第27話、改装完了!

 待ちに待ったリフォームの完成と、引き渡しの予定日がついにやって来た。

 進捗は随時フレデリカが確認してくれてたから、工事の遅れもなく予定通りに引き渡されるはず。

 朝からフレデリカが業者のところに行って、私たちはその帰りを待ってるんだ。鍵だけ貰ってくるらしい。


「遅いな、フレデリカの奴。まだ帰ってこないのか」

「落ち着けよ。しっかし楽しみだな」

「早くおうち見たーい!」

 私も楽しみにしてる。話は聞いてるし図面も見てるから、どんな風にリフォームするのか分かってはいるんだけど、実際に完成を見るのは別だからね。

 その後で家具や日用品を買いに行かないと。今日は忙しくなりそうだ。


「ただいま戻りました」

 みんなで今や遅しと待ってると、ようやくフレデリカが帰って来た。

「遅い! いつまで待たせるんだ!」

「まったく、待ちくたびれたぞ」

「早く見に行こう!」

「ええっ? わたしが出てから、それほど時間は経っていないはずですよ」

「それだけ楽しみだってことよ。早速行こうか」

 それなりに長い間お世話になった宿を引き上げる。ジャレンスのお薦めだけあって、リーズナブルな割になかなかいい宿だったわね。だけど名残惜しむことはない。

 私たちは新しい自分たちの住処を手に入れて、今は期待で一杯なんだから。



 はやる気持ちを抑えて安全運転でジープを徐行しながら拠点へと向かい、無事に到着する。

 拠点を見ると、外観はあんまり変わったようには見えない。あくまでも内装の工事がメインだからか。


 ガレージに駐車してから階段を昇って入り口に到着すると、まずは様変わりした入り口の扉に一同驚く。

 これまではシンプルで小さなガラス窓の付いた、極めて普通の扉だったはずだ。

 だけど今、目の前にある扉は、幅が倍増しガラス窓はなくなって、重厚で頑丈な両開きの扉に変わってる。おまけにキキョウ紋が大きく刻印されてる。なんか、めちゃくちゃ格好良くて威厳がある。

「おおっー! かっこいい!」

「……なんか凄い」

「スゲェ、入り口の時点でもう、わくわくするな!」

 入り口と玄関は組織の顔。見る人はここからキキョウ会を推し量るとはジョセフィンの弁。ここは彼女が自分でデザインしたらしい。素直に凄い。


 インパクトのある扉をじっくりと見てから、魔道具の鍵を持ったフレデリカを先頭に中に入る。

 小さな魔導具の鍵と扉は非接触式らしく、軽くかざしただけで自動で扉が開いた。無駄に凝ってるわね。この鍵も人数分用意しないと不便よね。調達してもらわないと。

「瑕疵があれば、追加で工事を行ってもらわなければなりませんので、最初に全員でチェックをしましょう」

 なるほど。それもそうね。


 フレデリカの先導で玄関を通りすぎると二階は以前と変わらず、がらんとした空間が広がってる。

 以前と違うのは、隅に小さな物置部屋をいくつか作ったことと、奥の壁に玄関扉と同じくキキョウ紋が大きく刻印されてるところくらいだろうか。

「ここはそんなに変わりないな」

「二階の事務スペースは補修程度の改装しかしていませんからね。家具さえ整えれば、見栄えは良くなるでしょう。ここのデザインは統一感を持たせたいので、ジョセフィンさんにお願いしますね」

「もちろん、お任せあれ!」

 いつになくジョセフィンのテンションも高い。


 ここはみんながデスクワークをやったりする事務スペースや、客をもてなす応接用のスペースを設ける予定だ。

 今はがらんどうだけど、あの入り口をデザインしたジョセフィンに任せておけば期待以上に仕上げてくれるのは間違いない。相応に金はかかるだろうけど、これも必要経費ね。

 森での活動で稼いだ金は全員同意のもと、半分を組織の運営資金に回してるから資金に余裕はできてる。これからは私のポケットマネーに頼ることは少なくなっていくだろう。



「奥の食堂とキッチンだった場所は大きく変わっているはずですよ。行ってみましょう」

 騒ぎながらぞろぞろと移動。そこの改装には私個人としても大いに期待してる。

 そして期待は現実に。


 元は大きなキッチンと食堂だった場所。食堂はなくなり、キッチンは最低限の小さなものに。その代わりに大きな風呂場と脱衣所兼洗面所が作られた。洗濯用の魔道具コーナーもあるわね。

