終幕:ターゲット(三)

 その時、パイは上機嫌だった。

 まず料理が思った通りの味に仕上がったことが嬉しかった。

 ここは、街の外れの一軒家。宿屋では2部屋借りることになり効率が悪いと言うことで、かなりぼろい空き家を借りたのだが、炊事場があるのはありがたかった。水釜と竈、それに調理台。どれも修復は必要だったが、きれいに手入れをすればそれなりにましになった。

 そこでパイはファイのための料理を作る。建前上、守和斗やクシィにも食わせるが、パイとしてはファイのために作っている。そして今日のシチューの出来映えは、ここ最近でも大成功と言える風味となった。


(ふふふ。祝いの席にふさわしい味です)


 味を見ながら、パイは思わず微笑する。

 邪魔者がいなくなった祝いにファイとこのシチューを口にすれば、そのうまさは何倍にもふくれあがることだろう。

 その妄想に心を躍らせながら、パイは背後をうかがう。


 そこにはつい先ほど帰ってきた守和斗が1人でテーブルに着いていたのだ。

 彼の話によれば、ファイとクシィはまだ報告やら手続きやらがあるらしく、しばらく帰ってこないらしい。


 パイは水晶の針葉樹クリスニファーに住まう神に、心の中で感謝を伝える。これは、大切なファイを誑かす悪魔を斃すため、神が与えたもうチャンスである。この時を逃してはならない。

 すでに守和斗の椀に毒は仕込んである。隠していたそれを取りだし、そこにシチューを流しこむ。その行為に躊躇いの欠片もなかった。彼女の中に良心の呵責どころか、悪意も殺意も外にでてこなかった。邪魔な虫を追いはらうのに、多くの者は特別な感情などもたないだろう。自分でも不思議なほど心が落ちついていた。


 魔法マギアでは、混沌カオス秩序コスモスという考え方がある。

 人を無差別に襲う魔獣や、心が闇に囚われた人間などは、内に混沌カオスの性質をもつ魔力ギリアンが溜まり、外にまであふれだすという。しかし、今のパイから混沌カオス魔力ギリアンはかけらも流れ出ていない。自分でもわかるほど、清浄な秩序コスモス魔力ギリアンが日常と同じように纏っていることがわかる。

 それはつまり、自分が正義の行いをしているという証明に他ならない。


「はい、どうぞ。今日のは格別に上手にできたんですよ」


 パイはテーブルにシチューをさしだす。野菜も肉もたっぷりと入ったボリュームたっぷりの温かい、旨味と毒のシチューだ。


「おお。これはうまそうですね」


(なにが「うまそうですね」ですか。よく言うものです……)


 そんなことを守和斗が心から思っていないことはわかっている。

 のだ。


「守和斗さん、いつも黙々と食べてしまうんですから、今日はしっかりと味わって食べてくださいね。よ」


 自分でいいながら、よく言うと思う。ここから先の彼の人生を損させようとしているのは自分なのだ。


「あはは。そうですね。すいません。いつも、ありがとうございます。味わわせていただきます」


 そう言うと、守和斗がスプーンを手に取ってシチューをすくった。


 そしてそれを口に運ぶ。


 しばらく、もぐもぐと口を動かした後、スワトが開口する。


「おお。これはおいし――うっ!」


 呻きと同時に、剥くように開かれる両眼。


 スプーンを落とし、テーブルから逃げるように椅子から転げ落ちる。


 床を掻く爪、這いつくばる虫のように動く四肢。


 一気に口から吐きだされる真っ赤な液体。


 痙攣。


 そして肉体は活動を止める。


「……スワトさん? 大丈夫ですか?」


 白々しく心配した風に、パイはスワトに近づいた。そして彼の背中に手を当てて、魔力ギリアンにより生命活動を探る。


(……さすが、ドラゴンさえも殺すという世に名高い猛毒)


 守和斗の肉体は完全に肉塊と化していた。心臓はとまり、無様な死に顔を見せている。

 念のため、足で蹴りあげて裏返す。

 それでも反応はない。これなら安心だ。


「ああ、思った通りでよかったです。この猛毒、体内に一定量が入れば、回復の魔法マギアさえ効かないのだけど、強烈な苦みがあるのです。ですから、普通の人は口に入れたとたんに吐きだすのですが」


 パイは床に転がる守和斗に自慢げに話しかける。


「スワトさんなら吐きださないと思ったんですよ。だって貴方、匂いは気がついても味はわかりませんよね? 知っています? 実験で今まで貴方のだけ味を変えていたものがあったのですよ。でも、貴方はそれさえも気がつかなかった。貴方、味覚がバカですよね……。いくら強い貴方でも、体の中からなら防ぎようもないでしょう。」


 パイはクスクスと嗤いをこぼす。


「ああ。これで邪魔者は、あの闇の血脈の女だけ。まあ、スワトがいなくなればあの女も一緒にいたりはしないでしょう。これでパイ様はわたくしだけのものになるわ。……ああ、そうだ。あの婚約を申し込んできた英雄騎士ヴァロルも殺してしまいましょう。ファイ様に婚約者などいらないのです。そうです。スワトでさえ殺せたのだから、あの男も簡単に殺せるはず。そうすれば、ファイ様もわたくしだけを見てくれるでしょう」


 自分以外、誰もいなくなった部屋でパイは独り言ちる。それはどこか夢心地でいる自分に言い聞かせるかのごとく、自然と口が動く。


「とにかく後始末……そう、そうでした。後始末をしないと。あの混沌カオス魔力ギリアンにあふれる森に捨てれば、すぐに死体は魔獣が始末してくれるって言っていたし……言っていた?」


 ふと自分の言葉に疑問を感じる。

 そうだ。計画では、ここを片づけた後、守和斗の死体をその森に捨てに行く予定だった。しかし、その森の存在を知ったのは、誰かから聞いたからである。否、本当に聞いたのだろうか。そんな話をした記憶がない。


(どこか心の中にような……)


 そこまで考えて、パイは頭をふって疑問を捨て去る。今は、そんなことをしている場合ではない。急いで事を進めなければならない。

 これですべてが上手くいくのだから。


「さあ、憧れていた貴方の冒険はここでおわりです。……さようならです、お強い冒険生活支援者ライフヘルパーのスワトさん」




                              第二部・完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アルティメイタム~冒険生活支援者《ライフヘルパー》はレベルが上がらない!?( #アラレない ) 芳賀 概夢@コミカライズ連載中 @Guym

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