第47話、喧嘩のやり方

 キキョウ会は急速に拡大する新興勢力だ。そのことに私たちは無自覚過ぎたのかもしれない。

 私を含めて初期からのメンバーはノリと勢いだけでやってるところが往々にしてあるし、金が好きで自由が好きで気に入らなければぶちのめし、助けたければ気の向くままに助けて、それはそれは好き放題に生きてるように見えることだろう。


 そんなキキョウ会が構成員を増大して戦力の拡大中となれば、各所から注目されるようになるのも当然のこと。それも裏社会の側から見たら、悪い意味で。

 エクセンブラには大規模から多くの中小規模の反社会的な組織が存在してる。

 自分たちが如何に注目を集めてるか。警戒されてるか。私自身も含めて、随分と甘く見てたのかもしれない。



 蒸し暑い夜の自由時間。

 見習いから昇格したばかりの新入りたちも大分慣れてきて、夜に出歩くのも増えてきた。警戒はしつつも、今まで何事もなく過ごせてたことも油断を招く要因だったに違いない。


 いつものように本部で雑談に興じてると、慌ただしく玄関がどんっと開かれた。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、か、回復をっ! 早くっ!」

「い、急いでくれ!」

 外に飲みに行くと言ってたボニーとポーラが、事務所に駆け込むなり大声を上げた。何があったか一目瞭然。

 出掛けてた新人が二人、ボロボロの状態で抱えられてる。

「と、とにかくこっちへ!」

「おいおい、大丈夫かよ。こらっ、死ぬんじゃねぇぞ!」

「……何があった」

「これは、酷いもんじゃな」

 一目見ただけで重症だと分かる。手足に負った深い裂傷や骨折。特に頭部の打撲痕は、明らかに殺意が見られる。ローザベルさんとコレットさんがすぐに治癒魔法で処置を始める。


 キキョウ会の外套を着てたお陰か、ボディへのダメージは少なくて幸い命にも別状はない。気を失ってはいるけど、すぐに目を覚ますだろう。

 全員に非常時用の超複合回復薬は持たせてるはずだけど、ボニーとポーラは飲みに行く時に持ってくのを忘れてたみたいね。あとでお仕置きだ。新人は戦闘中に使ったのか、空になった水晶ビンがポケットに入ってた。放り捨てずに取っておくなんて律儀な子たちね。


 命に別条がないことが分かって、ひと段落してから事情を聴いてみる。

「ボニー、ポーラ、何があったの?」

「ああ、詳しい経緯はあたしらじゃ分からねぇが、あいつらをヤったのはロジマール組の奴らだ。代紋付けてやがったから間違いねぇ。あたしらが見つけて駆け付けたら、尻尾巻いて逃げやがった!」

「くそっ、あいつら! 絶対に許さねぇ!」

 ボニーとポーラによれば、新人の二人は大勢に囲まれて攻撃されてたんだとか。

 遠目から見て、新人も必死に抵抗してたらしいけど多勢に無勢だ。その状況で抵抗する根性は褒めてやりたい。ボニーとポーラが到着すると、安心したのか気を失ったらしい。

「……ボニー、ポーラ。とにかくお陰で助かった。そいつらはキッチリと型にハメてやる」

 グラデーナはいつものニヤニヤ笑いもせずに、珍しく真剣な顔つきだ。激しい怒気を押さえつけてる。

 あの新人たちは、特にグラデーナを慕ってた戦闘班志望だ。それなりの交流もあっただろうし、姉御肌のグラデーナには思うところもあるだろう。押さえつけてても怒気が伝わってくる。

「ユカリ、ここはあたしに任せてもらうぜ」

「いいわ。みんな、この件はグラデーナに預ける。人選もやり方もグラデーナに任せるから、他のみんなは協力しなさい」

 真剣な顔や不敵な顔でここにいるメンバーは頷いてみせる。


「ジョセフィン、手間かけるがロジマール組の情報を教えてくれ」

「はいよ。バッチリ分かってますから、思う存分やってきてくださいよ」

 ロジマール組は今の私たちよりも小規模で、構成員は二十人程度。私たちが警戒するような強者もいないらしい。動機は聞いてみないと分からないけど、新興勢力のキキョウ会に釘でも刺したつもりなんだろうか。

