第52話、近況と研究報告

 めでたくキキョウ会の酒場が開店してから、早くも数十日が経過した。予想された嫌がらせや襲撃は、まさにその予想のとおりに起こった。

 警戒態勢が功を奏して、店内で暴れるのや因縁を付けてくるのは速やかに排除し、深夜の招かれざる客は何もやらせずに撃退。僅かな損害も、その場で身ぐるみを剥ぐなどキッチリと回収して先方の意欲を削いでしまう。


 特に営業中の撃退は、その圧倒的な強さと鮮やかさもあって一種のショーのような見世物と化し、客足が離れるどころか、むしろ見世物としてトラブルを期待されてる風潮すらあるらしい。

 相手方にとっては踏んだり蹴ったりよね。嫌がらせのつもりが、こっちの利益になってしまってるようじゃね。

 ソフィ曰く「いつも、ご協力感謝しております」ということらしい。


 花屋を任せたリリィは、最近じゃただ花をそのまま売るんじゃなく工夫が光るようになった。ちょっと前に私が試しに作ってみた素人臭いフラワーアレンジメントに興味を持って、今じゃ私よりも遥かに素敵な物を作っては売り物にしてるんだ。これがまた信じられないくらいに好評を博して、花屋は別に本店を構えようかと話を始めたところだ。


 ともかく売り上げは好調も好調。花屋も酒場も最初の頃よりは落ち着いたとはいえ、大きな利益をもたらしてくれてる。どっちもリピーターが多いらしいから、これから先の営業にも十分に期待していい。


 上げた利益はどんどんメンバーにも還元されて、キキョウ会メンバーはとにかく羽振りが良い。

 宵越しの金は持たねぇとばかりに、その羽振りの良さをバンバン発揮して使いまくるもんだから、キキョウ会は金払いがいいとまた評判になる。今のところウチが関わるところには、好循環が生まれてる状況ね。


 問題はそんなキキョウ会メンバーに対する誘惑が多いこと。その内に厄介事が起こることは避けられそうにないのが気になることかな。

 あとは禁止してる賭場への出入りの解禁を求める声が多くなってきたこと。うーん、どうしたもんか。


 それから状況の変化として、サラちゃんと元少女愚連隊に属してた幼少組は、エクセンブラの学校に通わせることに決めた。

 ソフィと本人たちの意向も聞いた上での決断だ。

 これは私からの提案で、キキョウ会のみんなも大いに賛成してくれた。幼少組には広く可能性を残してあげたい。

 不安なのは、これまでウチで施してきた英才教育が、学校でどんな影響を及ぼすかってこと。知識は偏りがあると思うし、おそらく同年代にはいないだろってくらい鍛えちゃってるからね。心配だ。



 順調なのは良いことだけど、そうなればより多くの人を呼び込むことになる。順調なキキョウ会を知れば、またウチに入りたいという、じゃじゃ馬や跳ねっ返りが出てくる。

 そうじゃなくても、身寄りのないのや食いつめ者なんかもやってくる。

 余裕があるとはいえ、前みたいに一気に大人数を全面的に受け入れるのは難しい。それでも、なんとかしてやれる余地くらいはある。特に見込みがあるようなら以前と同じく覚悟を問うて、問題ないなら見習いとしてキキョウ会に加わることだって許してる。それがダメでも、今なら仕事の面倒くらいは見てやれるしね。


 見習いへの教育係は、私たち初期メンバーが付きっきりでやる必要ももうなくなった。面倒見のいいグレイリースや元貴族のお嬢辺りが率先して引き受けてくれるから、その辺も楽なもんだ。

 調子に乗ったわけじゃないけど、門前払いにするのはもったいない意外と根性あるのが集まってきてて、キキョウ会の見習いはまた多くなりすぎてるのが新たな問題かもしれない。

 キキョウ会本部がちょっと手狭になってきてるのは事実だし、支部の構想は早めに着手すべきかもしれない状況だ。


 新人たちも、もう『新人』とは言えないくらい馴染んできたし、任せられることも多くなってきた。

 戦闘班志望も及第点をあげられるくらいにはなったし、そうじゃないメンバーも各人で役割を見つけて頑張ってくれてる。

 そうそう、面白い魔法適正やスキルの持ち主も、宝の持ち腐れ状態から脱しつつあって、これから先の展望に繋がってる。例えば、刻印魔法とか影魔法とか交渉術とかね。


 新人たちの活躍の機会が増えたお陰で会長の私は少しずつ暇な時間が増えてきた。

 今も事務所で剛槍を手に持って、魔法の修練中だ。何の意匠も施されてない剛槍に、精緻な花の紋様を少しずつ刻み込んでいく。こうした試みは、高度なイメージの具現化能力と、高度な魔力操作が伴わなければできない芸当だ。

「相変わらず器用な真似をするもんじゃ」

 どこか呆れたように言うローザベルさん。

 そんな彼女も複合回復薬の実験中で、机の上には私が作ってあげた水晶ビンがいくつも並べられてる。

「お姉さま、いつ出発しますか?」

 ヴァレリアは暇そうに私の魔法を眺めながら、今日の予定を急かす。今日はこれから図書館に行く予定なんだ。

 個人的な研究資料やメンバーへの教材として何かないか探しに行くんだ。暇じゃないとできないことよね。

「そうね、そろそろ行こうか。じゃあローザベルさん、留守よろしく」

「土産はロールケーキでいいぞ」

 しょうがないと頷いて、待ちかねてたヴァレリアを伴って図書館に出発した。



 図書館は行政区の入り口付近にあって、私はすでに何度かきたことがある。

 入り口でレコードの提示をしてから入館だ。

 広い館内には出版が盛んであることを示すように、多くの書架に数え切れないほどの本が詰め込まれてる。

 その中から、応用魔法学、実践魔法理論、伝承魔法の系譜、ロマリエル山脈冒険記、未踏領域と魔海、亜人の国の旅温泉編、などといった書籍をリストアップしながら机に運んでは読んでいく。雑多な種類だけど気になる本には目を通しておきたい。もちろん、一気に全部は読めないから、残りはまたの機会ね。