「素晴らしいわ、フレデリカ!」

「予算の都合上、お風呂の内装は凝れなかったのですけれど、広々として良いものになったと思います」

「今はこれで十分よ。設備や内装の充実は稼いでから好きにやればいいんだしね」

 もちろん私だけじゃなく、みんなが大満足のようだ。ゆっくりと浸かれるお風呂は心と体のオアシス。一見して不備や雑な仕事も見当たらない。

「ちょっと水入れてみる?」

「あ、そこはちゃんと魔道具で水とお湯が出るようになっていますから、早速お湯をためておきますか? 保温まではさすがにできないのですけれど」

 保温か。湯船が大きい分、湯を張るのに時間がかかる。好きなときに入れるように今後の改装が欲しいところかな。コストによっては源泉かけ流しのように、お湯をずっと出しっ放しでもいいかもしれない。少々の出費で収まるなら、快適であることを優先したい。

「まだ時間早いし、保温ができないなら後にしよう。そろそろ上を見に行かない? 自分の部屋がどうなったか早く見たいしね」

「そうだな。あたしもマイルームが気になるぜ!」



 一応というか当然というか、改装に当たって部屋割りは事前に決めておいた。

 今は個室の鍵は全部開いてる状態で、鍵はフレデリカが全て保管してくれてる。

「じゃあ、部屋割りは決まってるし、それぞれの部屋を見て来てくれる?」

「全部の部屋をチェックしますから、自分の部屋を見終わったら他の空き部屋もチェックしてください。分かるように、チェックした部屋の扉は閉めておいてくださいね。終わったら四階も同じようにお願いします。それから個室の鍵は後でお渡ししますね」

「よっしゃ、行こうぜっ」

 各人、嬉しそうにマイルームに向かっていく。新しい自分の部屋ってのは嬉しいもんだよね。私だってワクワクしちゃうし。


 私の部屋は三階の一番奥、会長だからと大きな部屋を割り当てられた。そして扉は重厚な特注品。玄関扉ほどじゃないけどね。改装に当たって、唯一口出しというか要望を伝えたのがこの扉だ。蹴破ったりできないよう特別頑丈にしてもらったんだ。後で鉱物魔法で補強もしておこう。

 中に入ってみれば、二階と同じくがらんどうで何もなし。だだし会長の部屋だからか、これまた二階と同じように入り口正面の壁にはキキョウ紋の刻印が施されてあった。

 それにしても広いわね。家具がないせいもあるかもしれないけど、図面上でも他の個室の数倍はあるだけのことはある。寝具や机に棚と揃えたところで、まだまだスペースがだだ余りになる。内緒話するなら私の部屋になるだろうし、応接スペースでも作ろうかな。


 特に不備もなさそうだったから部屋を出ると、開け放した扉の隣の部屋で、窓から外を見てるヴァレリアを発見。

 当然のように私の部屋の隣を確保したヴァレリアだけど、満足げな横顔から察するにマイルームはやっぱり嬉しいらしい。

 私たち以外のみんなも狭いながらも個室を用意して、全員が三階に住み込む。あ、ソフィさんとサラちゃんだけは割と広めの二人部屋だけどね。


 十五人程度なら、三階と四階を使って広々とした個室を作ることもできたんだけど、今後も見越して部屋数を重視した結果だ。こうしたフレデリカやジョセフィンの主張に他のみんなも納得して今の形になったらしい。ただ"個室"というのは譲れない一線だったみたいだけどね。みんなもお金出してるんだしそのくらいの権利はあって当然だろう。

