第46話、見えない敵と順調な日々
六番通りに秩序がもたらされるようになって、どれくらい経っただろうか。
その恩恵がタダじゃないってことくらい、職人や商人連中だって分かってるはずだ。
このままキキョウ会のことを無視し続けるようなら、こっちから話しに行くしかない。その場合には、ちょっと厳しい対応にならざるを得ないわね。一応、トーリエッタさんからは、六番通りの重鎮たちには話が通ってると聞いてるけど、向こうからのアクションは未だない。なにを考えているのやら。
そろそろ見習いたちも仕上がりそうだし、六番通りの支配は明確にしておきたい。事実上、キキョウ会の支配下にあることは、今じゃ誰でも分かってることだけど、六番通りの代表と取り決めをしないと、みかじめの徴収も思ったようには進まない。勝手にやってもいいんだけど、頑固な職人連中に反発されるのは面倒だからね。スジは通しておくべきだろう。
六番通りに開店させるキキョウ会直営の酒場もそろそろ準備したいし、いい加減潮時ね。
ある夜、キキョウ会の正規メンバーが勢揃いする前で宣言する。
「明日、六番通りと話をつけるわ。キキョウ会の実績はもう十分。文句は言わせない」
「おお、ついに来たか」
「また忙しくなるな」
新たな局面にメンバーも勢いづく。
「明日は六番通りの主だった店主が勢揃いする会合が開かれる。そこにキキョウ会が行くことは、すでにトーリエッタさんから通告してもらってあるわ」
服飾店ブリオンヴェストの店主であるトーリエッタさんには、随分と手間をかけさせてしまってる。そっちの意味でも、これ以上の引き延ばしは許さない。明日で決着をつけてやる。
気合いを入れる私にジークルーネの思案気な目が向く。
「ユカリ殿、ここは我々だけで行こうと思う。会長がいきなり出張ったのでは、向こうが付け上がることにもなりかねないからな」
「それが良いでしょう。交渉はわたしとジークルーネで予定に沿って進めます。戦闘班は護衛として同行してください。それだけで大きな圧力になりますから」
ふーむ、私は自分でやるつもりだったけど、そう言うなら任せようか。
フレデリカとジークルーネなら間違いない。彼女たちがしくじるなら私がやってもダメだろうし。交渉の場に戦闘班も出張るとしても、本部と稲妻通りの戦力は私と見習いたちがいれば十分だ。
「分かった。じゃあ、みんなに任せるわ。断固として明日で決めてきて。もちろん友好的に取り決めができれば文句はないわ。だけど、それが叶わないなら、その場でどう判断してもいい」
まさに全権を任せる。厳しい雰囲気では臨んでもらうけど、これまでのキキョウ会の実績をもってすれば、色よい返事が期待できると思ってる。
よし、後は明日だ。
翌日、六番通りとの交渉に向かうメンバーたちを送り出す。
残った私はいつものように自己鍛錬に精を出し研鑽に努める。見習いたちも今日は外へは出かけず、本部待機だ。私と同じように鍛錬したり、休息したりとそれぞれ過ごす。
いつもより長く感じる時間を過ごすと、夕暮れ時に出かけたメンバーが帰還した。
開口一番、ジークルーネが渋い顔で報告を始める。
「ユカリ殿、横やりが入った」
……どうやら上手くいかなかったようね。
「どういうこと?」
言い渋る六番通りの代表を言葉巧みに、時に脅しながら、時間をかけて話を聞き出したらしい。それでも全てを吐かせることはできなかったようで、推測も混じる。
まず分かったのは、横やりを入れてるのは商業ギルドだ。ジャレンスとは別の派閥がキキョウ会と六番通りの関係に横やりを入れてるらしい。
その誰かが六番通りの重鎮たちに対して、キキョウ会と手を結ぶなと圧力を掛けてる。
六番通りとしてはエクセンブラを代表する商業ギルドは無視できない。六番通りの各店舗は商業ギルドの傘下でもあるから、事情は理解できなくもない。
どうやらそのせいで、今までもキキョウ会を無視するような形になってたらしいわね。
トーリエッタさんのような六番通りの重鎮じゃない商店主や工房主たちは、キキョウ会の傘下に入ることに積極的に賛成してるらしいんだけど。そこだけは明るい材料か。
