 私を含め、キキョウ会のメンバーは日常的に戦闘訓練を怠らない。特に私は近接格闘術のスキル持ちだ。魔法が使えないこのハンデ、受け入れてやろうじゃない。

 覆面の身体強化魔法にものをいわせた、強引な一撃を丁寧に見極めて紙一重に回避する。まだまだ襲撃者はたくさんいる。さすがに魔法なしの状態だと、私も油断はできない。二度、三度と攻撃を回避したところで、業を煮やした間抜けが大胆に突っ込んで来た。だから間抜けだってのよ。

「ふっ!」

 相手の勢いを利用した背負い投げ。魔法なしだから手加減抜きで思いっきり、頭から地面に叩きつけてやった。

 この短い戦闘の間にも、対身体強化魔法ありの敵と自分は使えない状況に適応していく。次の奴はもっと楽に倒せる。

 その思惑通り、次の相手はあっさりと初撃をカウンターで地に沈めた。



 小さな開けた空間で、魔法が使えないハンデをものともせず、拳ひとつで敵を圧倒する。

 この状況を少しだけ楽しいと感じてしまったのは無理もないと思う。

 次々と襲い来る間抜けどもを立て続けてに倒して、そういえばなかなか終わらないなと思えば、最初に倒した間抜けたちを含めて、倒れたままの奴がほとんどいない。

 回復して戦闘に復帰してるのか。これじゃキリがないわね。


 気が合うのかどうか、相手側も同じことを考えたようだ。

 覆面の間抜け集団が、何か合図でもあったのか一斉に私から距離をとった。不要と判断してたのか、遠距離用の武器は持ってないようだし、魔法でなぶり殺しにするつもりかな、これは。


 そもそもこいつらはどこの誰なのか。

 このやり口は、そこらの組のただの構成員ではあり得ない。一切の無駄口を叩かないし、実力もそこらのチンピラなんてレベルじゃない。

 それに阻害魔法の使い手を複数揃えてるなんて準備が良すぎる。どこぞの組織お抱えの集団が入念に準備を整えたって感じね。複数のスキル持ちである私だから何とかなってるけど、一体誰に雇われたのやら。聞いたところで素直に答える連中じゃないだろうし、あとで情報班に探ってもらうしかないか。

 私には通用してないけど、こいつらの隠密行動や連携の練度は結構高い。その代わりに戦闘力はそれほど大したことない。身のこなしや戦闘スタイルからして、暗殺者や戦闘集団じゃなく、多少の戦闘もこなせる諜報員といったところか。多分だけど。

 とにかく、今の調子ならなんとか切り抜けられそうね。後のことはそれから考えよう。


 ブツブツと魔法を唱える声が微かに聞こえると、連携を図って少しずつ、着弾の位置やタイミングをずらしながら魔法を撃ち込んで来た。

 厄介な。同時に撃ってくれれば対処し易いものを。

 威力が高い魔法や衝撃の強い魔法は避けるけど、それ以外は外套の防御力に任せて攻撃魔法の雨を凌ぐ。


 このままじゃさすがにキツイ。奴らの魔力が切れる前に私の体力がなくなりそうだ。これだけ派手に魔法をぶっ放してたら、誰か様子を見に来そうなもんだけどね。

 とにかく誰かの救援なんて待ってられない。どうにかしたいけど、身体強化魔法なしじゃ速度で劣るから、こっちから近寄って殴りつけるのは無理だ。ならば。

「行けっ!」

 攻撃魔法を避けながらさりげなく拾い上げた小石を投擲すると、隠れるように様子見をしてた奴の額を綺麗に撃ち抜いた。

 素の状態の投擲だって、投擲術のスキル持ちである私にかかれば死の弾丸と化す。舐めるなよ。


 さっきの奴を撃ち抜くと同時に、阻害魔法が緩んだのが分かった。偶然だけど、阻害魔法の使い手を倒したらしい。あと二人、いや、一人でも阻害魔法の使い手を倒せれば魔法はなんとか使えると思う。

 この状況を打破するには、偶然でも何でも投擲で倒すしかない。私の狙いは正確無比。本命に当たるまでやってやる。幸い、小石はそこら中にたくさんあるし、とことんやってやるわよ。


 降り注ぐ攻撃魔法を避け、往なし、防ぎながら、隙を突いては小石を投擲する。いくら狙いが正確でも、分かってる攻撃には奴らだって対応する。ただ真っ直ぐに投げるだけじゃ、いくら剛速球といえど避けらるし防がれる。

 そこで活躍するのはまず、ノールック投法だ。視線を向けた先とは全く違う方向へ投げる不意打ち。これで何人か倒すも、本命には当たらない。


 私の投擲に恐れを為したのか、奴らも慎重に身を隠しながら魔法を使う。

 甘いわね。隠れても無駄だ。信じられない程の軌道を描く私の変化球からは逃れられない。そもそも魔力感知で奴らがどこに潜んでるかなんてお見通しだ。少々身を隠した程度でどうにかなると思うなよ。

 例え一撃で倒せなくても、少しでも隙を見せれば次の剛球で確実に撃ち抜いてみせる。



 一人ずつ徐々に、確実に仕留めていくと不意に阻害魔法の圧力が弱まった。あ、本命に当たったみたいね。よし、これで魔法が使える!

 ニヤリ。私は勝利を確信した。


「隊長、これ以上は持ちません。道具の使用許可を」

「……この戦力差で虎の子を使う羽目になるとはな。忌々しいが、やむを得まい。やれ」

 勝利を確信した直後、奴らが初めてまともに声を上げた。小声だったけど、地獄耳の私には丸聞こえだ。

 なんだろうね。切り札か。この状況で切れるカードはなんだろう。逃げるって感じでもないし。

 まぁいいわ。今の会話で隊長とやらの位置は分かった。次であいつを確実に倒す。そうすれば退却せざるを得ないだろう。


 魔法が何とか使えるようになったことで早速、身体強化魔法を発動。少々ぎこちないけど、何とか発動はできてる。

 ついでに鉄球も生成して、隊長とやらが隠れてる壁ごと撃ち抜いてやろう。


 私の考えをよそに、いつもより魔法の発動が遅れた分、奴らに先手を取られてしまう。

 ちっ、まずは防御ね。アクティブ装甲の複数展開で対応する。防いだら一気に終わらせてやる!


 派手な爆発に巻き込まれるけど、これが切り札じゃあるまい。

 できれば切り札を使われる前に終わらせたいもんだけどね。爆発系の魔法を使われると、爆炎とそれに付随した煙に盛大に包み込まれる。もちろんノーダメージだけど、多少の煙には巻かれてしまう。埃っぽくなるから勘弁して欲しい。


 はぁ。それにしても煙いし、視界が全く確保できないわね。風で散らすか。

 魔法を使おうとした時、視界が急速に狭まるのを感じた。

「あ、あれ……?」


 次の瞬間、私は意識を手放した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る