 三階は個室がメインになるけど二人部屋も少々ある。まだまだ部屋も余ってるし、水回りがないビジネスホテルのような感じになってるわね。

 少しだけ広めの空いた個室も用意してあって、客間としていくつかは内装を凝ったものにする予定なんだって。色々考えられてるわねぇ。


 四階には個室はなく、二人部屋、四人部屋、大部屋といった区分けになってる。

 今後、新入りが入った場合はここを利用させるつもりだ。働かせて有望なのがいれば、三階の個室を与えてもいい。


 居住スペースはこんなところね。改装と言っても、元の壁を崩して新しい区分けで壁を拵えたくらいかな。それも石材を使ってるから安っぽい感じはしないし防音や耐久性も期待できる。



 みんなで部屋をチェックして周ってから、今度は屋上に上がる。

 ここは特に利用することを考えてないから、何かやりたいことがあれば好きにして構わない。無駄に広いから有効活用するアイデアでもあれば任せるつもりだ。

「その内に何か思いつくだろ」

 誰かの軽い呟きに頷いて、最後に地下に降りる。


 元は倉庫だった広い地下室は、棚だとかを取り払ってもらって、意図して何もない空間にしてもらった。

 今日からここは訓練場だ。今後は街の外に鍛錬に出かけたりも頻繁にはできないだろうし、訓練は継続してやることに意味があるから、訓練場は必要だったんだ。

 元々の壁や床材、柱は頑丈な造りになってるし、私の魔法で完璧に補強すれば攻撃魔法の訓練だってできるはず。魔道具のお陰で空調も良く効いてるから、外でやるよりもむしろ快適かもしれない。


「まだ何もない空間だけど、秘密の特訓場って感じでかっこいいな」

「ああ、ユカリ殿が補強してくれるから、思い切り暴れて大丈夫らしいぞ」

「全力戦闘できるのか」

「どっかに保管庫でも置いて、回復薬を常備しておこうか。それから訓練用に刃引きした武器も揃えたいわね」

「でしたら、ここの入り口付近に武器庫と薬品庫を設置しましょう。改装業者に追加発注しておきますね」

 私がいなくてもいつでも訓練できる環境は整えてあげたい。即死さえしなければ回復薬でどうとでもなるんだし。使えるものは遠慮なく使って、どんどん強くなってもらいたい。

「そりゃいいな! ふっ、鍛えまくってユカリを最初に倒すのはあたしになってやるぜ」

「お前はその前にわたしを倒せるようになることだなっ」

「上等だぜ!」

「いやいや、あたしの方が先だよ」

「わたしだってもっともっと強くなります」

 闘争心旺盛で大変結構。キキョウ会はこうでなくては。メアリーさんも燃えてるわね。私だってまだまだ成長するし楽しみだ。


 地下室の補強は対物理、対魔法において、最高クラスの鉱物を大盤振る舞いでやってしまおう。レア鉱物すぎて具体的にはどうせ誰も分からないだろうし、部外者に見せるつもりもないしね。追加の改装が終わったら遠慮なくやってしまおう。


 一通り改装の状態を見て回ったところ、瑕疵もなく見事な改装が実施されたと思っていいだろう。ジャレンスの紹介にはハズレがない。

「これは玄関の鍵としても使えますから、失くないように気を付けてくださいね。絶対ですよ」

 今からリフォーム業者に納品完了のサインと追加発注をしに行くらしいフレデリカが各人に鍵を渡してくれる。

 個室の鍵は玄関の鍵と兼用らしい。なるほど、それなら鍵を複数持つ必要もなくていいのか。誰かが鍵を落としたり盗まれたりすると、面倒なことになるらしいけどね。

「それなら頑丈なチェーンでも作って渡すから、失くしそうな人は首から下げるか服か何かに括り付けてなさい」

「あたしは飲んだら失くすかもしれないな。頼むわ」

「わたしも」

「あたしにも頼む」

 結局、全員に長いのと短いのとチェーンを作って渡してあげた。私って、結構気が利く女よね。



 フレデリカが帰ってくるのを待って、以前魚を売りさばいたおばちゃんの食堂で昼食をとることにした。

 必要なことはさっさと終わらせたい性格だからね、稲妻通りの商店にはこのまま挨拶を済ませてしまいたい。まずは食事がてら食堂に。

「ブルーノさんのとこの若いのから話は聞いていたけど、まさかあなたたちだったなんてねぇ。頼りにしてるから、これからよろしくね」

「すぐ奥のビルがキキョウ会だから、何か困ったことがあったらいつでも訪ねて来てよ」

 食事も想像通りの家庭の味といった風で私は気に入った。

 この店は食事のみで夜も夕食の時間をすぎた頃には店を閉めるらしいから、酒を飲みたい場合には別の店に行かなくちゃならない。稲妻通りに酒場はないから、その場合には結構移動しないといけないわね。需要さえあれば、キキョウ会が経営してもいいかも知れない。