「あの連中、何か弱みでも握られるのか、やけに歯切れが悪かったな」
「ウチと商業ギルドとで板挟みになっているみたいでしたね」
最近は商業ギルドに行くこともなかったけど、理事であるジャレンスとは友好的な関係だ。商業ギルドも一枚岩じゃないから、ジャレンスとは距離があって、尚且つ同等以上の立場のギルド員が今回の黒幕かな。問題は誰が何の目的でってことになるわね。
商業ギルドがキキョウ会と敵対して得することは特にないはずだ。
六番通りからギルドへ納められる金はあるけど、それはキキョウ会とは無関係な金だ。ウチへのシノギだって、商業ギルドが気にするほどのことじゃない。用心棒代なんて当たり前に存在してるんだから、対立する理由にならない。完全に無用な対立だ。むしろキキョウ会のお陰で六番通りの秩序が保たれて、安定した商活動ができてるんだから、文句を言われるどころか礼を言われてもいいくらいのはず。
「敵を見定めるわよ。ジョセフィン、最優先でオルトリンデと調査を」
ジョセフィンは頷いて、即行動のため出ていく。オルトリンデはここにはいないから、どこかで合流するんだろう。
「敵の排除まで待てないわ。フレデリカ、酒場の準備をソフィと進めておいて」
「工程表はすでにできていますから、あとは実行に移すだけです。念のため、店舗の場所の視察にはユカリも同行してください。後日、一緒に行きましょう」
「それなら視察は早いほうがいいわね。他のみんなはいつもどおりに。調査の結果が出たら、すぐにでも働いてもらうわよ」
「おう!」
威勢よく応じる正規メンバーたち。
誰がなんで邪魔をするのか。これはもう我がキキョウ会に対して喧嘩を売ってるも同然だ。お偉いさんだろうが誰だろうがタダじゃ済まさない。
表向き、いつもと変わらない日々を過ごすキキョウ会。
ジョセフィンとオルトリンデが忙しく動き回ってくれてるけど、敵はなかなか尻尾を掴ませない。それに腕が良くても、たった二人だけじゃ難しいところもあるんだろう。情報班にも補充が要るわね。
商業ギルドのジャレンスには事情を話して協力してもらってるけど、ギルド内での権力闘争はどこも苛烈なものがあるらしい。その中でもキキョウ会と利益が相反しそうな候補を何人か情報提供してもらってる。誰かの個人的な事情での横やりならともかく、もし組織だってのことなら敵の全容を暴き出す必要も出てくる。
怪しいのを根こそぎ倒す手もあるけど、それは軋轢を生みすぎる。今は我慢しよう。
不穏な気配を感じつつも仕事はする。これから六番通りに開店予定のキキョウ会直営酒場、それの候補地視察を行う。
六番通りの中央ど真ん中にある、最も人通りの多い場所だ。まさに一等地。こんな場所が抗争のせいで誰も手を付けられてなかったなんて、勿体無いにも程がある。これからはキキョウ会が有効活用してやろう。
「ふーん、中は結構広いわね」
「管理も行き届いていますね。もう少し荒れているかと思っていましたが」
二階建てのかなりの広さを誇るその空き店舗は、商業ギルドが管理してるらしく綺麗なものだ。ただ何もない状態だから、設備は一から揃えなきゃならない。また金がかかるわね。でもここを軌道に乗せられれば、そんなものはすぐに取り戻せるだろう。
今日の視察には、この酒場を仕切らせる予定のソフィ、それからジョセフィンとリリィを連れてきた。さらに商業ギルドのジャレンスにも同行してもらってる。
「本当にわたしで大丈夫でしょうか」
「今更なに言ってんの。これまで準備してきたんだから大丈夫。他のみんなもサポートするし、ソフィならできるわよ」
ソフィには店舗改装の手配を始めとして、従業員や食材、機材、設備の調達なんかも全てやってもらう。
改装業者にはツテがあるし、食材や必要な設備についてもブルーノ組から紹介してもらってある。従業員についてもジャレンスの口利きで商業ギルドが斡旋してくれるらしいから、難しいことはないはずだ。
やることが多いから大変だとは思うけど、ソフィならできる。ジョセフィンには内装の相談役として、ソフィとリリィを援護してもらう。