 その他、雑誌から最先端ファッションカタログ、ゴシップ誌なんかも少しだけチェック。遠い異国の活劇譚には胸が躍るものがある。ゴシップ誌だから、多分に誇張されてはいるんだろうけどね。久しぶりに見たベルリーザの《悪姫》は今でも変わらず活躍中らしい。


 ヴァレリアは昔の海賊をモチーフにした創作小説がお気に入りのようで、何巻もあるそれをずっと読みふけってた。人が夢中になってるものは気になってしまう。私も今度読んでみようかな。

 ちなみに図書館とはいっても、本の貸し出しはしていない。館内で閲覧するだけに限られてるから、持って帰れないのが不便と言えば不便かな。まぁどうしてもってのがあれば、図書館じゃなくて本屋で買えばいいんだけど。



 図書館の退館時間まで居座って、夕食をヴァレリアと食べてから本部に戻る。

 あ、ロールケーキ忘れてた。

 事務所に入ってローザベルさんには次に埋め合わせすることを約束しながら談笑してると、珍しくフレデリカが興奮した様子で自室から事務所に入ってきた。

「ユカリ! ついにやりましたよ!」

「ちょっと落ち着きなさいよ。なにをやったっての?」

 紅潮した顔に掛けたメガネを忙しなくいじりながら勢い込んでくる。普段は落ち着いた雰囲気の奴なのに、こうなると鬱陶しい。

「これが落ち着いていられますかっ! 魔法ですよ、魔法! 第五級の鑑定魔法が使えるようになったのです!」

 そう言えば練習しろってプレッシャー掛けてたわね。一段階上の魔法が使えるようになったのか。やるじゃない。

「ほう、中級魔法が使える鑑定魔法使いともなれば、引く手も数多じゃろうて。転職でもするのか?」

「そんなわけないじゃないですか!」

 そこそこ稼げそうな真っ当な職業への道をあっさりと否定した。さすがは心の友。

「フレデリカ、良くやったわ。さっそくアレの鑑定してみる?」

「ええ、やってみましょう!」

 魔法封じの腕輪の仕組みを解き明かすためってのが、レベルアップの切っ掛けだったからね。よし、早速やってみよう。


 ポカンとするみんなをほっといて、私の部屋に移動した。ヴァレリアだけは一緒にくっついてきたけど。

「これよ」

 ずっとしまったままだった魔法封じの腕輪を渡してやる。

「前にも言いましたけれど、詳細鑑定までは無理です。でも大まかな魔力の流れから構造は分かると思います」

 鑑定魔法の細かな違いは私にはよく分からないけど、知りたいことが知れるなら、この際それはある程度でも構わない。全然わからないよりは、遥かに前に進めるんだ。

 ちょっとでも取っ掛かりが掴めれば、それをヒントにして独自に研究もできるしね。



 後日、フレデリカの鑑定とその後の私の研究によって、魔法封じの腕輪の仕組みが明らかになった。

 まず魔法封じの腕輪自体は、魔法や特別な道具なしだと頑丈過ぎて物理的に破壊することは難しいということ。

 それからこの魔道具の特徴は、腕輪の中の魔石から極微量の特殊な波形の魔力が、装着者の身体に常時流し込まれてる状態になること。

 この流し込まれる魔力に邪魔されて魔法が発動できなくなるって寸法だ。しかもその魔力は装着者自身から魔石に補充されるっていうね。


 魔力は波のように体を巡る。腕輪から流される魔力の波形を特定することができれば、それを打ち消す波形の魔力をコントロールすることによって無効化が可能なはずだ。理論上はね。

 極めて精緻な魔力感知と魔力操作の技量が要求されるけど、理屈さえ分かれば実行できるようになるまで訓練あるのみ。


 こうして魔法封じ破りの方法が分かったわけだ。難しくともやり方さえ分かってるなら、できない道理はない。

 机上の空論、その言い訳はできなかったときに使わせてもらおうか。

 そういえば阻害系の魔法はこの理屈で成り立ってるのかもしれないわね。魔法封じが破れるようになれば使えるかもしれない。いつか試してみよう。


「魔法封じ破りだって?」

「そんな事ができるんですか?」

「いやいや、いくらなんでも無理だろ」

「でもユカリのやる事だからなぁ」

「お姉さまならできます!」

「ふーむ、興味深いのう」

「ははっ、また面白いことやってるな」

「会長、あたしもお手伝いしますよ!」

「もしできるようになったら凄いですよね」

 仕組みが分かったから、キキョウ会の暇そうにしてたメンバーに話してみれば半信半疑もいいところ。

 私だけじゃなくて、みんなにもできるようになって欲しいんだけど。

 まぁ、当の私ができるようなってからでいいか。

 その時には実例があるんだから、スパルタでできるようになるまで特訓だ。

「姐さん、ちょっと顔が怖いんですけど」

 決意も新たに、新しい課題に取り組む。これはこれで楽しいものだ。

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