「また食べに来るわね」

「はいよ、待ってるからね」


 その後も、あらかじめブルーノ組が稲妻通りの商店には話を通しておいてくれたらしく、どこでもスムーズに話ができた。ありがたい。

 当初考えてた通り、キキョウ会のおひざ元である稲妻通りでできるだけ家具類や日用品は調達するつもりだ。話のついでに買ったり生産を注文したりで、結構な額を景気よく使ったから印象は悪くないだろう。


 ただ、言葉にはしないけど、女だけの集団で実力を不安視する人も多いように感じた。もっと言えば舐めた態度のアホもいた。ブルーノ組が良く言い含めてくれてなかったら、ひと悶着あったかもしれない。

 もちろん、その場合には実力を見せつけるだけなんだけどね。ご近所だし、なるべく穏やかに話す私やフレデリカとは別に、わざとらしく威圧感を出してたアンジェリーナやジークルーネたちのお陰もあって順調に顔見せは進んだ。


 日用品はともかく、家具類の調達に関しては人数が多いから稲妻通りの小規模店舗だけだと全員分はすぐには揃えられない。

 想定してたことだし、これは仕方がない。空き部屋の分は今すぐには必要ないから、適当に注文しておいて完成次第、後日の搬入にしてもらう。

 ベッドや布団は人数分だけはすぐに欲しいから、足りない分はメインストリートの大店に買いに行くことになる。それから、自分たちで運び入れるのも面倒だから、設置までやってくれる店でどうせなら買いたい。幸い、稲妻通りの商店で購入できた分は設置までやってくれるらしい。運び入れの時の案内役として何人か拠点に戻して、挨拶兼買い物を続ける。



 歩き回ったおかげで、なんとか必要な物は揃えることができた。

 稲妻通りへの顔見せと挨拶も概ね順調に終わった。以前、チンピラを引きずってブルーノ組に押しかけたのを見てた人もいたから、大袈裟な噂で私たちを歓迎して良いやら怖がって良いやら分からないといった人もいた。

 キキョウ会のシマは当然、私たちの庇護の対象だからね。おかしなことをしなければ、何ら問題ないし、むしろ困ったことがあったら頼ってくれていいと言えば一応は安心してくれたようだ。その代わりに用心棒代はきっちりと貰うけどね。


 あとはキキョウ会の看板を注文したから、それが来るまでは大人しくすることにした。

 ブルーノにも看板を掲げてない組がどうのって言われたこともあるし、なるべく早く用意したい。看板職人のおっちゃんは急ぎで仕上げてくれるって言ってたから、すぐに完成するだろう。


 まずは足りないものを買い足したり注文したりしながら、新しい拠点での生活に慣れることかな。

 あ、そろそろ六番通りで注文した外套もできる頃よね。ちょっと早いけど様子を見に行ってみようかな。

 どうせなら全員で墨色と月白、背中にキキョウ紋の入った外套を着て六番通りに繰り出したい。デビューはド派手に決めたいしね。

 それから本命の六番通りで活動を始めてもいいと思う。ブルーノ組には悪いけど、もう少し待ってもらおう。ブルーノ組が新興の組織と手を結んだって噂くらいは流しておきたいな。何の脈絡もなくデビューするよりかは良いような気がするし、敵対組織への牽制や時間稼ぎにもなるだろうし。その辺はブルーノに協力してもらおうか。


 調整や細かいことはフレデリカやジョセフィンに任せておけば、私があーだこーだ言うよりも上手くやってくれるに違いない。

 やっぱり持つべきものは頼りになる仲間よね。

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