ジャレンスを連れ出したり商業ギルドを積極的に利用してるのは、それが必要だからでもあるけど、こうしてれば余計なちょっかいを掛けてきて、そこから敵の尻尾を捕まえることができるかもしれない、という思惑もある。
「素敵なお店にしましょう~」
リリィには店舗の軒先を使った花屋を開店させる。その部分を担当するのはもちろんリリィだ。商品はリリィ自身が魔法で作るし、設備もそれほど大したものは必要ない。花屋に関しては本人がやる気だし、しばらくは好きにやらせる。状況によっては別に専門店を開店させてもいいし、そうでないなら細々とでも続けさせよう。それほど心配はしてないけどね。
今日の視察を基にどのように改装するかをある程度決めてしまう。
それから改装業者を呼んで、専門家の意見を参考にしながら最終案を作成する方針だ。
花屋は酒場入り口脇の軒先にスペースを設ける。そこは六畳程度の広さになる予定。
肝心の酒場は花屋のスペースを差し引いても百平米以上はあるだろうか。物件の専門家じゃないからよく分からないけど、大昔の私の部屋の大きさから推定して大体そんなもんだろう。
改装の概要はこんな感じになった。
一階、広い店舗部分と厨房、カウンター。リリィの花屋。
二階、居住スペースと従業員の休憩所、事務室。
地下、倉庫と商談や応接用の個室。
酒場の護衛はローテーションで常に誰かがいるようにするつもりだ。それから雇った従業員用に住み込みも可能とする。まだ決めかねてるようだけど、ソフィ自身も住んでもいい。
内装や営業形態も私はノータッチ。どんな雰囲気の店にするか、営業時間はどうするか、酒場ということ以外の全てはソフィに決定権を持たせる。もちろん相談にはのるけどね。
「ジャレンスさん、ギルド内で何か動きがあったら教えて」
「はい、目は光らせておきます。ここまで派手に動けば必ず妨害はあるはずですから」
誰がどう動くか。そこから一網打尽にしてやる。
私たちの思惑とは別に、平穏な日常が続く。
酒場の準備も拍子抜けするほど順調そのものだ。
敵は一向に尻尾を出さず、不気味なほど大人しい。それと六番通りのみかじめ徴収も実はもう個別に始めてしまうことにした。
六番通りの代表をとおしてないから、拒否するところもある。その場合にはキキョウ会の恩恵を受けられないだけだし、散々手間取らせてあとから傘下に加わろうったって安くは済まさない。幸いにもそういうのは少数派だけどね。なにせ、これまでの実績からキキョウ会の評判は上々。
順調すぎて、うっかり敵の存在を忘れそうになってしまうほどだ。いかんいかん。
大した問題も起こらず、平穏な日々を過ごす、暑い夏の真っ盛り。
見習いたちはキキョウ会メンバーとして、基本的な実力は身についたと私たちは判断した。
今の見習いたちは、最初の見習いであるロベルタとヴィオランテも含めて入った時期はほとんど変わらないし、差をつけずに同時に見習い研修期間を終了とする。
当初は多少の脱落は覚悟してたけど、終わってみれば脱落者はゼロ。最初は身体の弱そうなのもいたけど、頑張って厳しい訓練を乗り越えてくれた。各種回復薬のお陰もあったと思うけどね。
でもよくよく考えてみれば女に厳しいこんな世界で、しかも敗戦国で治安の悪い旧ブレナーク王国だ。
命の危険なんて普通に暮らしててもあるってもんだ。そこに住居完備で、朝昼晩とたっぷり食事が摂れて、生活用品も十分に支給されて、同じような境遇の仲間がいて、訓練で鍛えられて、傷病治療まで保障されてる。ウチって実はかなりの好待遇なんじゃない?
見習い卒業の証として、キキョウ会の外套を進呈する。墨色と月白の外套を、会長である私自らがひとりひとりに手渡していく。
「よくがんばったわね」
「うぅぅ、ぐすっ、か、会長~」
よく分からないけど泣き出すものいて困った。
見習いたちが全員正規メンバーとなって、酒場の準備が概ね整ったところで事件は起こる。
そろそろ何かが起こるんじゃないか。なんとなく、そんな気はしてたけどね。
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