 それにしてもウチとは今まで特に関わり合いもなかったはずなんだけどな。

「……大した組じゃねぇ。その程度なら五人もいれば十分だな。叩き潰すぞ。ボニーとポーラは当然行くよな? あとは」

 血気盛んな戦闘班がみんなして立候補するも、ジークルーネとヴァレリアが一瞬早かった。

「早い者勝ちだな。ジークルーネ、ヴァレリア、行くぞ」

 すぐに乗り込むぞと、慌ただしく装備や回復薬の準備を整え始める。

「あ、それとロジマール組の位置だったら屋上から見えますね」

「じゃあ私たちは屋上で寛いでるから、もし救援が必要なら合図しなさい」

 殺風景だった屋上はリリィに管理を任せるようになってからというもの、空中庭園とも評すべき憩いの場と化してる。そこで寛ぎつつ見守っておこう。

「おう。応援は必要ねぇと思うが、もしものときには頼むぜ」

 そうしてると、気絶してた新人が揃って目を覚ました。

 キキョウ会の本部にいると分かると安堵した様子で、その後の状況をポーラから神妙な様子で聞く。


 一通りの状況を聞き終えると、新人たちは互いに頷き合ってから嘆願してみせた。

「あのっ! 自分たちも一緒に行かせてください! 戦闘班志望として、姉さんたちに任せきりになんてできません!」

 あんな目に遭いながらも、戦意を失ってないなんてね。これは有望な新人かもしれない。私とグラデーナも向き合って頷く。

「ユカリ、実地研修だ。ついでに他の戦闘班志望も連れて行くぜ」

 事務所内には大勢の新人もいて、ずっと様子を窺ってたんだ。これに向かって呼びかける。

「聞こえてたわね? 戦闘班志望はグラデーナに同行しなさい!」

 緊張の面持ちで急遽、実戦に向かう準備に走る大勢の新人たち。

 この経験でひと皮むけるのもいるだろうし、無理だと思うのもいるだろう。どうするかは本人次第だ。


 全員が準備を終えると、グラデーナから新人への訓示が始まった。

「新人は手を出さなくていい。あたしらの戦いを良く見ておけ。鉄火場は初めての奴もいるだろうから、今回は空気だけでも感じておけ。今日でロジマール組は終わりだ。あたしらで終わらせる。キキョウ会に手を出したことを死ぬほど後悔させてやる。行くぞっ!」

 グラデーナを先頭に、ボニー、ポーラ、ジークルーネ、ヴァレリアが完全武装で出撃すると、新人たちは興奮と緊張と不安の混じった顔でそれに続いていく。

 さて、私たちは屋上で、もしものときに備えようか。



 ぞろぞろと屋上に移動すると、ジョセフィンがロジマール組の場所を教えてくれる。

 ふむ、確かに見えるわね。身体強化魔法を使えばかなり鮮明に見ることができるから、何かしら合図があればすぐに分かりそうだ。

 空中庭園と化した屋上で、本部に残ったメンバー全員が花を愛でることもせずロジマール組に注視する。

 しばらく経つと、ジープで乗り付けるグラデーナたちが到着したのが見えた。

 こっちに視線を送ってくるヴァレリアにひとつ頷き返すと、すぐさま入り口を豪快に破壊しながら中に突入していった。


 建物の中に入ってしまうと、外にいる私たちに状況は掴めない。

 時折窓が破壊されるのが確認できる程度ね。どうなってるのやら。


 そのまましばらく見守り続けてると、キキョウ会の外套を纏った一団が、妙に慌てた様子で入り口から表に出てきた。新人たちだ。

 その直後、上階の壁を突き破って放り出された墨色の外套。まさか、やられてる?

 上手く着地はしたものの、ダメージはあったのか素早く回復薬を使ったのが見えた。あれはポーラね。

「ジョセフィン、なんか苦戦してるみたいだけど」

「……おかしいですね。新戦力でも入ったかな」

 常に最新の情報を持ち続けるのも難しいから責めることはない。きっとロジマール組の新戦力か、たまたま居合わせた強者か。

 壊れた壁からグラデーナたちも飛び下りてポーラと合流する。新人は下がるように指示されたのか、揃って大きく距離を取った。まだこっちに合図はない。このまま様子を見よう。


 のっそりとした物腰で、巨大な槍を持った男が姿を現す。上階からキキョウ会のメンバーを見下ろしてるわね。なるほど、あれは強そうだ。

 だけど、相手はそいつだけ。たった一人。

 槍男は上階から飛び下りつつ、その巨大な槍をグラデーナに向かって振り下ろす。ここまで聞こえてきそうな激しい衝突だけど、グラデーナは堪え切った。

 それを横目に徐々に包囲するキキョウ会メンバーたち。


 意外な粘りと包囲陣形に余裕がなくなったのか、槍男はさらに猛然と攻めかかるものの、グラデーナも必死の守りでギリギリ踏みとどまる。でもこのままじゃ、やられるのは時間の問題ね。それもすぐに。なのにその間、ジークルーネたちは見守るだけで手を出さない。

 槍男も周りの様子にタイマン勝負と思ったのか、即座に片付けるべく、グラデーナに集中する。おそらくはグラデーナを突破したら逃げるつもりだろう。バカめ。


 槍男が周囲にいるジークルーネたちから少しだけ意識をそらした瞬間、ヴァレリアが投擲した私特製のマヒ毒付投げナイフは、槍男が着込む革鎧の継ぎ目から腰の辺りに突き刺さる。

 驚愕し致命的な隙をさらした槍男は、容赦なくグラデーナに腕を切り飛ばされた。

 すかさずボニーとポーラが駆け寄ると、足を蹴り砕いてから痛めつけていく。これじゃもう逃げられまい。ジョセフィンが把握してなかった男だし、貴重な情報源だから確保しないと。

 まだ魔法への警戒は必要だけど、こうなっては降参するだろう。抵抗するなら容赦しないことくらいもう分かってるはずだ。


 ジークルーネとヴァレリアがその場に残って槍男の見張りに付くと、他の三人は建物の中に引き返していく。

 残りを片付けるのか、別の情報源の確保に行ったんだろう。

 少しして、ボニーがボロ雑巾みたいのを引き摺りながら入り口から姿を現した。

「あれはロジマール組の組長でしょうね。変わり果てた姿ですが」

 ジョセフィンが補足してくれる。

 ロジマール組はもうお終いね。知ってることを吐かせて慰謝料の請求だ。その後はキキョウ会の宣伝でもしてもらおうか。ウチの武威を示す生き証人ってやつだ。



 ここで想定外なことが起こった。

 遠距離からの魔法を事前に察知することは難しい。目にしたのは高威力の火炎系の攻撃魔法だ。

 ロジマール組の前、キキョウ会のメンバーや捕らえた男がいる範囲全てに次々と降り注ぐ。不意打ちにも関わらず、ジークルーネたちは直前に気づいてたのか、新人たちも含めて咄嗟に外套で頭を覆い隠しながら伏せてやり過ごす。

 あの外套の防御力なら問題ない。問題があるのは、捕らえた男たちの方だ。あれじゃ無事で済むはずがない。むしろ火炎の魔法は男たちに集中してるようにすら思える。

「……口封じ、ですね」

「そうとしか思えないわね。でも何に対して? ロジマール組は誰かから頼まれてウチの新人に手を出したってこと? それにしても敵の動きが早すぎる。今日のウチからの襲撃は、あらかじめ計画してたことじゃないわよ」

「まぁウチは色々なところから監視されているでしょうし、早々に手を打たれたってところですかね」

 なるほど、それはありそうね。監視されてるってのは気持ち悪いけどね。これも名を上げてきた代償、有名税ってやつかもしれない。

「ここからじゃ、どこから魔法を使われたのかも分からないわね。追跡は無理か」

「今回の件、ロジマール組が単独でキキョウ会を狙ってやったわけじゃないってことはハッキリしました。調査は続けますけど、黒幕を暴くのは難航しそうですよ?」

「敵もさるもの、気長にやって」

 まだまだ分からないことだらけだけど、今はそれで構わない。ジョセフィンたちにだって限界はあるしね。


 新人が狙われるのは許しがたいけど、そう頻度は高くならないと踏んでる。

 今回、ロジマール組を壊滅させたことで、他の中小規模の組織はキキョウ会に手は出し難くなっただろうからね。ロジマール組にも生き残りはいるし、そこから今回の件は裏社会に知れ渡るはずだ。どこの誰だろうが、ウチに手を出してタダで済むと思うなよ。



 事務所でグラデーナたちの帰りを迎える。

 今回は新人も同行してたし回復薬は潤沢に持たせてあったから、それを使って全員無事に帰ってきた。

 人的資源に問題はなかったけど、代わりにジープが焦げまくってるらしい。一応、動作には問題ないらしいけどメンテは必要だろう。

「ユカリ、これは土産だ」

 グラデーナから剛槍を渡された。槍男が持ってた奴ね。最近はよく槍を使ってるから、それで持ってきてくれたのか。

「その槍なら、お姉さまの装備として合格です」

 よく分からないけどヴァレリアのお眼鏡には適ったらしい。


 実際、ミスリルよりもワンランク上のかなり良いものだ。穂先も真っ直ぐで一本の棒のようにも見える、かなり太いけどシンプルな槍だ。

 私は槍術の真似事を始めたわけじゃなくて、槍投げにハマってるだけなんだけどね。

 他にも慰謝料として金目になりそうな魔道具を回収してきてもらったけど、ジープの修理代にも足りるかどうか。このツケは火炎の魔法を使った奴にいつか払わせよう。



 喧嘩なんて勝てる方法でやればいい。

 男が重視するメンツなんて私は特に気にしてないし、ましてやキキョウ会は正義の味方ってわけでもない。


 素手が無理なら武器を使う。道具も使う。

 正面からが無理なら、不意打ちでも闇討ちでもすればいい。

 それでも無理なら数で攻めるし、弱みだって握ってやる。他にもまだまだ手段はある。

 卑怯? それは負け犬の言い訳ね。


 喧嘩上等、売られたなら買うのがキキョウ会だ。ただし、覚悟はしてもらう。

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